今、世の中はまさに『絶望』状態にあります。
嘘コロナによるパンデミックに始まり、ロシアとウクライナの紛争、予想される食糧危機…。
こういった世の中の出来事を見ていると、どこにも救いがないように感じられます。
しかし、実はこれらすべての出来事は裏で一つに繋がっています。
思い出してみてください。
世界で一番最初にコロナが発生した国はどこか。
○新型コロナウイルスの発生源はどこ?WHOの専門家に聞きました
また、ロシアとウクライナの紛争で、ウクライナがロシアとの仲介を頼んだ国はどこか。
世界で最も沢山の食糧をため込んでいると噂されている国はどこか。
そうです。全ての出来事に必ず中国が絡んでいるのです。
つまり、一連の出来事は、いわば中国による世界的なクーデターなのです。
このクーデターにより、ロスチャイルドもロックフェラーも著しく弱体化しました。
変わって台頭してきたのが、中国共産党です。
しかし、私は中国や、中国共産党についてほとんど何も知らないことに気が付きました。
そこで今回は、中国および、中国共産党について私が調べたことを述べたいと思います。
中国共産党を語る上で、重要な人物が3人います。
毛沢東、鄧小平、習近平です。
それぞれの人物が行ってきたことやエピソードについて、以下に記していきます。
① 毛沢東
毛沢東は、中国統一を果たし、中華人民共和国を作り上げた功績から『建国の父』と呼ばれています。
著書『毛沢東伝』は、毎年、聖書に次ぐベストセラーになっています。
中国ではこの本を授業で扱うため、毎年たくさんの子どもたちが購入させられているのでしょう。
1921年、毛沢東は中国共産党に入党しました。
現在の党員数は9千5百万人を超えるそうですが、当時の党員数はわずか57人。
存続のため、孫文が創設した国民党と協力していました。
しかし、孫文の跡を継いだ蒋介石は『上海クーデター』という中国共産党への弾圧を行い、一気に対立関係になり、1927年に第一次国共内戦が勃発。
1931年、中国共産党は中華ソビエト共和国を設立。
毛沢東が主席になります。
中国とソビエトの結びつきはこの頃から始まったのでしょう。
しかし、国共内戦により中国共産党はどんどん弱体化していきました。
ところが、1936年に起こった西安事件で蒋介石が拉致・監禁されたのを機に、中国共産党は再び国民党と手を結びます。
翌1937年、日中戦争勃発。
中国共産党は国民党とともに「抗日民族統一戦線』を結成し、日本と戦うことになるのですが、毛沢東は日本と戦うどころか日本と交流を図り、中国での影響力を増していきました。
大戦後の1946年、蒋介石が国民党軍に、中国共産党の領地に侵攻することを命令。
第二次国共内戦が始まりました。
中国共産党軍は、最初の頃こそ劣勢でしたが、ソ連の援助などで形勢を逆転させ、首都南京や上海を占領しました。
1949年、毛沢東は北京において高らかに中華人民共和国の建国を宣言しました。
そんな毛沢東ですが、性格はまさしくサイコパスだったと言われています。
○毛沢東とはどんな人物だったのか?② 「生涯歯を磨かなかった、性格はサイコパス」
エピソードとして、毛沢東は夜型の生活を送り、昼間に睡眠をとっていたそうです。
その睡眠の妨げになるという理由で、昼間に鳴いてうるさいスズメを駆除することを命じます。
一説では年間11億羽ものスズメが捕えられ、殺処分されたそうです。
結果、生態系が大きく崩れ、世界史上でも屈指の大飢饉を招く結果となり、餓死者は4000万人を超えたと言われています。
このように、他人の不幸など全く意に解さない人物だったようです。
1962年には国務院副総理というポストに就いていた習仲勲(習近平の父親)を『反党小説「劉志丹」事件』により失脚させています。
また、1966年から文化大革命を起こし、当時、権力の座についていた鄧小平を失脚させます。
鄧小平と習近平については、次回以降もう少し詳しく取り上げますが、中国の歴史を見ると、裏切りと寝返りが頻繁に繰り返されています。
日本人には少々理解し難い心情ですが、そこには五千年に及ぶ歴史が生み出した中国独特の思想があったようです。
上記リンク先に紹介した本では、『虚言こそ中国人の本質』と書かれています。
『論語』では、恥を隠すことが美徳であり、『偉人の過失は暴いてはいけない』そうです。
毛沢東は中国国内では偉人として扱われていますが、表に出ていない悪事がまだまだたくさんあることが推察されます。
この本の主な内容を見ると、『裏切り』や『約束を守らない』は、中国の宿痾(治らない病気)とあります。
中国共産党と国民党との対立や和解、日中戦争で敵国であるはずの日本と交流して富を蓄積、さらに、自己保身のために鄧小平など要職にある人物を失脚させるなど、まさに嘘と人間不信の塊です。
このような行動をとる彼らの思想の根底にあるのが『儒教』です。
上記リンク先には、紀元前200年ごろに、ユダヤ人がインド経由で中国にやって来たことが書かれています。
宋の皇帝から与えられた八つの姓については、Wikipediaの『開封のユダヤ人』にも記載がありました。
ユダヤ人の渡来により、中国にユダヤ教がもたらされました。
上記リンク先には、『儒教のジュ(Jewのことでしょう)はユダヤを指す』と書かれてありました。
孔子は、当時中国内にあったユダヤ教を編纂して儒教を作ったわけですが、『身内が罪を犯せば、かくまうために嘘をつく』ことを勧めています。
前述の『虚言こそ中国人の本質』は、元を辿ると孔子により教理をねじ曲げられたユダヤ教に端を発するようです。
旧約聖書を読むと分かりますが、ユダヤ人は神様に反逆ばかりしてきました。
神様を信じず、バアルやモレクといったサタン(偶像)を崇拝していたのです。
彼らは聖書の記述を自分たちに都合のいいように解釈し、悪の限りを尽くしました。
その結果、神様から裁かれ、バビロン捕囚でエルサレムを追われたのです。
そんなユダヤ人たちの一部が東に移動して、インドから中国に渡ったのでしょう。
毛沢東もユダヤ人だったのかも知れません。
少なくともサタンを崇拝していたと考えられます。
歴代の悪名高い皇帝をリスペクトしたり、文化大革命などで数千万人もの人々を粛清したりするのは、常人の考えることではありません。
次回以降は、鄧小平や習近平について語っていきたいと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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