【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第18話・雲を食べる」by RAPT×TOPAZ

【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第18話・雲を食べる」by RAPT×TOPAZ

「オルタニング現象……が、どうしたの? 週一くらいで見かけるけど」
ルリスが問いかけてきた。
オルタニング現象とは、氷を多く含んだ雲が自重に負け、そのままの形で地上に落ちてくる自然現象のことだ。外国ではデマ扱いをされているようだが、この国では日常的に起きている。
「あれが起これば、ルリスにエンタメを提供できるんだ」
「エンタメ?」ルリスが不思議そうに聞き返してくる。
「うん。明日起こる保証はないけど、もし起きたら試してみるよ。今日はもう寝ようか」
「えー、気になるよ」
「まあまあ」
今もシリシリシリシリと、虫の声が聞こえる。虫にまで知りたいと催促されているようだった。

旅に出て6日目の午前中、2人は廃墟となった遊園地に別れを告げ、レインキャニオンへ向かって出発した。
すると、プレトの携帯電話に着信が入る。操縦席のルリスに声をかけた。
「職場から電話きた。出るね」
「はーい」
プレトが応答ボタンを押すと、電話の向こうから部長補佐の声が聞こえてきた。
部長補佐が正式にプレトからの連絡を受ける担当になったとのことだった。プレトは一抹の不安を感じたが、「かしこまりました」と答え、そのまま現在地を伝える。すると、部長補佐がアドバイスをくれた。
「そのルートだと、砂漠を通り抜けるのが一番の近道ですが、慣れた者が同行しない場合は危険もあります。できれば、迂回しながら街の中を通過するのがいいかと。女性2人ではなおさら」
「ありがとうございます」プレトは口ごもりながら言った。「あの……出張なのに、友人と一緒で……その……申し訳ないです」
部長補佐が答えた。
「ご友人とどういった流れで合流したかは、チユリさんから聞きました。普通はあり得ないことですが、助けてくれている人を、無理に追い返すほうが不自然だと思います」
「……はい」プレトは様子を伺いながら返事をした。部長補佐が言葉を加える。
「……それに、個人的な意見ですが、大切にしてくれる人の意思を尊重するのは、いいことだと思います。僕にはそれができませんでしたから」
「え?」
「すみません、関係のないことを話してしまいました。道中お気をつけて」
そこで部長補佐との通話がプツリと切れた。ルリスが心配そうに話しかけてくる。
「わたし、一緒だとマズいかな……?」
プレトは友人の横顔を見て答えた。
「林道の事故で助けてくれたことも話してあるし、お咎めなしだよ」
「よかったー」ルリスは大きく息を吐いた。強い意志でついてきたとはいえ、自分のせいでプレトの立場に影響が出るのではないかと、どこか不安もあったのだろう。それはともかく、 プレトは先ほどの通話で気になったことを口にした。
「部長補佐って、私と同じ研究チームなんだけど、どうして砂漠のルートに詳しいんだろ」
「地図を見たからじゃなくて?」
「うーん。採取チームがレインキャニオンに行くときも、砂漠を通らないルートをいつも使うし。多分、採取のメインメンバーにも、砂漠のルートに詳しい人はいないと思う」
「そうなんだ。部長補佐はそんなに詳しそうだったの?」
プレトは通話内容を頭の中で反芻しながら答えた。
「なんというか、経験者っぽい口ぶりだった」
「そっか……砂漠って、普段は行くことないのにね。しかも、仕事ができない人って言ってなかったっけ? なんだか有能そうだけど」
プレトは、部長補佐について説明をした。
「うん。元々すごく頭が良くて、仕事もできる人だったんだ。10年くらい前に中途採用で入社してきて、トントン拍子で出世したらしい」
「え、そんなことあるの? 再就職も転職もなかなかできないご時世なのに。すごいじゃん!」
「そうなんだよ。でも、去年の秋くらいから調子を崩したみたいで、それから“部長被補佐”って呼ばれるようになっちゃったんだ」
部長補佐の要領が突然、悪くなってしまったため、当時はプレトも他の職員も戸惑ったものだった。
「急にどうしたんだろうね」
「それは、本人にしか分からない」
プレトがそう話したとき、ルリスが不意に声を上げた。
「プレト、オルタニング現象!」
前に目を向けると、進行方向の上空から、雲が落ちてくるのが見えた。プレトの声も思わず弾んでしまう。
「ラッキー! このまま進もう!」
「了解!」
ルリスは、 雲に向かってレグルスを走らせながら質問してくる。
「あれがエンタメになるの? 何をするの?」
「私が作った虫除けとして使ってた溶液あるじゃん」と、プレトは答える。「あれは元々、雲を固定させるために用意したんだ」
「え?」
「雲にあれをスプレーすると、雲に触われるようになるんだよ」
「え?」
「そうすると、食べたりもできるよ」
「え?」
「ルリス、さっきからどうしたの?」
友人はすっとんきょうな声を上げた。
「いやいやいや! さっきから何を言ってるの?! 雲を固定ってなに?! 食べるの?!」
「そうだけど」
ここまで驚かれるとは思っていなかった。プレトは意外に思いながら言った。
「ずっと試行錯誤してて、ようやくあの溶液ができたんだ。ルリスの誕生日に合わせたかったけど、過ぎてから溶液が完成したし、もう、このタイミングでいいかなって」
「ええ……そこまでして作った成果を、こんな適当なタイミングで披露しちゃっていいの……?」ルリスが呆れたように言う。
「私はいつでもいいし」
「そっかあ……そういえばプレトって、子どもの頃からいつもそんな感じだったもんね」
「そんな感じって?」
「突然、訳のわからないことをして、さも当たり前のように言うっていうか……いや、プレトにとっては当たり前のことなんだもんね」
「そんなことあったっけ?」
プレトは記憶を辿ってみたが、自分ではよく分からなかった。
「あったよ。今もそうだし。中学の頃は、湯船を消毒液と酢でいっぱいにして、そこにドクチワワを……やっぱこの話はいいや」
話しているうちに、だいぶオルタニング現象の現場に近付いてきた。プレトは落下してくる雲を見ながら言う。
「風もほとんどないし、この辺りにいれば近くに落ちてきそうだね。離れた場所に落ちてきてる雲を引き付ける方法もあるんだけど、今日は使わずに済みそうだ」
「え……うん、その引き付ける方法っていうのは……また後日……あ、雲が着地したね」
やや左前方に雲が落ちたのが見えた。レグルスで近付き、2人は降りる。
「さっそく実演するね」
「お願いします」ルリスは少し緊張しているようだ。
プレトは自分のバックパックから溶液を取り出し、雲にスプレーしていく。直径1メートルほどの雲にまんべんなくかけていった。やがてルリスの方を振り向いて言う。
「これで完了だよ。安全だから、ちょっと触ってみて」
「あ、もういいんだ。見た目は変わってないけど……じゃあ」
ルリスはゆっくりと左手を伸ばし、少しだけ雲に触れた。 雲は刺激を受け、ふるふると揺れた。
「え! なにこれ! 本当に触れる! なんか気持ちいい!」
ルリスは目を見開きながら、両手で触りはじめた。
「なんて言うんだろ……洗顔ネットでしっかり泡立てた、モッコモコで、自立する泡みたいな……でも手にはくっつかないね」
「あー、そうだね」プレトは生まれてこの方、きちんと泡洗顔をしたことがないのだが、ルリスが似ていると言う以上、そうなのだろうと思った。プレトは提案する。
「ちょっと食べてみて」
ルリスが不安そうな顔を見せたので、安心させるために自分の体験を話した。
「前に試しに食べてみたけど、身体に変化は起きなかったよ」
ルリスが信じられないという顔をした。プレトは取り繕うように言う。
「人に食べさせる前に、まず自分で食べないといけないと思って。ルリスだって、料理するとき味見するでしょ」
「それとこれとは……まあいっか。安全なのね」
ルリスは雲を指先で少しだけ千切ると、恐る恐るひとくちだけ齧った。しばらく咀嚼し、それから言う。
「なんか……ちょっと甘い?」
「あ、甘いんだ。私が前に食べたときは無味無臭だったよ。新鮮だと味がするのかな」
「何? その設定……でも確かに、甘いだけで変な感じはしないね。香りはないけど」
ルリスがもう一口食べてくれたので、プレトは安心した。少しは楽しんでもらえているようだ。
「食感もなんだか面白いね。とろけるのとはまた違ってて……『ほどける』って感じがする。うまくいえないけど」
「あ、そうそう! なんて言えばいいのか分からなかったけど、『ほどける』か!」
自分が食べたときに感じたことを、ルリスが的確に言葉にしてくれたので、思わずすっきりした。
「あー、雲が消えかけてる」
ルリスが残念そうな声を出した。ということは、エンタメは成功したということだ。
「溶液の量を増やせばもっと保つんだけど、時間が経つと霧散するんだよね」プレトが説明をした。
「そうなんだ。雲だもんね」
消えていく雲を眺めながら、ルリスが質問してくる。
「この溶液って、ラピス溶液と同じ成分って言ってたけど、それはつまり……ラピス溶液でも雲を固定できるってこと?」
「ラピス溶液は高価だし、あまり出回っていないから試したことはないけど、成分が同じだからできるだろうね」
「へー!」
その時、1台のレグルスが近付いてくるのが見えた。ブラウンの車体で、かなりのスピードを出している。現在の場所が丘のようになっているため、気付くのが少し遅れてしまった。プレトは警戒しながらルリスに声をかけた。
「レグルスが来た。ストーカーの可能性もあるから、もうレグルスに乗ろう」
「分かった!」
2人がルリスのレグルスに向かって走り出すと、そのタイミングで例のレグルスが通り過ぎていった。ということは、ストーカーではないのかもしれない。プレトは思わずホッと胸を撫で下ろす。
しかし、安堵したのも束の間、一度通りすぎたレグルスが、すぐさまUターンして戻ってきた。ドリフトするほどの勢いだ。あっという間に、5メートルほど離れたところに停車する。 プレトは当て逃げされた恐怖が蘇り、背筋が凍りそうになった。
「ルリス! 行こう!」
「うん!」
2人がそれぞれ、操縦席と助手席のドアに手をかけたとき、後ろから呼び止められた。
「待ってくれ! もしかしてプレトか? 迎えに来たんだ!」

(第19話につづく)

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