
チユリさんが数人に声をかけてくれたらしく、研究所の昼休みに合わせてビデオ通話を行うことになった。
「プレトさーん、ルリスさーん」
画面の向こうでチユリさんが手を振っている。それに合わせて、周りにいる職員もこちらに手を振りはじめた。知っている顔と知らない顔は半々くらいだ。背景から、空き部屋のどこかを使っているのだろうと推測できた。一人だけ、パラライトアルミニウム研究チームの同期もいる。その同期が口を開いた。
「プレト、お久―!」
「お久ー」
プレトは手を振り返した。
「研究所に嫌気が差していて、二人を応援しているメンツよ」
とチユリさん。彼らからは少数精鋭という印象を受けた。チユリさんは話しつづけた。
「いきなりだけど、二人が乗ってきた飛行物体って、どうなったか知ってる?」
「デザート号ですか? 帰ってきて、荷物を降ろして⋯⋯その後のことは全く知らないです。所長の取り巻きがどこかにやったのかと思っていました」
プレトは答えた。
「それがね、放置されているみたい」
「え、今もですか?」
「うん。透明な何かにぶつかったっていう人がいるのよ。そうよね?」
話を振られたのはプレトの同期だった。同期が説明する。
「駐車場の目立たない一角に、透明で大きな何かがあったよ。荷運びをしていたら、激突して転んだの」
「話を聞いたら、飛行物体を停めた場所だったから、もしかしたらと思って⋯⋯」
チユリさんが窺うように言った。プレトは右手で後頭部をさすりながら記憶を辿った。
「んーと⋯⋯荷物を降ろしたとき⋯⋯あ、光学迷彩をつけっぱなしだった気がする。まさか、あれからずっと気付かれずにいたということですか?」
「光学迷彩そのものは、あまりパラライトアルミニウムを消費せずに使える技術なのかな」
ルリスが困惑したように言った。
「誰も気付いていないし、持ち帰る?」とチユリさん。
「え? デザート号をですか?」
「うん。操縦していたのはルリスさんよね? ルリスさんなら、来客として研究所の敷地に入ることができるから、回収したらどうかな。要らないかもしれないけど、高度な技術が詰めこまれた物が手元にあるのはいいことだと思うし」
「確かに⋯⋯でも、取り巻き連中にバレたら、面倒かもしれないですよね」
「あいつら、飛行物体のことなんか頭にないと思うわよ。所長が逮捕されたし、職員をパラライトアルミニウム攻めするキチガイ集団なのがほぼ全員にバレたし、パニクっているの。今ならあっさり回収できると思うわ。二人が見付けたものなんだから、二人が持っているのが自然だと思う」
「操縦方法は覚えているよ。どうする?」
ルリスがこちらを覗き込んでくる。いかにも操縦したがっている顔をしていた。
「回収できるなら是非したい。庭に入るかな」
「ギリギリいけるよ」
「ルリスがそう言うならいけるか。手引きしていただけますか? 私たちはいつでも大丈夫です」
「分かったわ。準備ができたら声をかけるわね」
その後は、新しく研究所ができたら、どんなことをしようかという話題で盛り上がった。すぐに大きなことができるわけではないが、みんなで協力して小さなことから取り組めば、最終的には大きなことができそうな気がした。とりあえず、ムーンマシュマロ、パラライトアルミニウムやラピス溶液、洗剤の販売を分担できるだけでも有り難かった。これからも何度かビデオ通話で集まり、詳細を決めていくことにして、第一回目の集まりは終わった。
「皆さんとお話できて楽しかったね。味方が増えるの嬉しいよ」
ルリスがはしゃいだように言った。
「そうだね。チユリさんの顔も見れたし、同期とも話せてよかったよ」
次の日、チユリさんから連絡が入った。プレトの同期がルリスを来客として申請したところ、無事に受理されたらしい。急だが、今日来れるかとのことだった。
「もちろん行けるよ」
ルリスは拳を突き出し、親指を立てている。プレトは行ける旨をチユリさんに伝えた。
「このレグルスは目立ちすぎるから、自転車貸してね」
「うん。ムイムイが目に入らないように、気を付けて行ってきてね。私は今日発送する分を梱包しておくよ」
「よろしくね」
「⋯⋯ねえ、やっぱり私も行こうかな。なんか一人で行かせるの不安だよ」
「プレトが行ったらまずいよ。速攻で取り押さえられて、パラライトアルミニウムに沈められちゃうよ。同期の人とチユリさんが一緒なんだから平気だよ」
「まあそうだね。家で大人しくしてまーす」
「そうしてくださーい。行ってきまーす」
ルリスは軽快に自転車を漕ぎ、研究所へと出発した。プレトは自宅に戻ると、注文されているものを梱包しはじめた。宣伝用の動画を投稿した効果が現れ、洗剤の注文もかなり入っている。追加で作っておいた方がいいかもしれない。
梱包作業が終わる頃、ルリスが帰宅した。浮かない顔をしている。
「ただいま⋯⋯」
「おかえり。どうしたの? 何かあった? まさか、取り巻きとかに何かされた?」
「ううん、そうじゃない。研究所の敷地にはあっさり入れたし、チユリさんと同期の人のおかげでデザート号も回収できた。見えないだろうけど、庭に停めてあるよ」
窓の外を注視すると、植え込みの葉が一部、不自然な角度に曲がっていた。デザート号の機体が触れているからだろう。
「ブランクあるのに、操縦できるなんてさすがだよ」
「でもね、手が⋯⋯」
ルリスが両方の手のひらをプレトに向けた。赤くかぶれている箇所がある。浮かない顔をしている原因はこれだったのか。プレトはルリスの両手首をつかんだ。
「これ、どうしたの? 出発するときは、なんともなかったよね?」
「デザート号を操縦しているうちに、なんだか痒くなって⋯⋯今はヒリヒリしてる」
「と、とりあえず、流水で洗おう」
かぶれた理由は不明だが、患部を清潔にすることが最優先だろうと考えた。キッチンの蛇口から水を出し、ルリスの手を当てた。そのまましばらく様子を見ていたが、ルリスの表情は険しくなる一方だった。かぶれの範囲も広がっている気がする。
「病院に行った方がいいね。その手だと操縦できないし、私が送って⋯⋯あのレグルスだと目立つか⋯⋯救急車呼ぶ?」
「タクシーがいいかな」
「誘拐されないかな」
「さすがに大丈夫だと思う」
「GPSチェックしておくね。タクシー呼ぶよ」
タクシーはすぐに到着した。ルリスが乗りこんだのを窓から見届けると、プレトは庭に出た。見えないデザート号に手探りで乗り、機内を観察した。ルリスのケガの原因を探るが、特別変わった様子はない。だが、ルリスが手を触れそうな場所を注意深く見ていくと、ハンドルに何かが付着しているのに気付いた。極々細かいラメのようなものがきらめいている。注意していなければ、確実に見落としていただろう。頭を動かしてそのきらめきを観察すると、光の角度でメタリックな赤色に反射することが分かった。
「なんだこれ⋯⋯?」
不審に思いながら家の中に戻った。
病院は空いていたらしく、ルリスは予想よりも早く帰ってきた。ルリスの顔を見るなり質問した。
「医者はなんて言ってた?」
「うーんとね⋯⋯とりあえず、見た目ほど症状はひどくないらしくて、数日で完治するって言われた。すぐに流水で洗ったのが良かったみたい」
ルリスの両手には包帯が巻かれている。
「重症じゃなくてよかった」
「あとは、ウチワモルフォの鱗粉に触れたか訊かれたよ。症状が似ているみたい。でも、心当たりがないんだよね」
「ウチワモルフォ? あ! ハンドルのキラキラ!」
プレトは、デザート号の中で見付けたものをルリスに話した。
「うそ、全く気付かなかったよ。でもどうしてだろう。割れたフロントからウチワモルフォが入っちゃったのかな? でも、こんな都会にいたら大騒ぎになってるよね? それに、機内全体に鱗粉がついているなら分かるけど、ハンドルだけなんてことあるかな?」
困ったような表情をしている。
「自然ではありえない。だから、自然に起きたことじゃないんだ」
「と言うと?」
「誰かがわざと、ハンドルに鱗粉をつけたんだ。ルリスがデザート号を操縦すると知っている人がやったんだ」
「⋯⋯そんな。知ってるのって、ビデオ通話した人たちだけだよ?」
「あの中にいるんでしょ」
「そんな⋯⋯」
ルリスはあからさまに落ち込んでいる。プレトも動悸がしてきた。誰がやったかなんて考えたくもないし、全て自分の勘違いであってほしいと心から願った。でも、友人が負傷したからには確認しておかなければならない。プレトはチユリさんに電話をかけ、事の次第を説明した。電話越しに息を呑んだのが分かった。チユリさんはショックを受けたような声で話しはじめた。
「デザート号はずっと光学迷彩で隠れていたから、研究所の職員で停まっている場所を知っているのは、私と、プレトさんの同期の人だけよ⋯⋯」
「⋯⋯」
「プレトさんの同期は『機内を見たい』と言って、ルリスさんが乗る前に、一人でデザート号に入ったの。数十秒だけだけど⋯⋯まさか、あのとき⋯⋯?」
プレトは、心臓を冷えた手で撫でられたような心地がした。
(第88話につづく)
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