前回から中村天風についての記事を書いています。
調べを進めていくと、中村天風と渋沢栄一との繋がりが見えてきました。
渋沢栄一は1840年生まれ、中村天風は1876年生まれと、親子ほど歳が離れています。
この二人の接点は意外なところにありました。
中村天風の父親と渋沢栄一は、富岡製糸場設立に関わっていたのです。
中村天風の父親は、中村祐興(すけおき)というそうです。
気になったので調べてみたところ、中村祐興は大津県権判事から中央官庁に転身し、前述の富岡製糸場設立に関わっていました。
中村祐興は、明治3年に大蔵省に転身していますが、このとき、渋沢栄一も大蔵省にいました。
渋沢栄一の役職は大丞(たいじょう。大蔵省の位階ナンバー4)。
のちに三等出仕(小輔並み。実質的なナンバー3)に出世して、明治5年から紙幣寮の頭(現在の理事長にあたる)に就任しています。
紙幣寮では、井上馨らと連携して造幣寮の事務に勤しみ、ドイツで印刷された明治通宝を取り扱いましたが、贋札事件の発生も少なくなかったそうです。
明治6年に、渋沢栄一は井上馨とともに大蔵省を退官し、第一国立銀行の総監役に就任しています。
翌明治7年、大蔵省紙幣寮に新設された抄紙部の部長に任命されたのが、中村祐興でした。
渋沢栄一が大蔵省在任時に頭を悩ませていた贋札問題を、中村祐興は紙幣に透かしを入れることにより、解決に至る道筋をつくりました。
明治8年、太政官正院印書局が大蔵省紙幣寮に合併されました。
当時は、政府の印刷工場が紙幣を印刷して、国立銀行に発行機能を持たせるとする構想がありました。
このとき、渋沢栄一は第一国立銀行の頭取でした。
中村祐興が大蔵省紙幣寮で製造した紙幣を、渋沢栄一が頭取を務める第一国立銀行が発行するという仕組みです。
こういった人事が偶然に成されたとは考えにくいので、何らかの働きかけがあったと見るべきでしょう。
中村天風は、父親と渋沢栄一の繋がりを重視したのでしょうか。
前回のコラム記事に書いたように、自分の後援者たちと渋沢栄一を繋げていったのかもしれません。
ここまで中村天風について書いてきましたが、実は当初から感じていた疑問点があります。
中村天風の交友関係を見ると、彼は明らかに『出雲族』の人間です。
前述の渋沢栄一ですが、彼が設立した第一国立銀行は小野組と三井組(現在の三井財閥)の共同出資で作られました。
しかし、明治新政府による官金預り金の担保に関する急激な規制強化に対応できず、小野組は明治7年に破綻しています。
結果、第一国立銀行は経営危機に陥り、三井組は第一国立銀行の単独経営を画策しますが、渋沢栄一は頭取に就任し、小野組の破綻に伴う資金の回収などに尽力し、三井組による単独経営を防ぎました。
三井はロスチャイルド系の財閥であることが、RAPT理論で明らかになっています。
○RAPT×読者対談〈第95弾〉出雲族が秦氏を破り、ジョン・タイターの地図を実現しつつある現状。
三井による第一国立銀行の単独経営を防いだ渋沢栄一は、まぎれもなく『出雲族』です。
また、前回の記事で紹介した北村西望は、出雲族の国・アメリカが秦氏の活動拠点だった長崎市に原爆を投下し、破壊したことを祝うために平和祈念像を制作しています。
その証拠に、平和祈念像は出雲族が崇拝する悪魔、バフォメットと同じポーズをしています。
○悪魔のバフォメットと長崎の平和祈念像とアメリカ初代大統領のジョージ・ワシントン像とが同じポーズをしている理由。
そして、同じく前回の記事で紹介したロックフェラーは、出雲族の中心となる一族です。
このように、中村天風はどこから見ても出雲族の人間ですが、中村天風とほぼ同じ時期に活動していた出雲族の人間がもう一人います。
そうです、『出口王仁三郎』です。
出口王仁三郎は1871年生まれですので、中村天風より5才年上です。
同年代と言ってもいいでしょう。
しかし、いくら調べても二人の接点は見出せませんでした。
あえて共通する人物をあげるとしたら頭山満ですが、頭山満を介して出口王仁三郎と中村天風が繋がっていた様子もないようです。
まだまだ調べ方が足りないのかもしれませんが、もしかすると中村天風と出口王仁三郎は、同じ出雲族ながら反目していたのかもしれません。
あるいは、(私見ですが)二人の反目の原因として、生長の家の『谷口雅春』の存在があったのかもしれません。
谷口雅春の若い頃の逸話を見ると、どうしようもない人物だったようです。
谷口雅春はその後、大本教に入信し、熱心に活動していました。
しかし、大本教が最後の審判の日と予言していた1922年5月5日に何も起きなかったのを契機として、その半年後に妻とともに大本教を脱退しました。
そして1930年、『生長の家』誌を創刊し、ついで1936年に教化団体『生長の家』を創立し、布教活動に入っています。
この『生長の家』の思想というのが『ニューソート』の系譜にあるのです。
また、中村天風の思想もニューソートそのものです。
さらに、中村天風も谷口雅春も、RAPTブログで取り上げられていました。
○RAPT×読者対談〈第118弾〉この世はどこもかしこもフリーメーソンだらけ。または盛和塾と自己啓発と神智学協会。
谷口雅春が大本教を脱退したのは以前から知っていましたが、その理由については今ひとつ釈然としないものがありました。
しかし、それが出口王仁三郎派から中村天風派への乗り換えだったとしたら納得できます。
彼ら悪魔崇拝者たちは、お互いがお互いのことを全く信用していません。
そのため、彼らにとって寝返りや裏切りは日常茶飯事だからです。
○第二次大戦で日本が負けたのは、やはり天皇 (大和族) に対する出雲族の裏切りが原因でした。
さらに、少々弱いですが、中村天風と谷口雅春の繋がりを示す証拠があります。
谷口雅春は大本教を脱退した後、1925年に外資系の企業に就職しています。
企業名はヴァキューム・オイル・カンパニー。
現在のエクソンモービルです。
ヴァキューム・オイル・カンパニーはロックフェラー系列の企業です。
ロックフェラーは渋沢栄一や中村天風とも密接に繋がっていました。
これも私見ですが、谷口雅春の脱退は、出口王仁三郎とロックフェラーの確執に関する出来事だったのかもしれません。
第二次大本事件に対して、同じ出雲族の有力者である中村天風も谷口雅春も何の対応もしていないのです。
このあたりも、さらに詳しく調べる必要があると思います。
さて、こうして100年以上前の出来事を調べていますが、それらが現代の私たちの生活に深く繋がっていることに、改めて気づかされました。
現代でも『病は気から』と言ったりしますが、これは明らかにニューソートの思想です。
また、第一国立銀行の設立に際し、渋沢栄一に助力したのがアレクサンダー・フォン・シーボルトです。
その父親、フィリップ・フランツ・フォン・シーボルトは、私の地元、長崎でオランダ商館の医者でした。
そして、第一国立銀行は、現在のみずほ銀行です。
みずほ銀行については、RAPT理論+αでもとり上げられていました。
○【裁かれるみずほ銀行】金融庁が行政処分 会長・社長・頭取も辞任へ
また、あの悪名高い竹中平蔵は、渋沢栄一の子孫だと言われています。
○【中共のスパイ・竹中平蔵の終焉】パソナ会長退任前に、オリックスの社外取締役も退任していたことが判明 竹中が特別顧問を務める「新生ホームサービス」も9ヶ月の業務停止命令
現在、リンク先の記事にもあるように、みずほ銀行も竹中平蔵も裁かれています。
これまでは悪魔がこの世を支配していましたので、悪魔に魂を売った悪人どもは、悪事を重ねれば重ねるだけ栄え、逆に善を行う人々が虐げられ、馬鹿にされるという、とても不条理な世の中が続いてきました。
しかし現在、ハルマゲドンにより神様が悪魔に勝利しましたので、悪魔の支配は終わり、神様がこの世を統治なさっています。
結果、悪人はこれまで犯してきた罪の代価を支払わなければならず、重い裁きを受けているのです。
○RAPT有料記事577(2021年7月26日)ハルマゲドンはそれまでサタンに邪魔されてできなかった主の裁きの始まりだから、悪人にとっては暗黒であり、義人にとっては希望の光だ。
悪人は裁かれ、義人は祝福を受けるという、当たり前のことが当たり前に起こる世の中になってきているのです。
私たちは今こそ自分の罪を悔い改め、神様のために全人生を捧げる生き方をしなければなりません。
○RAPT朝の祈り会2023年3月
2023年3月31日(金)神様が清い人と認める人はどのような人か。それは自分の全人生を神様に捧げて生きる人だ。神様はそのような人を清いと認めて義とされる。しかも、その人が自分の全人生を捧げたから、神様もその人に神様の持っている全てのものを与えて祝福される。
どうか、一人でも多くの人が神様の御言葉を深く悟り、神様に立ち返り、縋りつく人生を送ることを祈っています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
皆様に神様の祝福がございますように。
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