【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第75話・パクられたムーンマシュマロ」by RAPT×TOPAZ

【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第75話・パクられたムーンマシュマロ」by RAPT×TOPAZ

クライノートを二人でチェックすると、プレトがパラライトアルミニウムに沈められている動画について、様々な憶測が飛び交っていた。主に「悪い陰謀論者だから罰を与えられている」「所長側の人間だったが、裏切ったために報いを受けている」「正しいことをしていたから、悪人である所長に殺されかけている」といったものだった。
〈ゴライアス〉たちはプレトが悪であると主張し、所長を庇うような投稿をしているが、あまり相手にされていないようだった。取り巻きとプレトの会話が丸々公開されているのだから当然だ。プレトの味方をしたり、安否を気にかけるような投稿の方がはるかに多い。映像自体がフェイクであるという投稿をするユーザーもいたが、これが作り物の映像なら、全員いますぐ役者になれるレベルだろう。本物であることは誰の目にも明らかだ。
「プレトの死亡説も浮上してるね」と、ルリス。
映像はタンクの蓋が閉められるところで終了しているので、プレトがその後どうなったかは世の人には分からないようになっている。
「心配してくれている人には申し訳ないけど、このまましばらくは死んだふりをさせてもらおう。その方が所長たちにとって都合が悪いだろうから」
プレトと取り巻きの会話をピックアップし、「スパイク肺炎ワクチンが危険だという真実を広めたから、こんな目に遭っているのでは?」とコメントするユーザーも多い。必要な情報をきちんと受け取ってくれる人がいると分かって安心した。
「ワクチンが危険だということが、一般常識になるといいね」
ルリスは組んだ両手を額に当て、ギュッと目を瞑った。

翌日、朝のニュースで所長が逮捕されたというニュースが報道された。映像の中で、所長は自宅らしき建物から出てくると、警官に促されるまま大人しくパトカーに乗り込んでいた。勝つ算段があるから落ち着いているのか、諦めて静かにしているのか、その表情からは読み取れない。逮捕されたのは昨日の夜だったらしいので、今頃は取り調べを受けているに違いない。所長がうっかり釈放されたりしないよう、部長補佐にはもっと頑張ってもらわなければ……
所長が逮捕されたことで、プレトたちの発信していた情報が正しいという見方が強まったらしく、スパイク肺炎ワクチンが危険だという方向に、世論が一気に傾きはじめた。これまで発言を控えていた人たちも、プレトの映像をきっかけに声を上げはじめたようだ。
「この様子なら、今後、ワクチンを接種する人は激減しそうだね」
「うん。被害者が右肩上がりに増えるってことはなさそう。ひとまずよかった」
「ムーンマシュマロの人気は右肩上がりになるかも! フォロワーが拡散してくれるかも知れないし、ショップのリンクを投稿しちゃおう!」
そのとたん、携帯電話を操作していたルリスの手が止まった。じっと凍りついたように画面を見詰めている。
「どうしたの?」
「ネットショップの業者から連絡が来てるんだけど、利用規約に違反しているから停止するって……」
画面を見せてもらうと、商品内容を偽証しているといった理由から、ショップが稼働しないよう措置をとられたことが分かった。
「マシュマロをマシュマロとして売ろうとしているだけですけど? 商品を登録しただけなのに、それだけで使えなくされるとかあり得るの?」
プレトは疑問を口にした。
「なんの警告もなしに突然っていうのもおかしいよね」
ルリスは調べ物を始めたが、やがて大きな溜息をつき、分かったことを教えてくれた。
「ショップを使えなくなった理由が分かったよ。このネットショップ作成サービスのスポンサーに、製薬会社がある」
「ここにも資金協力しているのか! 手広すぎるでしょ! 所長が逮捕されて、スパイク肺炎ワクチンの危険性が知られたから、なりふり構わず私たちを妨害しているってことか」
「向こうは大きな痛手を負っているようだけど、ネットショップを作れないっていうのは、こっちにとってもダメージが大きいかな」
さらに調べると、他のネットショップ作成サービスも、スポンサーに製薬会社がついていることが分かった。都合の悪いショップを効率よく弾圧するためだろうか。
「一からホームページを作るしかないかな」とルリス。
「試してみてもいいけど、なんだかんだで妨害されるような気がするなあ」
手売りもオンライン販売もできず、警察にも相手にされない。所長と相打ちになったのか?
「せっかく所長が逮捕されたのに、どうしてこうなるの」
プレトはソファにもたれかかり、独り言を呟いた。ワクチン被害者にムーンマシュマロを食べてもらえればそれでいいのだ。それだけでいいのに、こんなにも上手くいかないなんて。新しい解決策を見付け出さなければならないが、自分の頭では逆立ちしても思いつく気がしなかった。解毒剤となるムーン液を手元に置いたまま、ワクチン被害者の苦しむ姿を指をくわえて見ていなければならないのだろうか。ルリスが不意に話しかけてきた。
「プレトさ、わたしの知らないところで、ムーンマシュマロ以外の商品も売ってる?」
「え? どういうこと? 私が?」
何を言っているのか、さっぱり分からなかった。
「そうだよね。訊いてみただけだよ。クライノートを見てたらね、チョコレートを食べてワクチンの副反応が治ったっていう投稿をいくつか見付けたの」
「チョコレート?」
「これだよ」
ルリスが見せてくれた画面には、知らない商品が表示されていた。新発売されたものらしい。ムーンマシュマロより新しいようだ。
「ワクチン被害者がこれを食べたら、元気になったって?」
「そうらしいよ。このチョコレートね、ムーンマシュマロみたいに、中にジュレが入っているんだってさ」
プレトは眉根を寄せた。
「わたしたち、きっと同じことを考えているから言ってもいい?」
「どうぞ」
「誰かがムーンマシュマロを真似した可能性があるよね」
「そう思うよね」
「誰だと思う?」
「真似できるということは、ムーンマシュマロを手に入れているということだよね。この短期間で、手に入れた上に再現して販売できるとなると……」
プレトは、そのチョコレートの製造元や販売会社についてざっと簡単に調べてみた。いずれも大手の企業で、テレビのコマーシャルでもよく見かける名前だ。ふと部長補佐が、ニュース番組で所長の密売について報道させていたことを思い出した。彼らなら、関連企業のコネを使って食品を販売することも可能だろう。しかも彼は、同じ研究所で働いていたわけだから、ムーンマシュマロの成分を分析するのもお手のものだ。やはり犯人は彼しか考えられない。プレトは部長補佐に電話をかけた。
「私たちのムーンマシュマロ、パクりました?」
「え、部長補佐だったの?」
ルリスが隣で驚きの声を上げた。
「どうやったんですか」
プレトが質問した。部長補佐はしらばっくれていたが、プレトが強く確信しているのを察して、観念したような口調になった。
「あなたにはいずれ気付かれるとは思っていましたが、まさかこんなに早くとはね……そうです、その通りです。あなたたち、ムーンマシュマロの試食を配っていましたよね。僕の仲間が受け取ったので、成分を解析したんです。ご丁寧に成分表示のステッカーを貼ってくれていたので、すぐに終わりましたよ」
「中のジュレはどうしたんですか」
「ムーンマシュマロの中身を再現しました」
「虹はどうやって手に入れたんですか? カスタードルフィンの真珠なら簡単に手に入るけど、虹は難しくないですか?」
「実はいくらでも在庫があるのです。詳細は秘密ですけどね」
部長補佐たちは、デザート号のような飛行物体を持っているのだろうか。もしそうなら、短時間で虹を採取することも可能だろう。プレトの携帯電話に向かって、ルリスが話しかけた。
「部長補佐は確か、スパイク肺炎ワクチンが危険だっていう話を信じていませんでしたよね?」
「信じるも信じないも、実際にワクチンを打った人たちが次々と体を壊しています。マスコミはその事実を隠蔽しようとしていますけど、私はひたすらその現実を冷静に見ています。そして、これは金儲けになると踏んだわけです」
プレトは一瞬、わが耳を疑った。
「え……? お金儲けのためにパクったんですか」
「お金儲けは大事ですよ。お金がなければ、プレトさんをタンクから助け出した女性だって雇えなかったわけですし」
「ぐぬ……」
そう言われると、うまく言い返せない。
「ってことは、私を助けてくれたのも、ワクチンの解毒剤でお金儲けするためだったと……?」
「まあ……率直に言うと、そういうことになります。あなたを生かしておいた方がメリットになると判断しました。実際、レシピを手に入れることができましたし、助けておいてよかったです」
「なんだと!」
「もういいですか? いま立て込んでいるんですよ」
「……所長はちゃんと罰してもらえるんでしょうか」
「そちらは任せてください」
通話を終えると、プレトは頭を掻きむしった。
「ルリスが頑張って作ったのにー! パクリやがってもう!」
ルリスも悔しそうにしていたが、プレトよりは冷静だった。
「でも、これでよかったのかもしれないよ」
「どうして? 悔しくないの?」
「悔しいけど、わたしたちがムーンマシュマロを売るのは無理そうじゃん? だから、部長補佐たちが代わりに解毒剤を普及させてくれたら、ワクチン被害者が救われるよね。それに、プレトの命が助かったのは事実だし」
「うーん」
「そもそも、わたしたちはお金じゃなくて人助けのためにムーンマシュマロを作ったわけだし。部長補佐たちのチョコレートでワクチン被害者が助かるなら、私たちの目的も自ずと達成されるよ。部長補佐たちがちゃんと安全なものを作ってくれていればの話だけどね」
「まあ……そうかも」
黙って真似されたことは気に入らなかったが、レインキャニオンよりも広大なルリスの心に触れ、胸の内が癒やされるようだった。
「それじゃあ、ムーンマシュマロは置いておくとして、大量に余っている虹はどうしようかな」
プレトは、リビングに置かれた虹の塊に目をやった。

(第76話につづく)

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