【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第83話・ルリスの歌声」by RAPT×TOPAZ

【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第83話・ルリスの歌声」by RAPT×TOPAZ

ルリスの歌を投稿すると、歌った本人はそそくさと寝る支度を始めた。
「もう寝るの?」
「だって、なんだか恥ずかしいから」
「投稿が伸びていくところを見ればいいのに」
「伸びるとは限らないでしょ。明日起きてから確認すればいいよ。プレトももう寝たら? 最近寝不足でしょ。おやすみ」
二人はそれぞれ掛け布団をかぶり、目を閉じた。
翌日、目が覚めるなり、プレトはクライノートをチェックした。寝ている間にルリスの歌がどれくらい見られたのか気になったのだ。インプレッション数を目にし、思わず叫んだ。
「すっごい!」
「うわあっ! なんなの! なにがあったの!」
隣で寝ていたルリスが飛び起きた。
「ルリスの歌がすごいことに!」
「歌って?」
ルリスは目をしょぼしょぼさせている。
「昨日クライノートに投稿した音声だよ。ほら、これ見て」
ルリスの顔に携帯電話の画面を向けると、しょぼしょぼしていた目がとたんに見開かれた。
「なんなの、この数字」
「やばくない? インプレッション数を少なく操作されている上に、シャドウバンされている状況なのにさ、バズってるよ」
レインキャニオンへの道中、物置小屋で偶然パラライトアルミニウムを発見したときにも投稿がバズったことがあったが、それに匹敵するほど見られていた。フォロワーが熱心に拡散してくれたのと、普段と違う層に投稿が届いたことが大きかったようだ。
「陰謀論チックな話に興味がある人もない人も、再生してくれたみたいだね」
「あんな素人感丸出しな歌を聴く人がいるなんて信じられない」
「初々しいのが受けたんじゃないの? コメントにもそんなことが書かれてるよ」
コメント欄には、次回の投稿も楽しみにしているといったような声が寄せられている。ネガティブなコメントはほとんど見当たらない。視聴者の層が普段とは違うのだろう。
「フォロワーも増えたし、この調子で注目を集めていけば、もっと大勢に真実を届けやすくなりそうだよね。また録音しようよ」
「ここまで良い反響があるとは⋯⋯これは夢?」
話している間にも、インプレッション数がどんどん伸びていく。ルリスの声が広まっていく。プレトは携帯電話の画面に人差し指を突き立てて言った。
「ふーんだ。君たちがどんな評価をしようと、ルリスをプロデュースしたのは私だし、一番のファンも私だし、いま一緒にいるのも私なんだから」
「まさか、マウント取ってるの?」
「事実を羅列しただけ」
「クライノートには投稿したけど、他のSNSにも投稿するの?」
「そこまで考えてなかった」
「全然プロデュースできてないじゃん」
「これからするの。音声だけだとちょっと寂しいから、動画とかつけてみる? 風景画像に歌詞を表示させて、バックで歌が流れる動画とか結構あるよね」
「あるね。見栄えがしていいかも」
「よっし、作ってみようかな。それにさ、こんなに聴いてもらえるなら録音用のマイクとか買う? レインキャニオンに持って行った自前の装備がまだあるから、不要な物をリサイクルショップに売って、そのままマイクを買ってくればいいのでは」
「リサイクルショップってマイクとかあるのかな」
「何かしらはあるでしょ。携帯で録音するよりは絶対マシだろうし、買っちゃえ買っちゃえ」
「それじゃあ、狙われているプレトは留守番してて。わたしが行ってくる」
ルリスが出かけている間、バズった歌と動画を編集で組み合わせてみた。練習になると思ったのだ。だが、結果は散々だった。
「ただいまー、適当にマイク買っちゃった。あのレグルス、派手だからめちゃくちゃ見られるよー」
ルリスが紙袋を手に提げて帰宅した。
「ルリス、これ見て」
「あら、わたしがいない間に編集してみたのね。どれどれ⋯⋯」
ルリスはそのまま口をつぐんだ。
「正直な感想を聞かせてよ」
「控えめに言って⋯⋯ダサいかな」
「まずいよ、こんなに向いていないとは思わなかった。かっこいい動画の真似をしたのに、この有り様だ」
プレトは頭を抱えた。
「わたしも、こういうのはからっきしだよ。動画と組み合わせるのは諦めて、音声だけにする?」
「そうする? 歌を動画にできれば、他のSNSにアップしても見てもらえると思ったんだけどな、残念」
「残念だけど⋯⋯ねえ、〈アネモネ〉さんからDMが来たよ。歌を気に入ってくれたみたい」
ルリスが向けてきた画面に視線を移した。何度も再生してくれたらしく、『どうして早く投稿しなかったんですか』と書かれていた。
「ははは、お気に召してくれたみたいで良かったね。ほら、追加でDMが来たよ」
〈アネモネ〉からの追加メッセージにはこう書かれていた。

『これからも音声だけで投稿する予定ですか? 音声だけよりも、映像があったほうが再生数が多いって、インフルエンサーが発信しているのを見たことがあります』

ルリスは返信した。

『たった今、歌を動画にしようとして挫折したところです』
『よかったら、うちがやりますよ。そういうの得意なんです。うちが動画を作ったら迷惑ですかね?』

「ん? もしかして、動画編集をしてくれるという申し出なのかな?」
「まさかこのタイミングで?」
ルリスが続けてメッセージを送る。

『手を貸していただけるということですか?』
『そうです。こんなに素敵な歌声、もっと大勢の人たちに届けないともったいないですから』

「ウソでしょ、ドンピシャな助け舟だよ!」
ルリスは喜びの声を上げた。
「いい波来てるじゃん! 交渉してみようかな」
プレトは文字を打ち込んだ。

『ムーンマシュマロはご存知ですか?』
『知っていますよ。ガーデンイール牧場のみんなで、欲しいねって話していました』
『在庫をたくさん送るので、動画作成を引き受けていただけませんか』
『いいんですか? やりたいです!』

「交渉成立だね!」
ルリスは拳を突き上げた。また新しく録音でき次第、データを送ると〈アネモネ〉に約束した。ガーデンイール牧場へ贈る用に、ムーンマシュマロを梱包した。これで、売り損ねていたムーンマシュマロの在庫を全て捌くことができた。
「そういえば、ネットショップにムーンマシュマロの注文が来ていたよね」
「うん。これからレンタルキッチンで作ってこようかな」
「歌ったり作ったり、ルリスが忙しすぎる」
「料理も歌も好きだから楽しいよ。ついでにガーデンイール牧場にムーンマシュマロを発送してくるね」
ルリスは意気揚々と出かけていった。家の中が静かになる。何かしようと思ったが、ムーン液も、パラライトアルミニウムも、ラピス溶液も、ムーンマシュマロ用のステッカーも足りている。私にできることは他にあるのだろうか。考えてみたが、特に思い浮かばないので、他のSNSでもアカウントを作成することにした。動画投稿に特化したSNSと、写真映えを重視したSNSで〈プレパラート〉のアカウントを作った。どちらも、この国でも隣国でもメジャーなSNSだから、投稿することで何かしらの情報が集まってくるかもしれない。ルリスの歌もいいけれど、それ以外にも求心力のある動画を投稿できたら、見てくれる層が厚くなるはずだ。
そのとき、リビングを見回すと、ポリタンクに入った大量のラピス溶液に目がとまった……そうだ! 雲を固定する動画を投稿してみてはどうだろう。オルタニング現象さえ起きてくれれば、いつでも撮影できるし、コストもかからずお手軽だ。初めて雲の固定を見せたとき、ルリスはとても驚いていたから、他の人も珍しがって再生してくれるかもしれない。
プレトは庭に出て、空を見上げた。晴れとくもりの中間のような天気だ。家の上辺りを漂っている雲が低い位置にあるので、そのうちオルタニング現象が起きて落ちてくるかもしれない。雲を観察していると、ルリスが帰ってきた。
「本日二度目のただいま。何してるの?」
「オルタニング現象を期待して⋯⋯」
話している途中、ルリスに右腕を掴まれた。そのまま家の中に引っ張り込まれる。
「どうしたの」
プレトはよろめきながら靴を脱いだ。
「植え込みの向こう側に、怪しい人影が見えた気がする」
「ほんと?」
リビングへ移動し、カーテンを少し開け、庭と道路の境にある植え込みを確認した。確かに人がいる。一瞬、大家が様子を見に来たのではないかと思ったが、大家とは明らかに背格好が違っていた。隙間から敷地内を窺っているようで、なんだか気味が悪い。何かを手に持っているが、葉に隠れてよく分からなかった。
「知ってる人?」
ルリスに訊かれた。
「多分、知らない人。もし研究所の人だとしても、関わりのない人」
「そっか。こんなところで何してるんだろうね。通報する?」
「⋯⋯道に迷っているだけかもしれないし、とりあえず様子見でいいと思う」
数時間後、予想通りにオルタニング現象が起きた。雲を捕まえるため、ルリスと共に庭に出ると、とんでもないものが目に入った。
「なんなのこれ!」
ルリスが悲鳴混じりの声を上げた。庭に停めているレグルスに、大きな引っかき傷がいくつもついていたのだ。慌ててレグルスに近付くと、フロント部分に手のひらサイズの紙が乗せられていた。紙には『全ての活動を今すぐにやめろ』と書かれていた。
「⋯⋯」
「⋯⋯」
無言で立ち尽くす二人の頭に、落ちてきた雲が覆いかぶさった。

(第84話につづく)

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