【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第31話・再び虹に向かって」by RAPT×TOPAZ

【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第31話・再び虹に向かって」by RAPT×TOPAZ

頭を少し動かすと、ルリスがいた。両手を組んだまま寝ている。
まさか、ほとんど徹夜で祈ってくれていたのだろうか? ここまでしてくれるなんて……胸が心地よく苦しい。この感情はなんと呼べばいいのだろう。
プレトはテントの開口部から顔を出してみた。空は夏特有の、はつらつとした青さをしている。低い位置に浮かんだ太陽が、大地を鋭角に照りつけていた。プレトはそれを見て、ふと、テリヤキバーガーが食べたいなと思った。そして、そう思った自分に驚いた。現実でも幻の中でも、げえげえ吐いていたくせに……私は意外と図太いのかもしれない。一晩寝て、精神が安定したのだろうか。
視線を空から草原に移すと、何かが太陽光を反射していた。めまいでよろけつつ、裸足で近づくと、それは爪切りだった。幻の中で吐き出したものと、全く同じデザインだった。少しためらったが、回収しておくことにした。幻が現実に反映されるこの現象は、一体なんなのだろう。とりあえず、小川が干上がっていなくてよかった。草原を見回してみたが、ゼリービーンズは見つからなかった。蟻が運んだのかな。
再びテントに戻ったとき、やっと体調の変化に気がついた。手足の震えがほとんど止まっている。薬の効果とは思えない。ルリスの祈りが叶ったのだろうか。本当に、こんなことがあるのだろうか。頭痛もめまいもあるが、いくら元気だったとしても、幻の中にいては生きているとは言いがたい。死の谷に落ちずに済んだことを、ルリスにも神様にも、心の底から感謝した。

すっかり陽が昇った頃に、ルリスが目を覚ました。
「おはよう」と声をかけると、友人の目がキラキラしはじめた。生きていることを心の底から喜んでくれているのが分かる。プレトは、声が出るようになった喉に手を当てた。ルリスと普通に話せることが、こんなにもありがたいことだったとは。テントの中で向かい合いながら、考えていたことをルリスに話した。
「私たちがストーカーとかのトラブル続きなのは、所長のせいだと思う。ただの予想だけど、ほぼ確定と言ってもいいかもしれない」
「……」ルリスは何も言わずにこちらを見ている。目が少し充血していた。プレトは話しつづけた。
「この先もどうせ妨害は続くだろうし……もうさ、こんなことやめて、帰ろうかなって……」
「いいの? わたしも、無理はしてほしくないけど……」
「いいよもう、クビでもなんでも。今は症状はマシになってるけど、どうせ近いうちに死ぬし……せっかくルリスが祈って助けてくれたんだから、あのボロ家で2人でのんびり過ごすのもいいかなって」
ルリスの瞳が悲しそうな色を宿した。少しの間、何かを考えるような素振りを見せてから言った。
「フーイはどうする?」
「さっき挨拶だけしたよ。旅を中断しようか迷ってるって言ったら、『任せるー』ってさ。それよりも、私が生きているのを見て驚きすぎたのか、拭いていたメガネを落として踏んづけそうになってた」
「ふふふ、そっか……昨日プレトが吐いている間にね、フーイがパンデアに向かって『嘘つきじゃん』とか言ってたよ」
「そういえばさ、パンデアに私のゲボ、なすりつけてたよね」
「うん。ほんとは口の中に入れてやりたかったんだけど、失敗しちゃったの」
「最高だよ。仕返ししてくれてありがとうね……お祈りも、ありがとう」
ルリスが満面の笑みを浮かべた。そのとき、プレトの携帯電話に着信が入った。チユリさんからだ。ルリスに目で合図をしてから、応答ボタンを押した。挨拶をすると、焦ったような声が聞こえてきた。
「何かに刺されてどうにかなっちゃったって?! たった今聞いたのよ! 大丈夫なの?!」
プレトはここまでの経緯を、所長関連のことは抜きで、かいつまんで伝えた。チユリさんまで巻き込みたくなかったからだ。脱力したようなため息が聞こえてくる。
「もう、心配で心配で……お友だちはルリスさんだっけ? 一緒にいてくれて本当によかったわ……」
息も絶え絶えといったふうに話している。
「そういえば、パラライトアルミニウムの値上げのニュースは見た? 来週から倍になるのよ。急な話よね……」
「え! パラライトアルミニウムの値上げですか……全く知りませんでした」
思わずおうむ返しをしてしまった。傍でそれを聞いたルリスの目が点になる。
「パラライトアルミニウムの枯渇問題、本当だったみたい」と、チユリさんが続ける。「嘘だと思っていたのに……詳しい原因は分かっていないけれど、消費量が急激に増えたらしいわね」
「……」
プレトは何も言えなかった。マスコミが騒ぎ立てているだけだと思っていたのに。
「職員の私たちが知るより先に、マスコミがリークしていたのね……情報ってどこから漏れるのかしら……なんだか悔しいわ」
プレトは思わず下唇を噛んだ。もしかしたらチユリさんも、電話の向こうで同じことをしているのかもしれない。
でも、チユリさんすら知らなかったなんて……採取チームの管理職なのに……ということは、上層部のほんの一握りの人間だけが知っていて、隠そうとしていたのだろうか。それが漏れて騒ぎになったから、枯渇問題を認め、値上げをすることにしたのだろうか。
……どいつもこいつも……細胞が秘密でできているのかな?
通話が終わると、プレトはルリスに話しかけた。
「枯渇問題、本当だったみたい……それで値上げだって……」
友人はとても悲しそうな顔をした。雨に打たれた子犬のようだ。そういえば、出発前もニュースを見て、レグルスに乗れなくなるかもしれないと不安がっていたっけ。レグルスは生活必需品だが、ルリスにとってはそれ以上に生き甲斐だ。プレトに死の危険がまとわりついている上に、その生き甲斐までも失いそうなのだ。心の中はムイムイハリケーン並みに荒れているに違いない。
「……」ルリスは何も言わずにうつむいている。
パラライトアルミニウムは安価で燃費もいいが、いきなり倍の値段になったら、少なからず影響は出る。ひとり親家庭や苦学生は、相当なダメージを受けるのではないだろうか。社会の皺寄せは、最初に弱者のもとにやってくるのだ。それに、いずれ本当に枯渇してしまったら? インフラが保てなくなり、まともな生活を送れなくなってしまう。救急車も消防車もなくなるのだ。
ルリスの落ち込んだ顔を見ていたら、プレトの考えがじわじわと変わってきた。自分でもうまく説明できないが、自然と、これまでとは別方向に思考がぐるぐると回りはじめている。今こうして生きているのは奇跡だ。誰がなんと言おうと、奇跡は現実に起きた。体調は悪いが、死にかけていたにも関わらず、一晩で歩けて喋れるようになるまで回復したのだ。
……もしも……いま生きていられているのが、ルリスの祈りのおかげだとしたら、親友だけでなく、神様にも助けてもらったことになる。このまま〈死〉に影を踏みつけられたまま、すごすごと帰るのは、正しいことだと思えない。 
幻の中で少女に言われた言葉が、頭の中でこだましはじめる。
『泉の源に行くには、流れに逆らって泳がないといけないの。人生はゆるい登り坂だからね』
正直、少女がなんのことを指して言ったのかは分からない。だが、なんとなく、行けと言われているような気がした。そして行くべきところは、家ではないような気がした。
いま虹を採取できれば、しばらくは国民の不安が和らぐのではないだろうか。その間に、何らかの解決策が見つかる可能性もある。それに……自分がいなくなったあとも、ルリスには、レグルスで空中散歩を楽しんでいてほしい。プレトはルリスの顔を覗きこんで言った。
「やっぱりさ…………レインキャニオンに行こうかな……」
ルリスは驚いた顔をした。さっきと言っていることが間逆なのだから当然だ。プレトは話しつづけた。
「どうせ死ぬならさ、帰るのも行くのも同じかなって……それなら、このまま予定通り、虹を採りに行くのもいいかもしれない」
人助け……というより、ルリスのためだとは言えなかった。なんだか無性に恥ずかしい。顔が熱くなる。まだ熱があるのか? ルリスの口角が上がり、目尻が下がった。プレトが何を考えているのか、表情から伝わったのかもしれない。うんうんと頷くと、口を開いた。
「わたしも行くけど、条件があるよ」
「条件?」
ルリスは大きく息を吸うと、はっきりと言った。
「生きて帰る!」
テントの開口部から陽が射し込んできた。プレトとルリスの手の甲を明るく照らしつける。プレトはルリスの目を見て頷くと、光を手のひらに乗せ、強く握りしめた。

(第32話につづく)

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