“子供のような心”とは真逆だった自分が、RAPTさんに出会い、本当の“子供のような心”を持てるようになった奇跡(十二弟子・NANAさんの証)

“子供のような心”とは真逆だった自分が、RAPTさんに出会い、本当の“子供のような心”を持てるようになった奇跡(十二弟子・NANAさんの証)

今回ご紹介する曲は、「 お生まれだイエス様が 」という賛美歌です。

「 お生まれだイエス様が 」

お生まれだイエス様が 笛ふけ太鼓を鳴らせよ
お生まれだイエス様が みんなで歌を歌おう

この喜びの日を 神の民(たみ)は預言し
昔々から 私たちも待っていた

お生まれだイエス様が 笛ふけ太鼓を鳴らせよ
お生まれだイエス様が みんなで歌を歌おう

明け方の時間、いつものようにお祈りをしながら、神様に「次はどんなクリスマスソングでイエス様をお祝いしたら良いでしょうか?」とお尋ねしたところ、この可愛らしい賛美歌が思い浮かび、「子供」「幼な子」という言葉が浮かんできました。

それと同時に、飼っている犬たちと一緒にこの曲を歌っている情景が頭に浮かんで離れなくなり、「これは絶対、神様がくださった構想だ!」と思い、すぐにその通りにやってみました。

犬たちがいるドッグランで賛美をしはじめたら、ヨハネ(ビーグル犬)とフィレモン(ミニチュアダックス)が自然と集まってきて一緒に歌う、恵み深い賛美会になりました。

そして、賛美をしつづけていたら、犬たちがまるで、イエス様の周りに集まって喜んで歌っている幼な子のように見えてきて、聖書の中のこの聖句が浮かんできました。

「そのとき、弟子たちがイエスのところに来て、「いったいだれが、天の国でいちばん偉いのでしょうか」と言った。 そこで、イエスは一人の子供を呼び寄せ、彼らの中に立たせて、 言われた。「はっきり言っておく。心を入れ替えて子供のようにならなければ、決して天の国に入ることはできない。 自分を低くして、この子供のようになる人が、天の国でいちばん偉いのだ。 わたしの名のためにこのような一人の子供を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。」(マタイによる福音書‬ ‭18:1-5‬ ‭新共同訳‬‬)

そして自分自身も、日々、神様の前で子供のように自分を低くすることの大切さを改めて感じました。

というのも、実は私は、神様に出会い、上記の聖句を初めて読んだとき、「私も、歳の割には純粋な方で、子供のようなところがあると思うから、頑張れば神様に認められる者になれるかもしれない!」と、安易に考えながら信仰生活を始めてしまい、「子供のようになる」ということの、”神様が仰りたい本当の意味”を全く分からずにいました。

しかし、RAPTさんに出会い、RAPTさんから御言葉を学ぶようになってから、「自分が”子供”のようだと一ミリでも思っていたこと自体が、とんでもない間違いだった!」ということにはっきりと気付いて、今までの自分を本当に恥ずかしく思い、心から反省しました。

以前は、「何も知らない、無知で世間知らずな自分が、人によく思われ、認められるにはどうすればいいのか?」というひどく利己的な考えを抱いていて、その解決方法として、周りの人に自分を低く見せていました。

そして、「そうできる自分は”子供”のような素直なところがある」と、勘違いしていたのです。

そんな自分だったので、いざRAPTさんから御言葉を学びはじめると、自分にできそうな御言葉だけ受け入れたり、自分の悪い部分を素直に認められず、なかなか変われない自分がどんどん浮き彫りになっていきました。

○RAPT有料記事53 (2016年3月26日)自分の足りなさをどれだけ認められるか。

○RAPT有料記事133(2016年12月31日)自分の足りなさを認めて神様にすがりつく者こそ、この世の誰よりも高められる。

RAPTさんは、御言葉の中で「自分の足りなさを真に認めてこそ、人はようやく本気で神様を探し求めるようになるし、神様に必死の思いで縋り付くようになる」と仰いました。

私は、この御言葉のおかげで、子供のような心とは真逆の、”高慢”や”プライド”が自分の心にこびりついていることに気付き、神様に取り除いていただきたい一心で「”高慢”や”プライド”をなくしてください!」と縋る思いで祈り求めるようになりました。

そして、先ほどご紹介した聖句(マタイによる福音書‬ ‭18章1節から5節)‬ のような、イエス様が言われる”子供”のように生まれ変わって、神様に愛される者になりたいと心から思うようになりました。

そして、神様に祈り求めながら、RAPTさんに接していくと、RAPTさんこそがまさに、神様の前でどこまでも純粋で従順な子供のような方なのだということを日に日に悟るようになり、私もRAPTさんのような人になりたいと心から思い、努力するようになりました。

○神様から常に導きを受けられている方の、清さと純粋さと一途さ(十二弟子・NANAさんの証)

また神様は、御言葉の中で聖書に出てくるダビデのことを例に出して話してくださいました。

ダビデは、羊飼いの番をするだけの、戦闘の実力も大して兼ね備えていない子供でしたが、平素から神様に縋りつき、祈り求めていたので、ゴリアテという巨人を、祈りと神様の知恵によって一瞬にして倒してしまいました。

そして、誰よりも自分の足りなさを心から認めて、どんなときも神様を呼び求め、縋りついていたので、神様から一国の王として選ばれるようになり、超人的な力と勇気と度胸、知恵や能力を豊かに神様から受けて、敵国を次々と倒していくことができました。

「イスラエルのトップたるものが、実は、誰よりも平素から自分の足りなさを認めていて、極端に神様に縋りついていた!」

そのことを教えていたいただいたときに、まさにRAPTさんは、現代のダビデだと思いました!

RAPTさんは、神様の御言葉に誰よりも従順に聞き従い、神様の前でどこまでもへり下り、祈り求めて、神様から超人的な知恵と力を受けて、霊的なサタンにも、極悪なイルミナティどもにも勝利しつづけていらっしゃいます!

○惜しまず努力しつづけて成長し、驚くべき御業を成していくRAPTさんの生き方(十二弟子・NANAさんの証)

○次々と悪を倒していくRAPTさんの力の凄まじさを、間近で目の当たりにした体験(十二弟子・NANAさんの証)

どうか、一人でも多くの人がRAPTブログに出会い、御言葉を学んで、神様に心から愛され、誰もが羨むような超人的な働きができる人となって、栄える人生を歩むことができますように切に願っています。

○RAPT有料記事481(2020年7月11日)高慢な者は主から怒りを買って裁かれるが、心からへりくだって主に祈り求める者は主から高められて栄光を受けるだろう。

○RAPT有料記事491(2020年8月22日)自分の評価も他人の評価も全く何の意味もない。ただ主が評価した通りに、あなたの運命が決まるからだ。

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