ルリスはヘヘヘと笑いながら話した。
「……不思議な旅だなあ。ここ数日で人生がガラッと変わったよ」一度大きく伸びをし、それから話を続けた。「思ったんだけどさ、〈ゴライアス〉って、わたし達の投稿を引用しているよね? それって、むしろわたしたちの言っていることを広めることになってるような気がするんだけど……」
「確かに。影響力があるアカウントが、意図せず宣伝してくれていることになるよね」
プレトはそう言いながら、思わず吹き出してしまった。窓の外には、突き抜けるような青空が広がっていた。強風が全ての雲をさらっていったため、太陽光が直に地上に降り注いでいる。身体中に力が満ちていくような気がした。ルリスが口を開く。
「製薬会社がお金儲けに注力しているらしいのは分かったけど、本当にお金儲けだけが目的なのかな?」
「どういうこと?」
「プレトが見た意味深な夢の中では、スパイク肺炎ワクチンを食べた人は、ほとんど死んじゃってたり、瀕死だったりしたんでしょ? みんながそんな状況だと、製薬会社としては新薬で儲けるどころじゃなくなるよね? ワクチンの薬害のせいで、評判ガタ落ちになるだろうし、そもそも患者になってくれるはずの人たちが死んじゃったら、元も子もない……」
「……言われてみれば、確かにそうだね。軽い体調不良を起こす程度の薬害にしておけば、新薬で儲けるのは簡単だけど……わざわざ致死性の高いワクチンを作るということは、金づるになる人たちを殺すってことだもんね……ルリスの言うとおり、目的は金儲けだけじゃないのかも」
「まだまだ調べる必要がありそうだね」
「もうちょっと掘り下げてみるか」
二人は協力して、製薬会社について調べてみたが、目新しい情報は何も得られなかった。続いて、製薬会社が所属している資源省についても調べてみたが、こちらも不発に終わった。
「ぐぬー、調べるのが下手なのかな」と、ルリス。
「ここまで調べられたんだから、下手ということはないと思うんだけどな。そもそもスパイク肺炎は、外国で騒がれていたよね? きっと、外国にもワクチンを広めたいんだろうけど、そんなに外国と仲良かったっけ?」
「どうだろう……外交とか興味がなかったから、全然分かんないな……今度は外交について調べてみたらどうだろう」
「やってみようか。なんだか長期休みの宿題で、自由研究をやっているような気分になってきた」
「懐かしいね」
二人が調べていくと、世界の主要な国々が『モンド機関』という国際連合組織に所属していることが分かった。プレトたちが住んでいるこの国も所属している。
「この機関、名前だけはニュースで聞いたことがあるけど、実際に何をやっているのか知らないなあ」
「国のトップが無意味に集まって、高級料理を食べるだけでしょ」
プレトが鼻を鳴らして言った。
「税金で食べる高級料理はどんな味がするんだろう。それにしても、なんかこの機関、たくさんの理念を掲げてるよ。ほら、ここに書いてある」
ルリスが指さした画面を見ると、そこには幾つもの理念がつらつらと書かれていた。
「なんだこれ。『自然環境にとって害にならないために、人類の数を管理する』……どういう意味だろ?」
そこには、理想の人口とされる具体的な数字も添えられていて、現存している人類の数よりも遙かに少なかった。
「これを、世界の主要国が目指しているの? ていうか、スパイク肺炎がヤバいって騒いでいる国が、一通りこの機関に所属しているんだ……」
二人が同時に唇を引き結んだため、レグルスの中に沈黙が訪れた。プレトの頭の中では、今まで集めた幾つもの情報が、パズルのピースのような形をして浮かんでいる。それがゆっくりと動き出し、カチリカチリとはまっていく。まだ完全な絵には程遠いが、ざっくりとした雰囲気が見えてきた。だが、そのパズルを完成させることは、人間のおぞましさを顕わにしてしまう気がした。隣のルリスが神妙な面持ちをしている。口に出しづらかったが、プレトは思いきって話してみることにした。友人の意見も聞きたい。できれば、論破してほしい。
「ここまで調べてみて思ったんだけどさ……人口を減らすために、スパイク肺炎が危険だって騒ぎ立てて、わざと有害なワクチンを広めようとしているのかなって……どう思う?」
プレトは思わず、「論破してくれ、それは違うと言ってくれ」と心の中で願った。
「わたしもそう思う……人口を減らすっていう目的なら、わざわざパラライトアルミニウムとネオベナムの組み合わせを採用した説明もつくよね……」
ルリスの返事を聞いて、がっくりとうなだれた。プレトは言った。
「やっぱりそう思うよね……」
ルリスがゆっくりと口を開く。
「モンド機関のホームページには、自然のために人類の数を管理するとか書いてあったけれど、国のトップの人たちが、自然を愛しているようには見えないし。あの理念と、ワクチンの計画が本当だとしたら、人を大勢殺してでも守りたいくらいに、自然を溺愛しているってことだよね?」
「……そういうことになるけど、溺愛しているようには見えないね。奴らの自然に対する愛よりも、ルリスのレグルスに対する愛のほうが遥かに大きい気がする……君さ、レグルスのために人殺しできる?」
「えええ! 冗談言わないでよ! わたしの血液がパラライトアルミニウムになったとしても、そんな非道なことはできないよ!」
「それが普通だよね」
……ということは、奴らは普通ではないのだ。
せっかくこんなに人口が多いのだから、みんなで知恵を出し合って、環境問題を解決していこうね……とはならない人種なのだ。そもそも、プレトには疑問があった。
「自然環境って、そんなに破壊されているっけ? 乗り物がレグルスに切り替わってから、相当自然に優しくなったと思うんだけどな」
「環境汚染が進んでいる国もあるのかもしれないけれど、それは上下水道の管理がずさんだとか、初歩的な問題だと思うし……プレトと一緒に旅してみて改めて気がついたけれど、この国は自然豊かだと思うよ」
「だよね。自然のためっていうのは、ただのカモフラージュなのかな? 他に理由があるのかな?」
「そうかもしれない。でも、カモフラージュしなきゃいけない理由って何だろう?」
「今度はその理由を調べてみようか」
「そうだね、頑張って調べてみよう」
「……うわぁ、なんだかすんごいことになってきたぞ」
プレトがそう言って伸びをしたとき、ルリスが驚いたような声を上げた。
「〈アネモネ〉っていうアカウントからDMが来てるよ!」
「DMってダイレクトメッセージのこと? そのアカウント、一番最初にフォローしてくれた人だ。どんなメッセージなんだろう……」
「こわい……けど……見ちゃえ!」
ルリスが思いきって、クライノートのDMページを開いた。
『〈アネモネ〉です。いつも投稿見ています。ずっと追っていて気付いたのですが、どうやらクライノートのインプレッション数を操作されているみたいです。バズらないように嫌がらせされているんだと思います』
「インプレッション数って、閲覧数とか表示回数のことだよね? 製薬会社が命令しているんだろうな……でもまさか、そんなセコいことまでするとは……」と、プレト。
ルリスが確認してみると、確かに閲覧数が減っている投稿があった。スパイク肺炎ワクチンの危険性についての投稿が、主なターゲットになっているようだ。
「ちょっと悪質すぎない? 表現の自由とか、言論の自由はなくなっちゃったのかな」
「国民の権利なんて、鼻をかんだティッシュくらいのものなんでしょ。それにしても、どうしてわざわざ教えてくれたんだろう」
お礼と質問のメッセージを送ると、すぐに返事が返ってきた。
『私、ガーデンイール牧場の者なんです。数日前に、カスタードルフィンの子どもを保護してくれましたよね、保護時の様子の投稿を見て驚きました。その節はありがとうございます。それに、クリームって名前をつけてくれましたよね。獣医から聞きました。名付け前の個体だったので、クリームがそのままあの子の名前になりました。元気にしているので、ご安心ください! また何かあったらDMしますね!』
「えええ! こんなことってあるんだ!」
「これが本当ならすごく嬉しい!」
ルリスが瞳を輝かせている。この世の深淵ばかりを覗いていたせいで、気が滅入りそうになっていたが、完全に落っこちてしまわないように腕を掴んでもらえたような気がした。
「クリームちゃんが元気で良かった。こうやって応援してくれる人もいるんだね」と、ルリス。
「そうだね、こういう人たちがワクチンの害を受けないように、なんとかしないと……今の私たち、なかなか冴えているし、もっと調べてみよう!」
「お昼寝した甲斐があったね。わたしたちで、人口管理の本当の目的を見付けちゃうぞ!」
太陽が傾き始めている。今日のうちにどこまで知ることができるだろうか。
(第44話につづく)
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