RAPTブログとの出会いにより、怠惰な思考を捨て、勤勉に生きることに喜びを感じるようになった!!(RAPTブログ読者・トパーズさんの証)

RAPTブログとの出会いにより、怠惰な思考を捨て、勤勉に生きることに喜びを感じるようになった!!(RAPTブログ読者・トパーズさんの証)

私はずっと、楽をして生きていたいと考えていました。

できるだけ何もせずに、惰眠を貪り、ゴロゴロして過ごしていたかったです。

不労所得で生活できる人が羨ましいと感じていましたが、そこにたどり着くには、きっと血の滲むような努力が必要でしょう。

羨ましいと思う反面、自分には向いていないだろうし、そんな努力はできないし、そもそもしたくないと考えていました。

もし仮に、そこにたどり着けるほどの努力ができたとしても、実を結ぶかどうかは不明なので、全てが無駄になる可能性があるのならば、最初から何もしないほうが得だとすら思っていました。

また、少し話しは変わりますが、世の中では、子どものうちに必死で勉強をして、成長していい学校に入り、いい会社に就職し、できるだけ楽をして、老後も生きられるようにと教えられると思います。

私も、親や教師からそう言われていたので、人生経験がある大人の言うとおりに生きることが、幸せを掴むコツなんだろうなと、漠然と思っていました。

しかし、私は学校の勉強に魅力を感じられなかったため、周りの大人たちからその様に言われることが本当に苦痛でした。

しかも大人たちに、学校で習うことは一体どのタイミングで使うのかと質問すると、全員が「使わない」と答えるのです。

恐ろしかったです。

一体これはどういうことなのだろうかと、頭を悩ませました。

貴重な子ども時代を、何にもならないことに時間を使わせていると、大人が公言しているのですから。

おそらく大人たちは、自分がそのように生きてきたから、子どもにもそうさせたいという固定概念を持っているのだと思いますが、そのような価値観にも賛同できずにいました。

これらのことから、必死で学校の勉強をしても大して役にたたないし、やりたくもないので、怠惰になんとなく生きて、寿命が尽きるのを待つ他ないと考えるようになってしまいました。

1年ほど前、有名なアーティストがリリースした曲の歌詞に、

「幸せになりたい 楽して生きていたい」

というフレーズがあります。

わかるー と、共感していました。

そんな、人生自体を適当にやり過ごそうとしていた私に、思いもよらないことが起こりました。

RAPTブログとRAPT理論+αに出会ったのです。

RAPTブログには、RAPTさんが直接、神様から受けてくださった啓示(御言葉)がたくさん載っていますし、RAPT理論+αでは、この世のニュースを真実に基づいて分かりやすく説明してくださっています。

しかも十二弟子の皆さんが、RAPTさんの御言葉に従って生きることで、実際にどんどん人生が良くなり、幸せになったことについて証をしてくださっています。

それらを読んで、なんて素敵な世界なのだろうと憧れ、私も挑戦してみようという気持ちになりました。

それに、「怠惰」というのは、神様から見ると罪であることも知りました。

人間の感覚だと、怠惰が罪だなんて全く思いもよらないことですが、天地万物を創造した神様と愛し合って生きていくためには、人間自身がどこまでも勤勉に生きる必要があるということを、学ぶことができました。

最初は、勤勉とはなんなのか、何をどうしたらいいのか、どう頑張ったらいいのかも全く分からなかったため、霊的なことから挑戦することにしました。

聖書やRAPTブログの御言葉を読んだり、YouTubeにアップされている動画の真似をして、讃美歌を歌ってみたり、お祈りをしてみたり、見知らぬ誰かがRAPTブログに辿り着けるようにと願いながら、信仰生活に関連したことをSNSに投稿したり、といったことです。

これらは、「信仰の4本の柱」と呼ばれていて、信仰生活の基本となります。

最初は、どんな内容をお祈りすればいいのかもよく分からなかったので、生かしていただいていることへの感謝と、悪人たちの滅び、世界中の人々が神様に出会って救われるようにと、お祈りしてみました。

神様はそんな私を憐れんでくださり、これからも信仰生活を熱心に続けられるようにと、10年以上も苦しんでいた月経困難症を取り除いてくださいました。

◯神様を信じて祈り求めることで、陣痛並みの痛さを伴った月経困難症から解放された体験(RAPTブログ読者・トパーズさんの証)

このことにより、神様の愛と存在を強く確信し、ますます神様のことを深く愛そうと決心しました。

また御言葉を学ぶうちに、神様の世界では、仕事をすればするほど幸せになれるということを知りました。

つまり、勤勉な人ほど幸せになれるのです。

私は自分の中に「仕事=大変」という考えがこびりついていたので、これを知ったときは本当に驚きましたし、いまいち理解ができませんでした。

仕事を沢山すれば、精神が擦りきれて、身体もボロボロになってしまうのでは?と思ったからです。

しかし、それはイルミナティなどの悪魔崇拝組織が、人類を不幸にするために植え付けた間違った考えでした。

もちろん、世の中で仕事をしても特に何の発展もなく、毎日が同じことの繰り返しになる場合が多いので、それでは心身が疲弊してしまいます。

ですが信仰生活を送るなかで、神様からいただいた仕事(使命)に懸命に取り組むと、神様がお喜びになり、心身の疲れを癒してくださいますし、仕事をするために必要なものを与えてくださいます。

それによって、さらにスムーズに仕事をこなすことができ、神様が喜んでくださって、更に必要なものを与えてくださるという好循環が起こります。

勤勉な人ほど幸せになれるというのは、こういった理由です。

◯RAPT有料記事121(2016年11月19日)勤勉と安息と主の祝祭。そして千年王国における真の幸福感。

◯RAPT有料記事205(2017年9月9日)人間の脳は体を動かすエンジンだから、脳の回転を高めてこそ価値ある人間と見なされる。

◯RAPT有料記事775(2023年9月18日)日本人は「安定」という言葉に騙されて犠牲になった民族だ。この世に存在しない「安定」があると信じ込まされ、何の努力ももがきもせずに生きて「成長」できずに人生が詰み、滅んでいる。

◯RAPT有料記事VOL.798(2023年12月19日)人間の人生を一言で言い表すなら、神様に従順に生きるなら幸福になり、神様に不従順に生きるなら不幸になる、ただそれだけだ。

◯RAPT朝の祈り会 2023年12月
2023年12月24日(日)神様を愛する人は、神様からどんどん実力・能力を与えられ、できることが増えて人生が充実し、栄えていく。神様を愛さない人は、神様からどんどん実力・能力を奪われ、何もできなくなって、他人に借りを作るばかりの虚しい人生を余儀なくされていく。

◯楽ばかりして生きても幸福になれず、神様のために毎日努力してこそ祝福に満ちた幸福な生を生きられる(十二弟子・KAWATAさんの証)

◯神様の仕事を熱心に行っていくことで、人間は一生の間にいくつもの分野を悠々と極めることができる!!(十二弟子・サキさんの証)

私は今、文章を書く使命をいただき、日々もがきながら取り組んでいますが、神様が共にしてくださっていることを強く感じます。

文章を書く手が止まってしまったときや、実力不足でうまく行かないときは、絶えず聖霊(神様の愛)を送って励ましてくださるのです。

また、私が受けられない構想をRAPTさんが受けてくださるため、神様と強力に繋がっているRAPTさんを通して、細やかなアドバイスをいただくことができます。

明け方のお祈りでは、豊かな聖霊で私の中を満たしてくださるため、神様から「今日も一緒に頑張ったね。明日も一緒に頑張ろうね」と、言っていただいているような、幸せな気持ちになります。

神様は目には見えませんが、人類をずっと見守っていてくださっているのです。

世の中の会社で働いても、このように手厚くしてもらえることはほとんどないと思います。

これは、信仰生活を送ることでしか受けられない恩恵なのです。

この世の社会システムに失望し、どこまでも怠惰に生きたいと考えていた私にも、神様は使命を成すチャンスを与えてくださいました。

神様の、どこまでも大きく深い愛に感動しましたので、ますます力強く使命を成したいと思えるようになりました。

以前の私が今の私を見たら、考えの変わりように驚いて、腰を抜かすかもしれません(笑)

RAPTブログで宣布していただいている御言葉に従えば、このように思考も自然と良い方に変えることができます。

どうか、世界中の人々が神様の愛を実感して、どこまでも勤勉で幸せに前向きに生きられますように、お祈りいたします。

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