【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第27話・新たな依頼」by RAPT×TOPAZ

【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第27話・新たな依頼」by RAPT×TOPAZ

プレトは、フーイのカラーレンズに度が入っているのか気になった。
訊いてみようと口を開きかけたとき、携帯電話に着信が入った。画面には『部長補佐』と表示されている。個人の携帯電話の番号も登録し合ったので、連絡が取りやすくなった。
「ちょっと電話してくる」
「はーい」
「ごゆっくりー」
ルリスとフーイの返事が聞こえた。プレトは一旦、ファミレスの外に出た。よく知らない人たちに、上司との通話を聞かれるのは抵抗があったからだ。暑いがやむを得ない。応答ボタンを押して挨拶をし、現在地を伝えた後、気になっていたことを尋ねてみた。
「案内を依頼されたという人たちと合流しました。レインキャニオンまで一緒に行ってくれるようなのですが、なにかご存知ですか? 匿名で人づてに頼まれたから、本人たちも詳細は知らないと言っていて……」
「案内……ですか? 僕は知りませんね……チユリさんとは情報共有をしているので、彼女も知らないと思います」
「そうですか……」
部長補佐かチユリさんの依頼だったらと密かに期待していたのだが、違ったようだ。ますます匿名の依頼者が誰なのか気になった。
「……個人的には、お二人だけだと心配だったので、心強いかなと」
「はい」と言いながら、プレトはリバースパンダから逃げるキリンパンを思い出した。よろよろ走る姿はとても頼りなかった。
「そうだ、プレトさんにお願いがあって電話したんです」
「お願いですか?」
「食品研究チームからの依頼なんですが、サマーブロッサムの花の蜜を取ってきてほしいそうです」
「サマーブロッサム?」
初めて聞く名前だ。それに食品研究チームは、普段は全く関わりのない部署だ。
「サマーブロッサムは密林に咲く花なのですが、この蜜は長い期間、劣化しないらしいので、成分を調べたいようです。持って帰ってきてくれたら、ボーナスが出ますよ」
ボーナス!
レグルスが壊れてしまったプレトにとって、それは甘美な響きだった。その花の蜜より甘いかもしれない。本当にボーナスが出たら、ルリスと美味しいものを食べに行くこともできる。
しかし、ただでさえ大変な道中だ。仕事を増やしたくない気持ちもあった。部長補佐は話しつづける。
「密林はレインキャニオンまでの道中にありますよ。サマーブロッサムはそこにしか咲かないので、なかなか手に入らず、困っていたようです」
「……検討させてください。でも、どうして食品研究チームが私に依頼を? 出張のことをご存知なのですか?」
「みんな知っていますよ。朝礼でプレトさんの現在地を共有する日もあります」
「え! そうだったのですか」
全く知らなかった。
「それに、他の職員が調べてくれたのですが、今年は雨季が少しずれたようです。なので、プレトさんが着く頃は、雨雲には困らないと思いますよ。虹を採取できるはずです」
プレトは希望が見えた気がした。なんとか虹を持ち帰り、自分たちの働きを証明してみせるのだ。通話を終え、ファミレスの中に戻ると、席につくなり、皆にこう言った。
「ちょっと頼まれごとをされてさ、受けるかどうか迷ってる」
「どんな頼まれごと?」ルリスが質問してくる。
「道中にある密林で、花の蜜を採ってきてほしいんだってさ。詳細はまだ分からないけど、簡単に終わると思う」
「えー、寄り道? 特別料金ほしいなー」
フーイは乗り気ではないようだ。
「ついでだし、行こうぜ」
もう一人の男が強い口調で言った。プレトは目を丸くした。キリンパンが一番嫌がると思ったのに。
「プレトが行くところに行くよ」と、ルリスが優しく言ってくれる。
プレトは少し考えてから、口を開いた。
「……今すぐ決める必要はないかな。とりあえず保留で」
キリンパンは不満そうだが、フーイは頷いている。
「今日はここで宿とる? この辺りはしばらく草原が続くみたいだから、野営もできるよ」と、ルリス。
「進めるだけ進んで、野営しようか」
プレトが提案した。体調は今のところ安定しているし、資金の節約もしながら進みたい。
やがて、4人揃ってファミレスを出た。フーイが4人乗り用レグルスのドアを開ける。バイオレットに塗装されていた。これが彼の愛車なのだろう。フーイがキリンパンに、手のひらサイズの通信機を手渡した。角が丸く加工された三角形で、小さな液晶画面がついている。プレトが声をかけた。
「よくそんなの持ってるね。市販だと見付けるの難しいでしょ」
「そうなの? 装備と一緒に支給されたんだけど」フーイが答えた。
この男たちは、どの程度の装備を持っているのだろうか。
「オレが先頭でいいよな?」
キリンパンがそう言いながら、貸していた黒い通信機を返してきた。改めて通信機の番号を設定し合い、それぞれのレグルスに乗り込んだ。プレトは引き続き、ルリスの助手席だ。
3台のレグルスは連なって進み、陽が落ちる頃に草原で野営を始めた。男たちは車中泊をするらしい。プレトとルリスだけで、就寝用のトンネル型テントを張り、連結させた。耳をすませると、小川のせせらぎが聞こえてきた。
空が煤色になっていく。プレトは焚き火のそばに座り、隣のルリスに耳打ちをした。
「昼間に言った頼まれごとっていうのは、別の部署からの依頼なんだ。花の蜜を持って帰れたら、ボーナスが出るの」
「それはすごい! それで新しいレグルス買えるかもね!」ルリスは小声で喜んだ。
キリンパンはレグルスの中で、誰かと通話しているようだ。フーイが近付いてきたので、話しかけてみた。彼がどんな人物なのか、まだ全く分からない。
「川に魚はいた?」
「んー、内緒! プレトちゃんの靴のサイズ教えてくれたら、教えてあげるー」
愛想は良いが、摑みどころのない男だ。プレトは微かに頭痛を感じた。薬の効果が薄くなりつつあるのかもしれない。
「頭が痛い……薬が効いてるうちに寝るね」
「何も食べなくていいの?」ルリスが心配そうに尋ねてくる。
「うん、食欲なくてさ。おやすみ、また明日」
「おやすみ」
「いい夢をー」
フーイに手を振られた。彼はなぜか、演技じみた満面の笑みを浮かべている。テント内の寝袋に潜り込むと、異常に身体が重く感じられた。熱が上がってきたのだろうか。だが、薬をきちんと飲み、手当てもしている。他にできることは何もない。プレトはきつく目をつむり、鉛のような眠りに身を任せた。

「うぐう……」
プレトは呻きながら目を覚ました。頭から首にかけて、ひどい痛みがある。
顔をしかめながら携帯電話で時間を確認すると、職場の始業時間を過ぎていた。いつもよりかなり長く眠ってしまったが、症状が悪化している。なぜだろう。テントの中にルリスの姿はない。テント側面の開口部を開けてみると、少し離れたところで、3人が会話をしているのが見えた。
そのとき、携帯電話に着信が入った。画面に『部長補佐』と出ている。応答ボタンを押して挨拶をしたが、痛みでうまく声が出せなかった。
「昨日の件で追加の連絡があって……もしかして、体調不良ですか?」
様子を伺うような声色だ。プレトは事情を話すことにした。
「昨日……ドクププっていう毛虫に……首を刺されたんです……」
「ドクププですか、派手な毛虫ですよね。田舎出身なので知っていますよ……え、刺されたって言いました?」
「刺されました……症状がひどくなってきて……病院も行ったんですけど」
「たしかタンザロアニシンっていう遅効性の毒で、ジワジワ効いて……助かったって、聞いたことないな……」
え? 助かったと聞いたことがない?
「病院ではそんなこと……」
「あまりいない虫ですから。地元の人間しか、本当の危険性を知らないんです」
「何か、方法はありませんか、解毒とか……」
「僕は毒の種類しか知らなくて……すみません、頑張ってくださいとしか……」
そこで突然、通話が切れた。慌ててかけ直してみたが、「電波が繋がりません」と自動音声に告げられた。プレトは手の中の携帯電話をぼんやりと見詰めつづけた。ムイムイがなくなったのだろうか? このタイミングで? 
携帯電話を枕元に置くと、プレトの視界がぐるんと回る。激しいめまいに頭を起こしていられなくなり、顔の左側を寝袋にペッタリとつけた。
タンザロアニシン……聞いたことがあるような……
頑張ってくださいなんて、冷たすぎるんじゃないの……
せめて『調べてみる』くらい言ってほしかった……
まさか、見捨てられた……?
正面に開けたままのテントの入り口があり、そこから空が見えた。余りに眩しいので、患部の痛みが強くなった。一体、自分はどうなるのだろう。どうしたらいいのだろう。何も分からない。
動悸が激しくなってきた。恐怖からだろうか。それすらも分からない。ルリスがこちらに向かって歩いてきている。
親友に、なんと伝えようか。

(第28話につづく)

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