【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第85話・新しい研究所 」by RAPT×TOPAZ

【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第85話・新しい研究所 」by RAPT×TOPAZ

翌日、起床すると共にSNSをチェックした。昨日投稿したものがどれぐらい見られているのか確認したかったのだ。
ソファに腰かけ、ルリスが渡してくれたマグカップを左手で受け取った。熱々の紅茶が並々と注がれている。プレトは重い瞼をグリグリとこすると、舐めるように携帯電話の画面を見た。雲を固める様子を撮った動画も、ルリスと〈アネモネ〉の合作も、消されることなくきちんと残っている。しかも、かなり再生されている。ルリスの歌は、音声だけで投稿した一曲目の倍は聴かれているようだ。〈アネモネ〉の協力を得たおかげだろう。雲の動画には、『理解が追いつかない』『不思議でたまらない』というコメントが沢山ついていた。自分もやってみたいという書き込みも多く、大勢の人たちの好奇心を刺激できたようだ。自分の発見に興味を持ってもらえるというのは、科学者としてとても嬉しい。
「動画、すーっごくいい感じだよ」
ルリスに声をかけた。
「よかったね! これで新しい層にも情報を届けることができそうだね。ねえ、動画投稿サイトの方に、運営からメッセージが届いてるよ」
「ほんとだ。もうバンするつもりなのかな」
皮肉を言いながらメッセージを開いた。文面を読んだプレトは、驚きで勢いよく立ち上がった。その拍子に、紅茶が左足にかかる。
「あっつぁあ! 熱い!」
「大変! 脱いで!」
ルリスに靴下を脱がされ、背もたれにかかっていたタオルで拭いてもらった。
「ありがとね」
「火傷してない? 冷やす?」
「大丈夫だよ、おかげで目が覚めた。あのね、動画投稿サイトで収益化ができるようになったらしいよ」
「⋯⋯なんで?」
「なんでだろうね。かなりの再生数を稼いだから、いいよってなったのかな」
「本当なのかな。クライノートはシャドウバンされてインプレッション数もいじられているのに、動画投稿サイトでは順調に収益化ができるわけ?」
「そう思うよね」
少し調べてみると、動画投稿サイトのスポンサーには製薬会社が入っていないことが分かった。
「なるほど、そういうことね。SNSごとに差があるんだね。わたしたちに対する邪魔がない理由が分かったね」
ルリスがこくこくと頷いている。
「とはいえ、どこからお邪魔虫が湧いてくるか分からないから、収益化できるうちにしちゃうのがいいかなと思うんだ。どうかな」
「いいと思う」
収益化を希望する旨を運営に返信すると、すぐに反映された。
「対応が早いね。SNSごとに、こんなに毛色が違ったんだね」とルリス。
「もっと早く始めてればよかったね」
「そうだ。ネットショップに、ラピス溶液を少量販売してほしいってメッセージが来てるよ」
「へえー⋯⋯え、なんでこんなに来てるんだろ」
「雲を固定する動画を上げたから、自分でも試してみたいんじゃない?」
「レシピを公開しているんだから、自分で作ったほうが安く済むのに、みんなどうして注文するんだろう。ありがたいけどさ」
「普通は、オオザリガニモドキの脱皮した甲羅とか探さないし、わざわざ拾ったりしないし、買ったほうが確実で楽だからだと思うよ。苦手で触れない人もいるだろうから、そういう層から注文が来ているんだと思う」
「触れない人、いるかな」
「いるでしょ。セミの抜け殻とか、ヘビの皮とか触れない人がいるじゃん。それに、正確なレシピを公開したから、信用してもらえたのかもしれないね」
「それは確かにそうだね。ボッタクリで詐欺師の製薬会社とは違って、私たちは正直だからね」
プレトとルリスは、普段使っているスプレーと同じ容量でラピス溶液を販売することにした。業者向けのポリタンクよりは使いやすいだろう。
「ムーンマシュマロも注文が入っているよね? 手分けして梱包しよう。私がラピス溶液を担当するから、ルリスはムーンマシュマロをお願い」
「了解!!」
注文数は多いが、二人とも手慣れてきたため、これまでよりもスピーディーに梱包作業を進めることができた。一息つきながら動画投稿サイトをチェックすると、注目されている動画ランキングに雲の固定がランクインしていた。ランキングの中では下の方だが、始めたばかりでここまで注目されるのは順調と言えるだろう。クライノートのフォロワーが動画の情報を広めてくれているのかもしれない。ルリスにランキング画面を見せた。
「わたしと〈アネモネ〉さんの歌はランキング圏外かあ。次はもっとバズりそうな曲にしようかな」
「私たちの動画より人気があるのは⋯⋯食用のウサギを刺し身にする動画だ。ウサギの刺し身かあ⋯⋯」
「ねえ! ウチのウサギたちを捌かないでよ!」
「そんなことするわけないでしょ、あの子たちはウチの子だよ。それに、動物実験に協力してくれたウサギを食べて、その様子をSNSにアップするとか倫理的に終わってるから。フォロワーゼロになるよ」
「それが分かってるならいいけど。さて、動物たちを庭で散歩させようかな」
ルリスがウサギたちを抱えて外に出た。十数秒後、ウサギたちを抱えたまま戻ってきた。
「プレト、またやられちゃったよ」
「またとは? まさかレグルス?」
ルリスは硬い表情で頷いている。プレトは急いで庭に出ると、レグルスに近付いた。キズが増えたわけではないが、ブラックのカラースプレーでボディに落書きされている。知らない間に不審者が来たのだろう。悪態をつきながらレグルスを見ていると、ルリスが手ぶらで駆け寄ってきた。
「全く気が付かなかったね」
プレトは鼻の頭にシワを寄せ、唇をへの字に曲げた。
「悔しいね。ほんと最悪。でもこれ見て。外国語で悪口を書きたかったようだけど、スペルミスしてるの」
ルリスがレグルスを指して言った。
「ほんとだ。イヤがらせするならちゃんとしてほしいんですけど。てか、イヤがらせするなよ」
プレトは落書きされたレグルスを写真に収めた。
「これ、警察に言う?」
「言ったところで仕方ないよね。昨日も適当に扱われたし。それに、スカイフィッシュに協力してもらえば、こんな汚れごとき簡単に落とせる洗剤を作れるよ」
「それって、泡が見たことない色になるやつ? レインキャニオンに行く途中、林道辺りを走っているときに作り方を説明しようとしてたよね」
「うん、あの忌まわしき当て逃げ事件の後ね。さっそく作ろうか。スカイフィッシュおいでー」
プレトは、洗車用の洗剤を物置きから取り出しつつ、窓から出てきたスカイフィッシュを捕まえた。
「待って待って、その子は動物実験に協力してくれたんだよ? わたしたちに懐いているし、バラバラにしちゃいけないよ!」
ルリスが血相を変えて手首を掴んできた。
「なんなの、落ち着いてよ。私は生き物をバラバラにしたことないよ。いいから見てて」
プレトがスカイフィッシュの眉間を撫でてやると、体表がぬらぬらしてきた。粘液が分泌されたのだ。それをこそげ落とし、洗剤に入れた。「ありがとね」とスカイフィッシュに伝えて放してやった。
「これを入れると、洗剤の性能が上がるんだよ」
「あ、そういうことなの⋯⋯わたしはてっきり、グチャグチャにしたスカイフィッシュを混ぜ込むものと⋯⋯」
「早とちりだよ。この前は『聞きたくない!』とか言って説明を遮ってたしさ。ウサギもスカイフィッシュも解体なんかしません」
「ごめんごめん」
ルリスが笑いながらバシバシ叩いてくる。調合した洗剤でレグルスを洗うと、あっという間にきれいになった。片付けをしながら、ルリスは口を開いた。
「この洗剤も売ったらいいんじゃない?」
「洗剤も?」
「うん。洗剤自体は作れるの?」
「家にあるもので簡単に作れるよ。買ったほうが楽だから市販品を使ってただけ」
「自作の洗剤にスカイフィッシュの粘液を入れれば、オリジナル商品として販売できるかな」
「できるね。売っちゃおうか。浴槽で作ろうっと」
プレトは家の中に入り、浴槽で洗剤を作りはじめた。スカイフィッシュに負担をかけたくないのと、どれほどの需要があるか不明なのとで、浴槽の三分の一くらいに留めておいた。材料を混ぜていると、ルリスが覗きにきた。
「順調そうだね。もはやここが研究所みたいだよね」
「そうかな」
「スパイク肺炎ワクチンの解毒剤も、パラライトアルミニウムもラピス溶液も洗剤も作ってるし、雲も固めるし、ディユの危険性も発信してるし、虹もハロも大量にあるし、充分に研究所だよ」
「言われてみると確かに。研究所か⋯⋯私がもといた研究所は癒着がヤバいし、あんまりいいところじゃないって分かったから、この際、私たちで新しい研究所を立ち上げるのもいいかもね」
「わたしたちで?」
「うん。研究所の職員っていう肩書きを使えると、今後できることが増えそうだし、私たちの情報を受け入れてくれる人が増えるかもしれないし」
「それって⋯⋯すごくいいアイデアだね。楽しそう。悪の研究所があるなら、正義の研究所があってもいいよね」
ルリスの発言をきっかけに、目の前が開けた気がした。自分たちの研究所⋯⋯その響きはプレトの胸を無性に躍らせた。

(第86話につづく)

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