私がRAPTブログに出会い、信仰を持って2年ほど経ったとき、私の親戚が亡くなり、お通夜とお葬式に行きました。
そのとき、仏教のお葬儀が本当に悪魔とサタンを呼び寄せる儀式だと、はっきりと分かる出来事が起きました。
まずはお通夜からでしたが、会場の最寄りの駅で電車を降りるとすぐ頭痛が始まりました。
少し歩いてその会場に着くと、外からでもサタンの波長が強く伝わってきました。
あまりにも波長が苦しくて、会場になかなか入れず、30分近くウロウロして、ようやく会場に入ることができました。
すると、案の定、霊的に最悪の空間でしたが、それもそのはずです。
RAPTブログでは、仏教が悪魔教であるということや、お経が悪魔を召喚させるための呪文であるということが次々と解明されていますが、まさにその通りのことがそこで起きていました。
○RAPTブログ 仏教の「お経」や「真言」が悪魔を召喚するための呪文であり、仏教が悪魔教であるという確たる証拠。
○RAPTブログ やはり「釈迦」は紛れもない悪魔崇拝者でした。その確固たる証拠をお見せします。
○RAPT×読者対談〈第七弾〉神道とユダヤ教と悪魔教のつながり。悪魔教が日本に伝わった経緯。
翌日のお葬儀では、もっとそのことを強く感じざるを得なくなりました。
お葬式が始まり、お坊さんがお経を唱えてわずか数秒後で、目の前に、これまで経験したことがないくらいの最強クラスのサタンがうじゃうじ出現しました。
葬式会場全体にそのサタンの塊がうごめき、私はあまりに苦しくて耐えられず、どうしていいか分からずに涙があふれてきました。
お葬式中だったので下を向きながら声を押し殺して泣きました。
悪魔崇拝への怒りと、こんなに強大なサタンを呼び出したお坊さんへの怒りが込み上げてきましたが、どうすることもできません。
なので、必死に「神様助けてください。どうかこの大量のサタンどもを追い払ってくれませんでしょうか。助けてください」と祈りました。
しかし、私の祈りでは到底追い払うことができるような量のサタンではありませんでした。
あまりにもドカンと最強クラスのサタンが急に出現し、とても苦しくなり、軽いパニックのようになってしまったのと、声を必死に堪えて泣いていたというのもあってか、お経が始まって2、3分くらいすると軽い過呼吸のような症状になってしまいました。
会場を出るわけにもいかず、トイレに行くふりをして控え室に入り、イヤホンつけてスマホの音楽を爆音で流して、なんとか必死に呼吸を落ち着かせようとしました。
霊的にも息苦しくてたまらないのを感じました。
そして、時間が経つとようやくお経も終わり、呼吸も落ち着いてきました。
葬儀が終わると、私はもう耐えられず、両親に事情を説明して、とにかく体調不良だからと言って家に帰りました。
私はこの日のこの経験を通して、悪魔やサタンに対する憤りを激しく覚えました。
大切な人に別れを告げるお葬儀が、悪魔やサタンを召喚する儀式になっているという事実は、本当に許せません。
しかも、葬儀が終わったあとも、初七日や四十九日など、何度もお坊さんのお経は続きます。
見るに耐えられない光景です。
この経験をしたときの私は、自分の体と霊が、全力で悪魔とサタンを拒絶していることを身をもって実感しました。
今思うと、神様はこのとき、仏教の悪魔崇拝がどれほど酷いかということを、私に身を持って体験させ、示してくださったのだと思います。
本当に、人々を不幸に突き落とそうとする悪魔やサタンが一刻も早く滅びることを願います。
そして神様の愛に、一人でも多くの人が気付き、目覚めてほしいと願います。
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