【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第11話・クリームの出身」by RAPT×TOPAZ

【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第11話・クリームの出身」by RAPT×TOPAZ

夜もふけてきたので、プレトとルリスは寝ることにした。焚き火を消して、ランタンをつける。
テント内にマットを敷き、その上に寝袋を広げた。
「ルリス。焚き火が消えてるか、また一緒に確認してくれる?」
「もちろん」
改めて火が消えていることを確認し、2人ともテントに潜り込んだ。ランタンも持ち込む。 プレトはなんだかソワソワしてきた。テントで寝るなんて、生まれて初めてかもしれない。
「きゅーきゅー」
クリームをテントに入れてやると、ルリスに寄り添っていった。直後、傷口を上にして横向きに転がり、寝息をたてはじめた。
「寝つき、よすぎでしょ」
「羨ましいなー」
ルリスが、自分の薄い掛け布団をクリームにもかけてやる。
「ケガもして、わたしたちに出会って、大忙しだったもんね」クリームをそっと撫でながらルリスが言った。
「今のところは元気そうだよね。本当によかった」
プレトが言いながら、ランタンの明かりを絞った。テント内が暗くなる。 プレトとルリスは寝袋に入り、うつぶせになった。お互いの顔が目の前にある。
「あのさ…」プレトが口を開いた。
「あの判断は、正しかったのかな」
「あの判断って?」
「昼間の警官とのやり取りのこと」
「ああ……」ルリスが目を伏せた。長いまつげが頬に影を落としている。
「……他に方法はなかったと思うよ。わたしは何もできなかったから、プレトが対応してくれたおかげで本当に助かった」
「……」プレトは無言で頷いた。
ルリスが続けた。
「それに、あの警官たち変だったし。クリームちゃんを保護しようとしなかったもん」
プレトはハッとした。言われてみればそうだ。あの警官たちは、プレトたちを密猟者扱いしていたくせに、クリームを助けようという素振りを一切見せなかった。
「確かに……」プレトは思わず呟く。
「人懐っこいクリームちゃんが、異常に怯えてたし」
そう言うとルリスは、寝袋の中で仰向けになった。
「そういえばさ、資金って現金支給なんだね」と、ルリスは訊いてきた。
「そうだよ、意外でしょ」
「うん、意外」
プレトは説明した。
「以前は電子サービスを使って支給されてたんだけど、採取チームがムイムイハリケーンに出くわしてから現金支給になったんだ。あれに巻き込まれると、電子サービスのデータが消えたりするし」
「あー、厄介な災害だもんね。確かに、冒険する人にとっては、現金の方が助かるよね」
ムイムイハリケーンはその名の通り、大量のムイムイが集まった熱帯低気圧のことだ。最大風速が17m/秒くらいの風の渦と共に、ムイムイが襲ってくるので、電子機器に障害が起きてしまう。それに加え、すごい速さでムイムイがぶつかってくるので、単純に痛い。
ちなみに、2人はハリケーンと呼んでいるが、サイクロンと呼ぶ人も、タイフーンと呼ぶ人もいる。とにかく意味さえ分かればいいのだ。
「まあ、札束を持ち歩くのもどうかと思うけどね」プレトが言うと、「ふふふ」とルリスが含み笑いをした。
テント内が静かになる。
今、プレトの視界にはテントの天井しかない。視覚からの情報が少ないと、自然と考えをあれこれと巡らせてしまう。
……昼間のことは、あれでよかったんだ。罪もないのに罪を認めるなんて屈辱的だが、懲役を回避できたんだから。自分にそう言い聞かせていると、頭にチユリさんの顔が浮かんだ。旅の詳細を知らないのに、プレトが生きて帰って来れるように、完璧な装備を持たせてくれた。しかし、その人が必死でかき集めてくれた資金が、2日目にして半分になってしまったのだ。
呼吸が浅くなった。悔しくてたまらない。プレトは身体を横にして、寝袋の中で両膝を抱える。眠れるまでこうしていよう。ただ時間が過ぎるのを待つのだ。
そのとき、ふと背中に温かいものが触れた。
振り返らずとも、友人の手だと分かった。プレトの背中を寝袋の上から、優しく、優しく、さすってくれている。
ルリスも悔しいだろうに、怖かっただろうに、プレトを慰めてくれている。プレトは自分がひどく小さく思え、さらに身体をこわばらせた。葉の擦れる音すらしない静寂の中、「すぴー、すぴー」と、クリームの寝息だけが聞こえていた。

旅に出て3日目を迎えた。
プレトは目を覚ますと、一瞬、自分が今どこにいるか分からなくなったが、テントで寝ていたことを思い出した。
寝袋に下半身を入れたまま、テントから頭を出す。ルリスが愛車で空中散歩をしていた。クリームが横を並んで飛んでいる。
プレトは2人分の寝袋をひっ掴み、自分のレグルスに乗せて干した。昨日の洗濯物を回収する。しっかり乾いているようだ。
ルリスが空から、そしてレグルスから降りてきた。
「おはよー」
クリームも元気そうだ。「きゅきゅきゅー」
プレトも挨拶をする。「おはよう」
朝食は、ルリスが用意してくれていたおにぎりだ。クリームは相変わらずがっついている。
食事と着替えが済むと、テントを畳み、野営の片付けをした。コンパクトな装備を使っているので、後片付けはそれほど手間取らない。 出発前に、レグルスに1滴だけパラライトアルミニウムを補充する。
「そろそろ出発できるかな」
「できるよ!」
「きゅいっ!」
元気な返事が返ってきた。
最後に、ムイムイが十分に補充されていることを確認し、各々レグルスに乗り込んだ。クリームはルリスと一緒だ。

「この傷、あなたが縫ったの?!」
「はい。チャーシューみたいなものですから」
「チャーシュー?」
「きゅいきゅい」
プレトとルリスは、次の街が見えてくると、動物病院を探し出し、 クリームを診てもらった。傷口の縫合が上手いらしく、医者が驚いていた。
クリームには何の問題もなく、傷が治るのを待てばいいだけらしい。それを聞いて、2人は胸が軽くなった。
「クリームちゃんはチップが埋まっていますね。尾びれの付け根のところです」
獣医が該当部分を指差したが、目視では分からなかった。
「チップ内の情報を読み取って、該当施設に問い合わせてみます。お待ちいただけますか」
「はい。お願いします」
2人は診察室を出て、待ち合い室の長イスに腰かけた。
獣医のデスクに、洋梨セロリのジュースが置いてあったのが気になる。
「お家が見付かったら、クリームちゃんとはお別れだよね?」
ルリスがプレトに尋ねてくる。
「うーん」とプレトは答える。「クリームが牧場の出身なら、ペットとして売ってもらうのは可能だけど、ケガをしているし、一緒に旅に連れていくのはどうかと思う……」
「そうだよね」ルリスの声色が暗い。
あんなに懐かれていれば、別れるのは確かに寂しいだろう。
会話が途切れ、プレトとルリスは、目の前に貼られたポスターを眺めた。『わんにゃん好き好きウィーク』と書かれている。犬と猫を愛でる週があるのだろうか。だが、ポスターにはヒヨコとカエルが描かれてある。一体どういうことだろう。困惑していると、診察室から獣医が出てきた。
「クリームちゃんの出身が分かりましたよ!ガーデンイール牧場です」
ガーデンイール牧場。初めて聞く名前だ。
しかもガーデンイールって、チンアナゴのことだったような。チンアナゴ牧場でカスタードルフィンを飼育しているのか?  なんて情報量が多いんだ。私たちの旅といい勝負じゃないか。
ふとルリスの方を振り向くと、一瞬、眉が垂れたように見えたが、すぐに真剣な表情でこう言った。
「牧場のスタッフさんがお迎えに来てくれるんですか?」
獣医が答える。
「そうですね。それまではこちらで大切に預かります。とはいえ、今日の夕方にはクリームちゃんのお迎えが来てくれるはずですよ」
「そうですか、それは安心です」ルリスはお礼を言った。 離れがたい心境を必死で隠そうとしているのが分かった。
「最後にクリームを撫でてもいいですか?」
プレトが獣医に言うと、ルリスがこちらを見た。
「もちろんですよ。あなた方に懐いていますからね」獣医は快く承諾してくれた。
再び診察室に入ると、診察台に寝そべり、リラックスしているクリームが目に入った。
このカスタードルフィンは肝が据わっている。成長したら、群れを率いる勇敢なリーダーになるかも知れない。
「ケガ、早く治るといいね。元気で」
プレトがクリームの、なめらかな身体を撫でて声をかけると、「きゅう」と返事がきた。
続いてルリスが撫でる。
「遊んでくれてありがとう。一緒に空中散歩できて楽しかったよ」
「きゅるるー」
共に過ごした時間はたった一日だけだったが、心を通わせられる友人になったのだ。とても名残惜しい。だが、クリームは帰って傷を癒すべきだし、プレトとルリスは前に進まなければならない。

動物病院から出ると、まぶしい快晴に目を焼かれそうになった。
「すぐ隣に、もっと大きい街があるから、そっちに移動しちゃおうか」
「そうだね」ルリスはプレトの提案をあっさりと飲む。
ルリスがレグルスに乗り込む前に、プレトは友人の肩をぽんぽんしてみた。なぜだかそうしたくなったのだ。ルリスが微笑んだ。それから、速やかに出発する。
「歌のリクエストしてもいいかな」通信機に話しかけた。
「どうぞ」いつも通りの返事が来た。
プレトは、今の心境に合う曲を選んだ。
旅立ちに伴う別れを、前向きに切なく歌った曲だ。プレトは歌詞にあるように、世界中に2人だけみたいだなと思った。

(第12話につづく)

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