【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第9話・カスタードルフィンをめぐる冤罪」by RAPT×TOPAZ

【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第9話・カスタードルフィンをめぐる冤罪」by RAPT×TOPAZ

「ひどいケガ…」ルリスは膝をついて、カスタードルフィンに顔を近付けた。
正式名称はカスタード・ドルフィンだが、連続する「ド」をくっつけて、カスタードルフィンと呼ばれている。淡い黄色の体色と、クリーム状の体液を持つことから、この名前がつけられた。主に空中で生活し、泳ぐように優雅に飛ぶことができる。肺呼吸をするため噴気孔はなく、クチバシの付け根に小さな鼻の穴が2つある。そのため、海のイルカによく似ていても、全く別の生き物であることが分かる。
「背びれに切れ込みがあるからオスだね、子供かな…」プレトが呟く。
カスタードルフィンの成体は2mを超えると聞いたことがあるが、目の前にあるその個体は50センチメートル程度だから、おそらく子供だ。
左の脇腹に10センチメートルほどの切り傷があり、とても痛々しい。
ルリスが眉をしかめて言った。
「密猟かな……」
カスタードルフィンは前頭部に、黄みを帯びた大粒の真珠が埋まっている。その真珠はジュエリーに加工され、市場に広く流通している。大きさも形も照りも安定しているし、安価なため、二枚貝から採れる真珠よりも人気が高い。
体液中の成分が凝固したものらしく、一定の大きさになると、自然にぽろっと落ち、また徐々に新しい真珠ができるのだ。
体を傷付けずに、定期的に大粒の真珠を採取できるため、国内には専用の広大な牧場がある。
人懐っこく危険な習性もないので、自宅の敷地が広ければ、申請を出してペットにすることも可能だ。そのため、飼育下での個体数はかなり多い。
その反面、穏やかな性格が災いしているのか、野生での個体数は年々減っているらしい。採れたての天然真珠を求めて密猟が行われているとの噂もある。カスタードルフィンは人々からとても愛されていて、近年制定された法律により、密猟者は発見され次第、その場で懲役か罰金かを選ぶことになった。

できることをしようと思い、プレトは装備の中から救急セットを取り出した。中には一応、縫い針と、自然に吸収される糸が入っている。問題は使いこなせるかどうかだ。
プレトも不器用ではないが、ルリスの方が向いてそうだと思って尋ねる。
「ルリスさ、この子の傷口、縫える?」
「うーん……チャーシューを仕込むようなものかな?」
「……え?」ちょっと待ってくれ。今なんて言った?
口をあんぐり開けているプレトを見ながら、ルリスは話しつづける。
「チャーシューを作るときに、タコ糸で縛る方法があるんだけど、その要領かな?」
「え? ちょ、え?」
元料理人ならではの発想なのだろうか。プレトは料理についてはよく分からなかったが、チャーシューではない気がした。
「えーっと、手芸の方が近いかも……」
「あ、手芸か! 苦手ではないし、助けたいから頑張るよ!」
「あ……よろしくお願い……します」
この カスタードルフィンはどうなってしまうんだろう。思わず不安がよぎる。

「クリームちゃんは、これ食べられるかな?」
ルリスが携帯食料を指して言った。
「携帯食料は、プレーンフレーバーなら食べられるはず。雑食だし」プレトが答える。
「はーい」ルリスは嬉しそうに返事をして、さっそくプレーンの携帯食料を開封した。
一応、ルリスとカスタードルフィンの頑張りで、手術は成功した。麻酔なしで縫えば暴れるかと思ったが、どうやら傷の痛みと相殺されたらしく、大人しく耐えてくれた。10針縫ったが、見た目ほど傷は深くなく、今では体液の流出もほとんど止まっている。
「クリームちゃん?」
プレトは携帯食料うんぬんではなく、クリームちゃんがなんなのか気になった。
「この子の名前だよ」ルリスがさも当然という風に言う。
「カスタードクリームみたいな色だから、クリームちゃんだよ」
「そ、そうか。かわいい名前だ」
チャーシューちゃんにならなくてよかった。クリームの方も「きゅるるる」と鳴きながら、ルリスの身体にクチバシをグリグリ押し付けている。すっかり懐いたようだ。
ふと、パトカーがプレトの視界の端に入ってきた。こんなところにパトカー? なぜだろう。
ルリスは自分の手のひらに、大雑把に砕いた携帯食料を乗せ、クリームの前に差し出した。クリームは頭だけ動かして食べている。プレトとルリスが見守る中、息もつかずに完食したところを見ると、かなり空腹だったようだ。
腹が膨れてくると、クリームはよろよろと空中に浮いた。プレトとルリスの目線の高さに、自分の目線を合わせる。
「寝てた方がいいよ」そう声をかけたルリスの頬に、クリームは額の真珠を押し付け「くるるっぱ」と鳴いた。プレトにも同じことをしてくれた。これは、カスタードルフィンの愛情表現の一つだ。昔、動物園で見たことがあったが、まさか自分がしてもらえるなんて。完全に仲間として認めてくれたようだ。
それにしても、パトカーが近付いているのが気になる。クリームが怯えなければいいのだが。プレトは手術に使ったタオルを片付けようとしたが、手を止めてパトカーを注視した。ルリスもパトカーを気にしつつ、「クリームちゃん、ありがとう!」と、すべすべな頭を撫でてやっている。
数メートル離れたところで、パトカーが2台停車した。男の警官が2人、助手席から降りてくる。それぞれの運転席には警官が1人ずつ乗ったままだ。全部で4人いるようだ。
「ちょっといいですかね、何かありましたか?」
小柄な警官が話しかけてきた。
「カスタードルフィンを保護したんです」
ルリスが答えた。クリームはルリスの服を甘噛みして引っ張っている。
「保護って?」大柄な警官が口を開いた。粗野な野太い声だ。
「ケガをしていたので、治療したんです」プレトが説明する。「脇腹を負傷していたので縫ってあげました」
大柄な方が唐突なことを口にした。
「お前らがやったのか?」
「え?」この男が何を言っているのか、プレトにはよく分からなかった。 大柄な男は話しつづける。
「お前ら、密猟者だろ。商品にケガを負わせたから治療したんだろ」
一体、何のことだ。
「……いえ、偶然通りかかっただけです」
「そんなわけあるか」男の声が疑いを帯びる。
「いや、本当です……」プレトが小声になる。
「まあ、まあ、まあ」小柄な方が割って入ってきた。 「よかったら、そのカスタードルフィンについて、詳しく聞かせてもらえませんかね」
「……はい」
プレトは、クリームが突然目の前に落ちてきたこと、ケガをしていたので治療したことなどを詳しく説明した。ルリスはクリームを抱えたまま、心配そうにこちらを見ている。
小柄な男はプレトの話を聞きながら、うんうんと頷いている。時折、「そうだったの」「へぇ」などと相槌を打つ。 だが、どこか気味が悪い。親しみやすい態度を見せてはいるが、目が全く笑っていないのだ。
プレトが一通り説明を終えると、小柄な男はため息混じりに言った。
「うーん。偶然にしては、できすぎてますよね」
「え?」
「偶然レグルスの前に、ケガをしたカスタードルフィンが落ちてくるなんて、そんなことありますかね? 縫合できるほどの医療器具を持ち歩いているのも不自然ですし。隠し事をしている人間って、おかしな嘘をつくものなんですよ」
プレトは戸惑う。そんなに自分たちは怪しいのだろうか。
「いえ、全部本当です。医療器具は職場から支給されたもので、仕事で使います」
小柄な男が続けた。
「この傷、刃物でついたように見えますね。槍か何か振り回して追いかけたのでは?」
クリームが「ぎゃうぎゃう」と怯えるような鳴き声を出す。男の放つ異様な気迫に怯えているようだ。 プレトは話しながら、喉がつまる感覚を覚えた。
「……いえ、最初からついていた傷です。槍も持っていませんので、荷物をチェックしてもらっても構いませんよ」
「ご協力、感謝します」男は何の抑揚もない口調で言った。まず、プレトの荷物からだ。 小柄な男はバックパックに粗雑に手を突っ込み、中が乱れるのも構わず、かき回すようにして漁りはじめる。プレトは男の所作に虫酸が走った。男が装備品について細かく質問してくるので、その都度、答えていく。
「あー、これですかね」何かを見つけたようだ。 男の手には、アーミーナイフが握られている。
「これでカスタードルフィンを傷付けたんですか」
「いえ、違います」
プレトのアーミーナイフは、手のひらサイズのどこにでも売ってあるようなものだ。プレトは思ったことをそのまま言った。
「空中を飛び回るカスタードルフィンに、これで10cmの切り傷をつけるなんて無理ですよ」
「そうですかね、やろうと思えばできると思いますが」小柄な男は淡々と答えた。本気で言っているのだろうか。
次に、ルリスの荷物をチェックしはじめ、同じようにアーミーナイフに目をつけた。
「こんな危険物を持ち歩くなんて、物騒ですね」小柄な男が、汚いものを見るように言う。
「全て仕事で使うものです……」
プレトは冷や汗が出てきた。
「では、何のお仕事をされているのか教えてもらえませんかね」
どこか、からかうような口調だ。プレトはありのままを話した。
「資源省管轄の研究所に勤めています。虹の採取をしに、レインキャニオンに向かっている途中です」
小柄な男は突然、ひきつったような笑い声を上げた。
「いやいやいや。そんなのありえませんよ。2人でですか。レインキャニオンに? もっとましな嘘をついてくださいよ」
「いえ、本当です……」
「こちらのお嬢さんも、研究所の方ですか?」
ルリスのことを質問してきた。
「いえ、彼女は付き添いです」
「付き添いの方は、どんなお仕事をされていますか?」小柄な男がルリスに声をかける。
「あー……」ルリスは口ごもった。
「どうされましたか?」男が強い口調で詰め寄る。
「あの……単発のアルバイトを……」
「え、つまり無職ですか? その若さで無職ですか。何か訳がありそうですね」わざとらしく声を張り上げる。「もしかして密猟で捕まって、クビにでもなったのですか?」
「……ちがいます」ルリスが今にも泣きそうな顔でうつむく。 プレトは男にいら立ちを覚え、思わず眉間に皺を寄せてしまう。男は続けた。
「傷付いたカスタードルフィン、無職者、重装備、危険物所持。今のあなたたちを見たら、誰もが密猟者と判断すると思います」
「……」プレトは相手を無言で睨みつけた。言い返したいのは山々だったが、たしかに密猟者でない証拠は何もない。
「密猟者は見付かり次第、その場で懲役か罰金かを選ぶことになっています。ご存知ですよね」
「……はい」プレトは一応、返事をする。
「今、罰金を払ったら丸く収まりますが、どうしますか?」
「……」プレトは黙り込む。
「職場や家族にも連絡が行かずに済みますよ。あなたはなかなか良い職に就いているようですから、賢い選択をしてくださいね」
そう言いながら少し屈み込み、プレトに目線を合わせてきた。相変わらず目が笑っていない。
プレトが視線を動かすと、血の気の引いたルリスの顔が目に入ってきた。
「とんだ言いがかりです。密猟なんかしていません」プレトは苛立ちながら言った。ルリスを貶められて、腹が立ったのだ。 小柄な男はため息をつくと、冷静な口調で言った。
「繰り返すようですが、この場で認めて罰金を払うなら、家族にも会社にも知られずに済むんですよ。もし仮に、無罪を主張して裁判をしたとしても、それだけで数年間は時間がとられてしまいますし、世間にも公になってしまいます」
「……」プレトは目線を下げ、下唇を噛みしめる。
「認めれば終わることです。認めないなら、このまま取り調べが続くだけですよ」
プレトは苦悩した。
ここで捕まれば、プレトは社会的信用を失い、所長が大喜びするだろう。ルリスも、二度と太陽の下を歩けなくなるかもしれない。完全な冤罪ではあるが、仮に裁判をしたとしても、無罪を証明できるかどうかも分からない。賢い選択……毒気をはらんだ声が頭にこびりついて離れなかった。小柄な男は無表情で言った。
「研究職のエリートなら、賢い選択ができますよね?」

「もう密猟なんか、しないでくださいね」小柄な男はそう言うと、仲間と共に去っていった。
警官に渡した金額は、チユリさんが持たせてくれた資金の半分に相当した。
「くっそ……ふざけんなよ」
プレトは、手に持っていたタオルを地面に叩きつける。 タオルに付着していたクリームの体液が、地面の砂と混ざっていた。

(第10話につづく)

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