ルリスはリビングに置かれた虹とハロを見て、ぼそっと言った。
「あんなに頑張って採取したのに、使い道がなくなっちゃったね」
「きれいだけど、こうして見るとめちゃくちゃ場所をとってるよね」
「庭に出すと悪目立ちしちゃうし……どこかに埋める?」
「虹を埋めるって発言したの、ルリスが人類史上初めてだと思うよ。思い切って、使っちゃおうか」
「ムーン液以外に使い道があるかな」
「普通にパラライトアルミニウムとして使えばいいよ。私、ラピス溶液を量産できるから、いくらでも抽出できるし。一生かかっても使い切れない燃料が手に入ったね」
ルリスは、虹とハロの周りをぐるりと回りながら話した。
「この虹たちから、どのくらいのパラライトアルミニウムが抽出できるかな」
「専用の容器に詰めたとして考えると……虹だけでも、国民全員に配れるくらいは抽出できるだろうね。ハロからは、虹よりもたくさん抽出できるだろうから……んーと……ちょっと想像できないな。全員に複数個を配っても余るかもしれない」
「すっごいね! 売ればいいじゃん」
ルリスが明るく言った。
「パラライトアルミニウムを?」
「うん。売ったら問題になるかな」
「いや、それは大丈夫。パラライトアルミニウムって、民間企業が販売しているケースが意外と多いんだよ。個人で売っても問題ない。フリマアプリで転売されたりしているくらいだしね」
「そうなんだね。パラライトアルミニウムさ、倍の値段になっちゃったじゃん? わたしたちが元の値段で売れば、大勢の人が喜んでくれると思うけど」
「確かに……経済的に困っている人たちにとっては救いになるかもしれないね。レグルスに乗れないとなると、日常生活に困っちゃうし」
「私たちは余り意識していなかったけど、パラライトアルミニウムの枯渇問題を未だに信じている人もいるみたいなの。たまにクライノートでそういう投稿を見かけるよ」
「え、そうなの?」
「あまりSNSを利用していなかったり、世の中のニュースから情報収集している人たちだと思う」
「そうだったのか。枯渇問題に怯えているときにパンデミック宣言までされて、きっと怖い思いをしているだろうね……よし、今度はパラライトアルミニウムで人助けをしよう!」
プレトは早速、パラライトアルミニウムの容器を業者向けのサイトで大量に注文した。さらに、思いついたことを言った。
「ラピス溶液も売っちゃおうかな」
「ラピス溶液も?」
「製薬会社がラピス溶液の成分を偽ってボロ儲けしてるじゃん。その辺で手に入る材料で作れるのに、宝石が原料とか言っちゃってさ。さんざん私たちを苦しめている上に、ウソをついて荒稼ぎするなんて間違ってるよ」
「私もそう思う。製薬会社はワクチンを流通させているし、ラピス溶液でぼったくっているし、とにかく頭おかしいよ」
「私たちがラピス溶液を企業向けに安く売って、製薬会社の利益が一気に減れば、一泡吹かせてやれるんじゃない? このまま黙って引き下がるなんてイヤだよ」
「よし、所長も逮捕されたことだし、製薬会社もぶっ壊そう!」
ラピス溶液を入れるために、ポリタンクも大量に注文した。
「家の中に物がどんどん溢れていくなあ」
「売れたらなくなるから大丈夫だよ。いつ届くかな」
「明日には届くと思う。今のうちにネットショップを作っておこうか」
「またネットショップも使えなくされるかな?」
ルリスは携帯電話を操作しながら言った。
「今度売るのはパラライトアルミニウムだから、ムーンマシュマロほどは妨害されないと思うな。でも、もし営業妨害されて売れなかったら、私たちでパラライトアルミニウムを使えばいいよ。いっぱいドライブしよう」
「それはそれで楽しそう」
ルリスがネットショップを新たに作成している間、プレトはラピス溶液を作ることにした。近所のスーパーや自宅の庭で材料を集め、大鍋でグツグツと煮込む。できあがった液体は洗った浴槽に流しこんだ。キッチンと浴槽を何往復かすると、ルリスから「ショップページの編集が終わったよ」と声をかけられた。画面を覗くと、見やすく編集されたページが目に入った。
「すごくいいじゃん。これでいこうよ」
「かわいいテンプレートがたくさんあって助かったよ。プレトのラピス溶液作りを手伝うね」
交代で休憩を取りながら、ラピス溶液を作っていった。浴槽がいっぱいになる頃には外が暗くなっていたので、明日に備えて休むことにした。
翌日、注文していた容器たちが自宅に届くと、二人でポリタンクにラピス溶液を移し替えた。額に汗を浮かべたルリスが息を切らしている。
「これってすごく重労働かも。製薬会社はきっと、機械でやっているんだよね」
「そうだろうね。でっかい鍋とかで一気に煮込んだものを、機械が小分けにしていくんだと思う」
浴槽のラピス溶液を全てポリタンクに移し、販売用とパラライトアルミニウムの抽出用とに分けた。プレトは空になった浴槽に切り取った虹を入れ、そこにラピス溶液を注いだ。まるで、虹が入浴しているような光景だった。抽出できたパラライトアルミニウムを一旦、ポリタンクに移しておく。筋肉痛になりそうだ。
「家の中がポリタンクだらけになっちゃった。ただでさえボロ家なのに、こんなに重いものを置いて平気なのかな。床が砕けるんじゃないかと心配だよ」
プレトは家の中を見渡した。
「砕けたらレグルスで車中泊だね。パラライトアルミニウムは専用の容器に入れるんでしょ? どうやるの?」
「スポイトで地道に……」
「ウソでしょ。専用の道具はないの」
「ない。工場だと機械でやるんだろうけど、ここは民家だから」
「しょうがない、やりますかあ」
二人で協力し、パラライトアルミニウムを地道に詰め替えていった。容器のボーダー柄に目を刺激される。派手な赤と黄色のせいで視界がチカチカした。容器のイボイボも、持ちつづけていると指先が痛くなった。
「これまでで一番大変な作業かもしれない。ヘイルリッパーをレグルスで撒くほうが楽だよ」とルリス。
「一緒に頑張ろう。製薬会社を倒すために」
「打倒! 製薬会社!」
一日中、パラライトアルミニウムを専用の容器に詰め替えつづけた。顔を上げると、ポリタンクとパラライトアルミニウム容器の海ができあがっていた。
「この家は倉庫になってしまったのか? とても人間の住む場所じゃない」
「とんでもない光景だね。これ以上増やすと足の踏み場がなくなるし、ある程度売れたら、また詰め替え作業をすればいいかな。クライノートでショップを宣伝してみるね」
ルリスが携帯電話を触りながら話しつづける。
「やっぱり、シャドウバンは解除されていないね」
「あいつらほんと腹立つ。靴底についたガムみたいにウザい……」
「これから反撃しよう。拡散してもらえるように、フォロワーにお願いしてみるね」
ルリスがクライノートに投稿した。ラピス溶液がどのくらい売れるのかは不明だが、パラライトアルミニウムはある程度の利益が見込めるのではないかと予想した。少し時間が経つと、パラライトアルミニウムの注文がいくつか入った。値段が安いので、フォロワーが注文してくれたらしい。
二人で梱包作業をした。ムーンマシュマロと違って食品ではないので、衛生管理にそれほど緊張する必要がなく、気が楽だった。リビングの隅に梱包済みの小箱を積んでいく。クライノートをチェックすると、『パラライトアルミニウムの叩き売り』として話題になっているらしかった。フォロワーが頑張って拡散してくれたようだ。その後も続けて注文が入った。
「叩き売りじゃなくて、本来の値段なんだけどね。それにしても、こんなに早く売れるとは。高騰していたせいで、みんな困っていたんだね」
ルリスが丁寧に梱包しながら話した。
「正当な理由もないのに、生活必需品を急に値上げするなんて酷すぎるよ。私たちがみんなを助けよう」
梱包作業が一段落すると、ルリスの携帯電話に知らない番号から電話がかかってきた。ルリスが応答すると、パラライトアルミニウムの抽出を行っている民間企業のようだった。ラピス溶液を格安で販売していることに驚いているようだ。プレトが耳打ちした内容をルリスが話し、あくまでも正規の値段で販売しているだけで、詐欺商品ではないと説明した。スピーカーモードの携帯電話から相手の声が聞こえる。
「安すぎて、まだ半信半疑ですけど、ラピス溶液をポリタンク一つ分注文させてください。もしこれが本当にラピス溶液なら経営が助かります」
通話を終えると、プレトはガッツポーズをした。
「製薬会社という大船から、軋む音が聞こえるぞ」
「ずっと言論弾圧をしてくれているからね。お礼をしなくっちゃ」
安く販売していることが拡散されるよう、携帯電話に念を送った。沈みそうになった製薬会社は、いずれこちらを道連れにしようと足掻きはじめるだろう。そのときは相手の倍、こちらも足掻いてやる。
(第77話につづく)
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