十二弟子審査を受けたときの証(十二弟子・ミナさんの証)

十二弟子審査を受けたときの証(十二弟子・ミナさんの証)

RAPTブログに出会って信仰を持ちはじめてから、まだ三年になるかならないかのとき、有料記事の朝会の御言葉で、十二弟子を募集する御言葉が伝えられました。

また、十二弟子だけでなく、他にも使命が沢山あることを教えてくださいました。

私自身は全く次元が低く、十二弟子としての基準に達していないことは充分に分かっていましたから、例え十二弟子になれなかったとしても、何か神様のお役に立てればとの思いで申請させていただきました。

○RAPT朝の祈り会(2020年10月分)
2020年10月24日(土)これからは義人同士が群れになって、ネット上だけでなく、現実世界で御心を成していくべきときだ。そのために、今後どうするべきかについて、主が具体的に啓示してくださった御言葉。

そうすると、思いがけずRAPTさんから連絡をいただき、大変ありがたく、只々恐縮するばかりでした。

そしてRAPTさんとお話をさせていただくうちに、自分もやはり、十二弟子になるための試験を受けた方がいいのではないのか?との考えが湧き起こってきました。

しかし、

「神様の愛を伝えたい!」
「この道しかない!」

という思いがある一方で、

「自分には無理だ!」
「自分は足りなすぎる!」

という思いが入り混じり、何度も心の葛藤を繰り返していました。

そんなとき、ふと、ある聖書の場面が思い浮かんできました。

それは、「婚宴」に招かれたのに誰も来なかったという聖書の場面です。

「イエスは、また、たとえを用いて語られた。 「天の国は、ある王が王子のために婚宴を催したのに似ている。 王は家来たちを送り、婚宴に招いておいた人々を呼ばせたが、来ようとしなかった。 そこでまた、次のように言って、別の家来たちを使いに出した。『招いておいた人々にこう言いなさい。「食事の用意が整いました。牛や肥えた家畜を屠って、すっかり用意ができています。さあ、婚宴においでください。」』 しかし、人々はそれを無視し、一人は畑に、一人は商売に出かけ、 また、他の人々は王の家来たちを捕まえて乱暴し、殺してしまった。(‭‭マタイによる福音書‬ ‭22:1-6)‬

せっかく神様が招いてくださっているにも関わらず、その価値性を分からず、感謝もせず、多くの人が何かと理由をつけては断っているのです。

そのときの自分が置かれていた状況が、まるでその聖句と重なって見えてきてしまい、私はとても胸が痛くなりました。

そして私は、そのように神様を悲しませるようなことはしたくないと思いました。

このようにあれこれと思い悩むばかりで、決断しきれずにいたとき、RAPTさんは「できるかどうか」ではなく、「なりたいかどうか」「やりたいかどうか」が大切なのだと教えてくださいました。

さらに、祈ることの重要性を教えてくださり、「祈りは必ず叶うから!」と、力強く仰ってくださったのです。

RAPTさんは、御言葉の中でも心から熱く祈り求めるようにと伝えて下さいました。

十二弟子になれるかどうかは別にしても、RAPTさんと共に御心を成したいと心から願うなら、心から私に祈り求めなさいと仰ってくださっていて、「祈りは必ず叶えられる」と伝えてくださっていました。

RAPTさんが仰ってくださったように、お祈りの中で神様に答えを祈り求めました。

自分の頭で考えていても当然、答えは出ませんでしたので、ただ、神様のお役に立ちたい一心で、自分自身、どのようにすればいいのか祈り求めました。

そして、誰よりも私のことをご存じでいらっしゃる神様に全てを委ねようと思いました。

また、RAPTさんは御言葉を通して、神様は、どんな欠点や、弱点があっても、真の義人であり、真の信仰者であるなら、受け入れてくださると教えてくださいました。

○ RAPT有料記事515(2020年11月23日)中心者に何も隠し事はできないから、自ら中心者の前に出てきて、中心者とともに信仰生活をし、御心を成していくことが知恵だ。

このように、「どうすべきなのか」を祈り求めることで、十二弟子になりたいとの気持ちが日毎に強くなっていくのがわかりました。

ここで尻込みをして、ずっと後悔しつづける人生を歩みたくない!

いつの間にか、そんな思いに変わっていき、十二弟子になれますようにと、真剣に祈り求めるようになっていきました。

さらに自分は合格するのか、落ちるのかを思い悩む私に、RAPTさんは御言葉を通して、どんな結果であっても神様は全てを益にしてくださるのだと教えてくださいました。

○ 有料記事516(2020年11月28日)主の御心を成したときに、私たちは主の力と権能を授かっていることを体感できる。そして、その力と権能によって義人たちは救われ、悪人たちは裁かれ、滅ぼされていくのだ。

あれから約1年。

今、こうしてRAPTさんの元で多くのことを学ばせていただく毎日を過ごしています。

何度も何度も落ちこぼれそうになっても、その度に神様に祈り求めることで、ここまでやってこれました。

そして、神様に祈ることで、不可能に思えるようなことも可能にしてくださるのだと、身をもって体験させていただだいています。

神様に全てを委ね、神様の御心のままに進んでこそ、実は自分にとって最善の道なのだということに気付かせて下さり、導いてきてくださったことに、心から感謝の気持ちが溢れます。

○ RAPT有料記事332(2018年12月1日)実力のない人は、実力の神様に実力を祈り求めなさい。既に実力のある人は、今の実力だけで満足せず、世界一の実力者になれるように祈り求めなさい。

○ 神様に全ての心の内を打ち明け、自分の全てを委ねて生きられる幸福な人生(十二弟子・ミナさんの証)

どんなに大変そうな道でも、決心し、祈りを捧げることで、神様は力を与えてくださり、祝福してくださるのだと感謝で一杯になります。

今こうして、一年前の自分を思い起こし、そのときには想像できなかった祝福を豊かに与えてくださっていますことを心から感謝せずにはいられません。

神様はどれほど私たち人類を深く愛してくださっているのかと日々感じ、その喜びは言葉にできないほどです。

どうか多くの人たちが、RAPTさんが伝えてくださる御言葉に辿り着き、この御言葉の価値性を深く悟って、神様と共に愛を成し、真の幸せを享受して生きられますよう心から願っています。

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