【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第33話・絶体絶命」by RAPT×TOPAZ

【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第33話・絶体絶命」by RAPT×TOPAZ

プレトとルリスは、狭い膜の中で装備を確認した。そして、確認したことをすぐに後悔した。ろくな物が入っていなかったのだ。わずかな水と携帯食料。そして、懐中電灯とアーミーナイフ、通信できない通信機と携帯電話。その他もろもろ。
一番期待できそうなアーミーナイフを、膜に向かって投げつけてみたが、小石と同じく、あっさりと弾かれてしまった。膜には傷一つついていない。ぶつかる前に、電気が防いだのだろう。
「酸素ってどうなってるのかな……」
ルリスが座ったまま、顔を上に向けて言った。膜の頂点となっている、円錐の機械を見ているのだろう。
「酸素……」
プレトは呟いた。周りの葉が風に揺れているのは、膜越しでも分かった。しかし、肌に風は感じられない。この膜は、空気を通していない可能性がある……最悪だ。窒息の可能性まで出てきた。
毒がまわって、一人で死んだほうが遥かによかった。このままでは、ルリスまで巻き添えじゃないか。プレトは、胃に異物を詰められたような気分になった。少女が言っていた泉の源に行きたかったのに、進む方向を間違えたのか? 家に帰るべきだったのか?
「あの円錐、レグルスのボディに材質が似てるような気がするよ……ということは、パラライトアルミニウムで動いてるのかな?」と、ルリスは言った。
なるほど、そうかもしれない。でも、もしもそうならば……
「パラライトアルミニウムで動いているなら、燃費がいいから……燃料切れは期待できないね。私たちの命が尽きる方が早いよ」
プレトの言葉に、ルリスはがっくりとうなだれた。狭い電気テントの中、2人で膝を抱えて座っている状況は、プレト自身にも滑稽に思えた。
するとそのとき、足音が聞こえた。音の方向を向くと、誰かがこちらに向かって来ているようだった。膜のせいではっきりとは見えないが、すぐに分かった。フーイだ。
彼はプレトたちを見付けるやいなや、手を叩いて笑いはじめた。腹まで抱えている。笑いすぎて、メガネが鼻にずり落ちていた。首を絞められた猿のような笑い声だ。その耳障りな声の中、携帯電話を握りしめたルリスの手が、プレトの視界の端で震えていた。おそらく、怒りのせいだろう。
男はひとしきり笑うと、さらにこちらに近づき、目元を拭いながら話しかけてきた。
「まんまと罠にかかってくれてありがとう。こんなにうまくいくなんて……冥土の土産にいいこと教えてあげる。おれもパンデアちゃんも、プレトちゃんの職場の所長から依頼されて来たんだよー。殺してもいいって言われてるんだー」
プレトは奥歯を噛みしめた。石を投げつけてやりたかったが、ここで投げても膜で跳ね返り、自分に当たるだけだ。両手を握りしめて堪えた。目線だけ横に動かすと、ルリスは抱えた膝に顔をうずめている。
「事故でもリバースパンダでも、毒でも死ななかったときはびっくりしたけどさ、この予備の計画がうまくいってよかったー! きみが死に損なってくれたおかげで、パンデアちゃんに嫌がらせできたし、おれの手柄にもできてラッキーだよ」
楽しそうに話している。プレトは思わず二の腕をさすった。気温は高いのに、鳥肌が立ったのだ。ドクププに刺された患部が疼く。
「そんな死に損ないも、やっと死ねるんだね。ソバカスちゃんも一緒だから、地獄でも寂しくないよねー」
「不愉快だからいなくなって」
プレトは言い放った。男は相変わらず、満面の笑みを浮かべている。
「胸糞悪いから消えろって言ってるの!」
プレトの叫びに対し、フーイは片手をヒラヒラと振りながら、木の向こうに消えていった。最後の最後、携帯電話を操作しているところが見えた。プレトたちが罠にかかったことを、報告するつもりなのだろう。
プレトは、地面に視線を向け、下唇を噛んだ。確認ついでに笑いに来るなんて……いや、笑うために確認しに来たのか。あれは、関わってはいけない種類の人間だったのか。
それに、やはり所長がらみだったんだ……ということは、これもある意味マッチポンプか? この男は、パンデアを貶めるついでに味方を装い、この罠に嵌めたのだ。だけど、この状況でそれを知って、一体どうしろと? 悔しくてやりきれないが、奴の言う通り、冥土の土産になってしまいそうだ……
「撮った!」ルリスが突然喋った。
「ひぇ?」驚きで、プレトの声が裏返った。
「あのクソ野郎が喋ってる一部始終を、動画で撮ったよ! 足の間から、なんとかカメラを向けたの」
ルリスが携帯電話をプレトに見せながら、再生ボタンを押した。動画は膜のせいで鮮明ではないが、大体の人物像は判別できた。会話も聞き取れる。
「……携帯電話、使えないんじゃなかったの?」プレトの声が震えた。
「カメラ機能と通信状況は、関係ないからね」
プレトは、なんと言えばいいのか分からなかった。なにか貴重なものをたぐり寄せられるような、そんな予感がした。
「ねえ、これ、SNSとかに出したらヤバいんじゃない?」
ルリスが神妙な面持ちで言った。
「SNS……」
「ねえ、ここから出られたら、SNSが使えるようになるよ。今までのこと、なんとかして公にしようよ!」
「おおやけ……みんなに知ってもらうってこと?」
「そう、あいつらの悪事をね! やられっぱなしなんて、絶対にイヤだよ! やり返そうよ!」
やり返せるなんて、思ってもいなかった。そうか、そういう方法もあるのか。
「……やろう。全部バラしてやろう」プレトが呟いた。
頭上から、パタパタパタと音が聞こえてきた。ルリスと同時に上を向くと、雨が降ってきたことが分かった。膜は雨を通していない。
これは、吉兆か、凶兆か。なんとかして、ここから出なければ。
雨とともに、葉が落ちてきた。膜の外側にペタリと張りつく。
「……葉っぱ、弾かれないんだ。焼けたりもしないし」
「ほんとだね。外側には電気が通っていないのかな」
プレトは何かを思いつきそうだった。ルリスをここから出したい。所長たちにやり返したい。痛む頭を必死に働かせていると、散乱した装備品の中、あるものに視線がとまった。
「この膜、もしかしたら、これでできているのかも」持ち上げながら言った。
「それはなに?」
「私物のゼリーベンゼンだよ」
ゼリーベンゼンは無色の半透明で、くず餅のような見た目と質感だ。大抵は豆腐より薄いサイズで流通している。同じ大きさのくず餅より軽いだろう。熱したり冷やしたりすると加工ができるうえに、丈夫なのだ。
「これが? 錠剤の加工に使うとか言ってたやつ?」
「そうだよ。加工できて、無害で、鉱山で沢山採れるんだ。使おうと思ってバックパックに入れたままにしてた。このゼリーベンゼンは二層になっていて、片方が電気を通して、もう片方は電気を通さない材質なんだ」
「へえ……これを、どうするの?」
ルリスがゼリーベンゼンを凝視しながら言った。
「膜を破るのは無理そうだから、逆に、電気の増幅装置を作って、円錐をショートさせて壊せないかな。円錐が壊れれば外に出られるでしょ」
「それができたらすごいよ! 今あるもので作れるの?」
「自信はないけど、電池とゼリーベンゼンとポケットムイムイを使えばなんとか……」
プレトは懐中電灯を分解して、中から電池を2本取り出した。ゼリーベンゼンをライターで炙り、アーミーナイフで穴を空けた。そこに電池を2本とも挿しこみ、ちぎったポケットムイムイで栓をした。
「チユリさんが持たせてくれたポケットムイムイを、まさかここで使うことになるとは……」
「プレト、なんでこんなことができるの?」
「学校で似たような実験、やらなかったっけ? 電気を増やしてみよう! とかなんとか……あんまり覚えていないけど」
「わたしは全く覚えていない」
「何年も前だからね。さっそくこいつを試してみるよ」
雨足が強くなり、雷の音も聞こえてきた。辺りは薄暗く、膜が雨粒にバタバタと叩かれている。
立ち上がり、背伸びをして、できるだけ円錐に近い部分の膜に、作ったものを押しつけた。ペタリという感触を指先に感じた直後、ビビビビビ! と、非常に大きな音を出しながら、膜全体が激しく震え始めた。プレトは驚いて尻もちをついた。
「これ、うまくいきそう!」ルリスが嬉しそうに叫んだ。
尻もちをついた衝撃で、頭痛が強くなった。頭皮を揉みながら叫んだ。
「このまま待ってたら壊れるかも!」
叫ばないと会話ができないくらいの騒音だ。鼓膜を強力に揺さぶられ、吐き気がこみ上げてきたが、両耳を塞いでなんとか耐える。目を強く瞑った。
しばらく座って身を寄せ合っていると、騒音がピタリと止んだ。期待して瞼を持ち上げると、膜に囲まれたままだった。ゼリーベンゼンで作ったものが、膜に貼り付いたまま黒くなっている。それは、敗北を意味していた。
「ウソでしょ、うまくいきそうだったのに……」
ルリスが拳で地面を叩いた。辺りはすっかり暗くなっていた。電池を使ってしまったため、懐中電灯は使えない。雨雲は自分の中で雷を転がしながら、猫のようにゴロゴロと喉を鳴らしている。プレトの耳には、その音と雨音と、ルリスのすすり泣く声しか聞こえなかった。身体が火照っている。熱が上がってきたようだ。
もう、できることはない……仕返ししたかったのに……

(第34話につづく)

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