【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第13話・プーリー犬と死者の行列」by RAPT×TOPAZ

【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第13話・プーリー犬と死者の行列」by RAPT×TOPAZ

プレトは犬に近付いて撫でてみた。「合わせたほうがいいよ」という少女の言葉に従うことにしたのだ。
「ドラッグストアにいきたいんでショ。こっちだヨ」
犬はそう言って、トコトコと歩きだす。プレトはやむなく犬についていった。
まっすぐにのびた路地には、空き缶やたばこの吸殻が散乱していた。その路地を抜けると、今度は大きな通りにぶつかる。人影はちらほら確認できたが、動きや姿がどこかおかしかった。
「こっチ」
犬はそう言って、左に曲がる。その後をついていくと、ドラッグストアはすぐに見付かった。一緒に店内に入ると、そこに人はいなかった。店員すらいない。セルフレジが備えつけられていた。
「なにがほしいノ?」犬が問いかけてきた。
「解熱剤とスポーツドリンク」
プレトが答えると、犬は店内を歩きまわりはじめた。 プレトは買い物かごを手に取り、店内の様子を伺う。人気がない以外、何の変哲もないドラッグストアだ。
……いや、化粧水や乳液がこぼれている通路があった。それら全てのプラスチック容器がねじれて壊れている。
「解熱剤はこれがいいとおもウ」
犬がその上を当たり前のように通過し、何かをくわえてプレトの足元に置いた。何かと思えば、薬のビンだった。プレトは拾い上げ、Tシャツの裾でビンを拭いた。中には、黄色の錠剤が入っている。
「おねえちゃん、熱だしたときにこれ飲んでたでショ。おぼえてるヨ」
確かに、プレトはこれを飲んだことがあった。プレトはそのビンをかごに入れようとしたが、中の錠剤が糸を引いているのが見えた。思わずかごに入れるのをやめ、足元に置いた。
犬はまた店内を歩きまわっている。プレトは犬とは別行動をとることにした。 ドリンクの棚を見付けると、スポーツドリンクを取り出そうとしたが、ペットボトルの中身が明らかに濁っていた。これではとてもルリスに飲ませられない。ここで買い物をするのは諦めた方がよさそうだ。
「まってヨ」
ドラッグストアから出たところで、犬が追いかけてきた。
「きょうは屋台があるヨ」
何のことだろう。プレトが不思議に思っていると、犬が歩き出した。 またもさっきの大通りに出る。今度は、少し離れたところに屋台がずらりと並んでいた。さっきまではなかったはずなのに……
「ぼく、おなかペコペコ」犬が呟く。
プレトは近くの屋台に駆け寄っていった。 カステラとアイスクリームを買い、犬のところに駆けて戻る。 コーンに乗ったアイスクリームを差し出すと、犬は大喜びで食べはじめた。
「おいしイ。つめたイ」あっという間に平らげたので、プレトはカステラも差し出した。犬はがっつきながら、「おねえちゃんもたべたラ」と言ってくる。
「全部あげる」プレトは犬のお腹を満たしてしまいたかった。口の中は相変わらずジャリジャリしている。犬は完食すると、屋台に向かって歩き出した。プレトはゆっくりとその後をついていく。
「これがいイ」
ある屋台の前で、犬が立ち止まった。ヤモリタルトと書かれている。 プレトは1つ注文した。手渡されたヤモリタルトは、ホールサイズのタルトに、黒いヤモリが何匹も埋め込まれていた。
「ちょうだイ」
犬にねだられたので、道路の端に移動し、地面に置いてやった。犬は美味しそうにがっついている。空気のぬめりが強くなった気がした。
ふと後ろを振り向くと、人が列を成して歩いているのが見えた。全員、身体のどこかが欠損し、その傷口から血の混じった膿を垂れ流している。うじ虫をこぼしている者もいた。
その中の1人で、両腕のない人がよろめき、倒れてしまう。その衝撃で傷口がさらに開いたのか、両肩から赤黒い血液がドロドロと流れはじめた。後ろの人たちはみんな、その人を踏みつけて進んでいく。倒れた人は、踏まれる度に呻き声をあげ、さらに大量の血を噴き出していた。
犬はヤモリタルトを食べ終えると、列の方に視線を向けた。
「行こウ」
そう言って、列に向かって歩きだす。プレトもその後をついていった。肉の腐ったような臭いが鼻をつく。
犬は列のすぐ近くまで行くと、血溜まりを舐めはじめた。そして喉を潤すと、辺りをうごめいているうじ虫を食べはじめる。同時に、道路にこびりついた膿も、舐め取っているようだ。
うじ虫を一通り食べると、犬は倒れた人の肩の傷口に直接、口をつけた。ジュウジュウと血液を吸う音がする。倒れた人の呻きに、金切り声が混ざった。 プレトはとうとう耐えられなくなり、走り出す。振り返りもせずに、ひたすら走った。
さっき通ってきた路地を抜けるが、行きよりも道端に散乱したごみの量が増えている。飛び越えながら駆け抜け、再び噴水広場に戻ってきた。犬がいないことを確認し、 プレトはその場にしゃがみこんだ。
疲れがどっと押し寄せてくる。息が切れて苦しい。こんなに走ったのは、高校の体育の授業のとき以来だ。
犬への対応は、あれでよかったのだろうか。少女に耳打ちをされたので、とっさの判断で犬に合わせたが、プレトの実家でも、自分の家でも、犬を飼っていたことはない。あんな犬も知らない。そもそも、なぜ犬が喋るのか。なぜ私のことを知っているのか。何をされるのか分からず、内心、怖くてたまらなかった。 お腹ペコペコだなんて言われ、自分が食べられてしまうのではないかと内心では恐れていた。
ドラッグストアも、屋台も、歩いている人たちも、すべてが奇怪だった。おぞましかった。
一体なんだったんだ。あのプーリー犬は。あそこにあったもの全ては。
「戻ってきた!」
少女が相変わらず裸足で駆け寄ってきた。一体どこに行っていたのだろう。プレトは息を整えて立ち上がる。
「どうやったの?」
少女に問いかけられた。何かを咀嚼している。ガムでも噛んでいるのだろうか。
「……どうやったって、どういうこと?」
「犬と一緒に出ていって、戻ってくる人、少ないから」
「……」
プレトは黙り込んだ。何をどう答えたらいいのか分からなかった。同じような目に遭った人が他にもいるのだろうか。一応、質問を投げかけてみる。
「あの犬はなんなの? いつもいるの?」
少女は肩をすくめて言った。
「なんなんだろうね、いいものじゃないのは確かだけど。お姉さんみたいに新しい人が来ると、ああやって来るの。それ以上のことは分からないな。わたし、犬嫌いだし」
少女は口をもぐもぐさせながら、プレトに問いかけてくる。
「犬に何かしてあげたの?」
「……撫でて、食べ物を買ってあげたくらいかな」と、プレトは答えた。「それで、隙をみて逃げてきたの」
あの犬にはそれくらいのことしかしていない。プレトは、少女に他の質問もしてみた。
「ドラッグストアも屋台も変だったけど、あれはどうしちゃったのかな?」
「なにが変だったの?」
「薬がねばついてたり、ヤモリタルトとか売ってたり……」
「いつも通りだけど」
「……」
プレトはさらに質問をする。
「身体の一部がない人たちが、苦しそうに列になって歩いていたのも見たけど、あれは?」
「ここの人たちはみんなああなんだよ。生きているうちに成長できなかったみたいだね」
少女が何を言っているのか分からなかった。まるで、彼らが死人であるかのような口ぶりだ。
「そうだよ、死人だよ」
口にしていない質問にまで少女が答えてくる。よく見ると、少女の口の端から何かが飛び出ている。バッタの脚のように見えた。
「私、そろそろ……」
プレトは早くルリスのもとに帰りたかった。 こんな奇怪な出来事にいつまでも付き合ってはいられない。早くぬめった空気からも、気持ち悪い口の感触からも解放されたかった。
「お姉さんは、強い人と、優しい人、どっちになりたい?」
突拍子もない上に、不思議な質問だった。プレトは反射的に答えた。
「……強い人かな」
少女は目を見開く。驚いているのだろうか。プレトは説明をした。
「強くなったら余裕ができて。優しさは後からついてくるかなって思ったんだ」
少女は目を見開いたままだ。
プレトは、バッタを食べている少女の問いかけに、真面目に答えている自分が信じられなかった。だが、真面目に答えなければ、取り返しがつかない気がしたのだ。
「みんなと反対のことを言うんだね」少女はもとの表情に戻っていた。バッタの脚も飲み込んだらしい。
「反対?」
「うん。帰ってきた人にこの質問をすると、みんな優しい人になりたいって言うの」
「まあ、人それぞれだから……」
「ううん。みんな過去が好きだからだよ」
「……」
プレトには、少女の言っていることがよく分からなかった。優しさを求めるのも、強さを求めるのも、正しいことのように思えた。少女がさらに口を開いた。
「お姉さん、もしまたここに来ても、35日は飲んじゃダメだよ」
「どうして?」
「………おいしくないから」少女はうつむいて言った。
「……どんな味なの?」
「生まれてこない方がよかったと思えるような味だよ」
それは一体、どんな味なのだろう。
「分かった、飲まないよ……それより、君は誰なの?」
少女は唇を結んでいる。答える気がないらしい。
「……私、そろそろ行くね」
「うん。バイバイ」
少女は、蛇を持っていない方の手を振ってくれた。

プレトは噴水広場を抜け、最初にいた歩行者専用道路に出る。
突然、喧騒が戻ってきた。空気のぬめりもなくなり、肌に風を感じられる。
プレトは顔をしかめると、思わず道端に唾を吐いてしまった。どうしても口の中の気持ち悪さを我慢できなかったのだ。唾液に細かい砂が混ざっている。
なんて奇怪な体験だったのだろう。まるで、この世の体験ではないようだった。少女の言葉を信じていいのなら、死人まで見てしまったことになる。あのとき走り出さなかったなら、犬からどんな目に遭わされていたかも分からない。 しかも、少女の行動もドリンクバーもすべてが謎だった。疲れが見せた幻であってほしかったが、確かに砂が口の中に残っている。
雨が降る前の強い風が、プレトを追い抜くように道路を通り抜けていった。

(第14話につづく)

COMMENTS & TRACKBACKS

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  1. RAPT様,TOPAZ様
    いつもプレトとルリスの冒険の連載を、大変楽しみに拝読しております。ありがとうございます。
    トパーズさんの証の中で、サタンからの酷い攻撃も克服されて使命を成されていることを知り、私も心を新たに神様の御心を探し求めていこう、と勇気をいただきました。
    これからもRAPTさんと十二弟子の皆様と兄弟姉妹の皆様が、サタンと悪人から完全に守られ、神様の御心を力強く成されていくことができますように、心からお祈りしております。

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