【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第20話・新たな同行人」by RAPT×TOPAZ

【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第20話・新たな同行人」by RAPT×TOPAZ

通信機から男の声が聞こえる。
「このまま進んで問題ないよな? なんかあったら言えよ」
「はーい」ルリスが返事をし、続けて尋ねる。
「街の中のルートとは言っても、街も途切れたりするよね?」
「そりゃあな」
「じゃあ、今まで通ってきた道と、そんなに変わらない感じかな」
プレトも通信機に向かって話しかける。
「私たちを案内するように依頼されたみたいだけどさ、ちゃんと報酬は出るの?」
「出るぞ。出なくてもこっちから回収に行ってやる」
「だよね」
タダ働きではないことを知って安心した。ストーカーに追われている最中に、適当なことをされては困るからだ。
「私たちのこと、どれくらい知ってるの?」
「ほとんど知らねえよ。黒髪がプレトだろ? あとは、レインキャニオンに行きたいってことくらいか」
「正確には、黒じゃなくて墨色だよ」ルリスが口を挟んだ。プレトとしては自分の髪の毛を何色と言われても構わなかったが、ルリスは出会った頃から墨色だと言い張ってきた。
「あ? ああ、まあどっちでもいいけどよ。でも、なんでレインキャニオンなんか行きたいんだよ」
「それ、言わないといけないの?」プレトは淡々と言い返した。
「は?」
「キリンパンは仕事のこととか答えないじゃん。それなら、こっちも言いたくないんだけど」
「……そうか」
「そっちのこと教えてくれるなら、こっちも答えるよ」
「努力する」
ここで会話は途切れた。とりあえず今は、彼自身について何も教えるつもりはないらしい。 不満もあったが、お互いに初対面なのだから仕方がないのかもしれない。
プレトはルリスに歌をリクエストしたかったが、赤の他人と一緒だから憚られた。しかし、しばらく頭を窓につけて外を眺めていると、ルリスが通信機に向かってこう話しかけた。
「キリンパン、歌ってもいい? ドライブ中はよく歌ってるんだけど」
「ご自由に」
「やった! プレト、リクエストある?」
プレトはルリスを見た。思わず笑顔になる。大昔の映画の主題歌だった外国語の曲をリクエストした。 その映画は、やんちゃな子どもたちが短い旅の中で成長するというストーリーだった。内容は好きになれなかったが、曲は気に入っていた。ルリスが軽やかに歌いだす。
「その曲、おれも知ってる。うまいな。よく眠れそうだ」通信機から声が聞こえてきた。
「居眠り運転しないでよ」
プレトは男に注意をすると、改めて窓の外に目を向けた。多くの木々が前から後ろに流れ去っていく。

2台のレグルスは、やがて鬱蒼とした森のすぐ近くにある街に入った。 商店街があり、飲食店が軒を連ねている。人々も楽しげに歩いていて、なんとなく明るい雰囲気の漂う街だった。 街の入り口付近にある駐車場に、レグルスを並べて停めた。
3人とも降車し、適当に飲食店に入る。すっかり空腹になっていた。 注文を済ませると、無言の時間が訪れる。正面にキリンパンが座っていて、正直気まずい。プレトは沈黙を打ち破るため、キリンパンに話を振ってみた。
「キリンパン、好きな食べ物は?」
「え? 蕎麦かな」
「ふうん……趣味は?」
「趣味?」キリンパンがきょとんとする。
「その質問、お見合いみたいだよ」ルリスに突っ込まれた。
「え、そんなつもりは!」
取り消しながらキリンパンを見ると、苦虫を噛み潰したような顔をしている。さっきまでのきょとんとした顔とは別人のようだ。
「ちゃかしてごめん! そんなにイヤだった?」その顔に驚いたルリスが、慌てて謝っている。
「あ、いや、怒ってねえよ」
キリンパンは元の顔に戻ると、伏し目がちになった。 お見合いにトラウマでもあるのだろうか。 キリンパンが、相変わらず伏し目がちに口を開いた。
「趣味だけど、脳内散歩かな」
「脳内……散歩……?」プレトはオウム返しに尋ねた。
「そのままの意味だ。脳内で散歩するんだよ」
「へえ?」ルリスが続きを促す。
「脳内なら、どこでも好きなところを散歩できるだろ。足の裏の感触まで精密に想像するんだ。砂浜の設定が好きだな」
「そっか、いい趣味だね」ルリスは水を飲みながら相づちを打った。本当にいい趣味だと思っている顔だ。 プレトは黙ってキリンパンの顔を見ていた。彼は、相変わらずテーブルを見ている。プレトはゆっくりと口を開く。
「他に趣味はあるの?」
「……ねえな」キリンパンは微笑んでいたが、どこか悲しげに見えた。 プレトは目の前の人物について、まだ何も分からない。その分、やはり安心できなかった。
やがて料理が運ばれてきた。

食後に、キリンパンが店員を呼び止めた。何かを追加注文している。定食だけでは足りなかったのだろうか。
先ほど呼び止めた店員がすぐに戻ってきて、キリンパンの前にジョッキを置いた。入っているのは、明らかにビールだった。
「え! いまお酒飲むの?!」プレトは思わず大きな声を出した。 まだ外は明るい。それに、飲んでしまったら、レグルスは運転できない。
「こんなの、ただの水分だ。オレはもともと車中泊のつもりだしよ。おまえらはここで宿まればいいだろ」
「勝手な……まあ、いいか」プレトはしぶしぶ了承した。 キリンパンは一気にビールを飲み干すと、ルリスに質問をした。
「ソバカスはプレトの同僚か?」
「内緒だよ」
「仲良さそうだから、友達か?」
「それも内緒」
プレトは水を飲みながら、2人の会話を黙って聞いていた。
「なんで何も言わないんだよ、口が石でできてんのか」
「あなただって自分のこと、あまり話さないじゃん」
「高貴な趣味を教えただろ」
「そうだね。わたしの趣味は、料理とドライブかな」
「ふうん、分かりやすくていいな……ちょっとトイレ」
プレトは、キリンパンがトイレに行ったすきに、ルリスに耳打ちをする。
「あいつ、ルリスに気があるんじゃないの? あんなに質問攻めにしてさ」
「え、あれは違うよ。そういうのじゃないから」
「そういうのじゃないとは?」
「あれはただの情報収集だよ。気がある相手には、あんな訊き方しないよ」
「ふ、ふうん?」まだよくわからないが、ルリスがそう言うのなら、そうなのだろう。
だが、友人が心配だった。プレトは釘を刺す。
「変な虫がつきそうなら、ちゃんと私に言ってね。追い払うから」
「……まさか、またあれやるつもりじゃないよね?! やめてよ! あんなこと!」
「どうしたんだよ」ちょうどキリンパンがトイレから戻ってきて、話に割り込んできた。
「プレトが……またあれを……!」
「あれってなんだよ」
プレトは、ルリスが何のことを言っているのか分かったので、説明をした。
「中学の頃、ソバカスが男子に呼び出されたんだ。助けを求められたから、私がそいつらを追い払った」
「へえ、どうやって?」
「花火みたいなものを、ペットボトルで作った」
「花火?」
「うーん……」
ルリスが頭を抱えて唸りだす。 このままでは明らかに情報不足だと思い、プレトは説明を付け加える。
「湯船を消毒液と酢で一杯にして、そこにドクチワワを一晩浸したんだ。それを導火線にした」
「チワワを導火線に?! 動物愛護の精神がないのか?」
「チワワじゃなくて、ドクチワワだよ。チワワは小型犬だけど、ドクチワワは雑草ね」
「あ、ああ……へえ……」理解してなさそうな顔だ。
「そうすると迫力のある火花と音だけ出るから、それを投げつけて脅かしてやったんだ」
「……」
キリンパンは黙っていたが、やがてルリスに話しかけた。
「おまえらの関係は、同級生なのか? よく分かんねえけどよ、ソバカスはこいつといて大丈夫なのか? そのうち、おまえの髪の毛を導火線にするかも知れないぞ」
「そんなことするわけないじゃん」プレトが突っ込んだ。
「いつも助けてもらってるよ。手法はトリッキーだけどね」ルリスが含み笑いをしながら答える。
「そうか……まあいいや。食い終わったし、そろそろ出るか」
「普通の花火でもよかったんだけど、冬だったから売ってなかったんだ」プレトは情報を追加した。
「だからって作るかよ……ほら、出るぞ」

3人は店の外に出た。周りがなんだか騒がしい。
「きたぞ!」
遠くにいる人々が走り回っているようだ。火事でもあったのだろうか。だが、煙のようなものは確認できない。3人は歩道に立ち、様子をうかがう。
「リバースパンダが来た! 家に入れ!」
どこからともなくそう聞こえた。とたんに、あらゆる店がシャッターを下ろしはじめた。たった今出てきた飲食店もそうだ。あんなに賑わっていたのに、辺りが一気にシャッター街になってしまった。 プレトは思わず唾を飲み込んだ。リバースパンダと聞こえたが、気のせいだろうか。
やがて曲がり角から、生き物が姿を現した。やはりリバースパンダだ。 パンダとは配色が真逆だから、この名前がつけられた。近くの鬱蒼とした森からやってきたのだろうか。ゆっくりとした足取りで、こちらへ向かってくる。
「大きい」ルリスの声がうわずっていた。
「こんなの……聞いてない……」キリンパンが顔を引きつらせて呟いた。
「……聞いてないって?」キリンパンの発言が引っかかり、プレトは思わず質問をした。なんのことを言っているのだろう。
「走るよ!」ルリスに手を引っ張られた。
確かに、質問をしている場合ではない。レグルスに向かって走らなければ。 リバースパンダはふざけた見た目をしているが、ヒグマ並みに凶暴なのだ。

(第21話につづく)

コメントを書く

*
*
* (公開されません)

Comment