【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第101話・裁判当日」by RAPT×TOPAZ

【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第101話・裁判当日」by RAPT×TOPAZ

チユリさんとビケさんをプレパラート研究所に迎えてからの約一ヶ月間、検察官のバイマトさんから指示を受けながら、少しずつ裁判の準備を進めた。その間にも、ディユの危険性がネット上で広く拡散され、部長補佐たちが作成したチョコレート製品は不買運動と言ってもいいぐらい激しく叩かれるようになった。〈サバグル〉が身体を張ってディユの毒性を検証してくれたのと、〈アネモネ〉の作ってくれた歌の動画が視聴者層を拡大させたおかげだろう。チョコレート製品を宣伝していたネットのニュース記事は、いつの間にか削除されていた。信用が地に落ちると、弁明記事すら書いてもらえないのかな。
35日は、SNSの公式アカウントでチョコレート製品の危険性を否定し、世間に対して反論しつづけているが、ディユが入っていることも、ディユに毒性があることも、実際に多くの被害が出ていることも明白なので、主張すればするほど敵が増えていく状況になった。35日は、被害を訴えるユーザーに対して法的措置を検討しているとまで発言したが、そんなことをしたって、誰がどう見ても消費者側が勝つに決まっている。
この状況を見て、チユリさんは「どうしちゃったのかしらね。パニックで頭が回っていないのかしらね」と呟いていた。ネット上で、『そもそもだけど、ディユとか関係なしに、ムーンマシュマロをパクってる時点でアウトじゃね?』というコメントを見つけたときは、四人で「確かにねー!」と笑い合った。
同時に、ディユをサマーブロッサムと偽って販売しようとしている研究所も、批判の的になった。ディユの粉末はまだ市場に出ていないため、噂で止まっている部分はあるが、研究所のホームページに記載されている内容から、ほぼクロだろうという見方が強まっているようだ。研究所の情報に合わせて、プレトがパラライトアルミニウムに沈められている映像も再び拡散されるようになり、「こんなことする奴らなら、ディユも販売しかねない」といったコメントが目に留まるようになった。
ディユの情報を陰謀論扱いしている人も一部にはいるらしく、たまに反論コメントが届くこともあるが、こういう人たちにあれこれ説明しても仕方がないだろう。万が一、この人たちがディユを食べてしまったときは、ステラグミを注文してもらえばいいと割り切ることにした。救う手段があると、こちらの気も軽くなる。ムーンマシュマロもステラグミも開発できて本当によかった。
所長の勢力と、部長補佐を始めとする35日の勢力は敵対関係にあるわけだが、お互いの行いによって、見事に足を引っ張り合う構図ができあがっている。ルリスは「いかにも悪人の末路って感じ! このまま悪い奴ら同士で潰し合ってくれたら平和になりそうだね」と言い切っていた。
研究所の中は今、どうなっているんだろう。上層部は各種対応に追われているはずだから、混乱しているに違いない。チユリさんとビケさんが早いうちにこちらへ移籍したのは正解だった。協力を申し出てくれていた研究所の人たちのことも気になるが、自分たちのことも何とかしなければならない。受け入れる態勢を整えることも大切だ。


道路脇に植えられたイチョウの葉が黄色く色づいていた。風に揺れてムイムイを弾き、パチパチと音を立てている。プレトはルリスに寄りかかった。
「ルリスー」
「なーに」
「もう秋なの?」
「秋だね。慌ただしく過ごしているうちに、季節が変わったね。ほら、わたしに寄りかかったらスーツにシワが寄っちゃうよ」
「緊張する⋯⋯証人尋問、やだ⋯⋯」
裁判所を背にして弱音を吐いた。とうとう所長の裁判当日を迎えた。証人として出廷しなければならないが、不安でたまらない。着慣れないスーツが余計に不安を増長させている気がする。服装は自由だが、コーディネートを考えなくて済むという理由でスーツを選んだ。失敗だったかな。
「これまで何回も練習してきたんだから大丈夫だよ」
ルリスが励ましてくれた。
「バイマトさんの質問は練習通りだから答えられるだろうけど、弁護側の質問とか⋯⋯怖すぎる。何を訊かれるんだろう」
「何とかなるよ」
「なるかな」
チユリさんが口を開いた。
「なるわよ。プレトさんなら大丈夫。私たちも運よく傍聴券をゲットできたし、見守っているわ」
ビケさんも話し出した。
「わたしたちがついています! そうだ、余裕があったら、裁判官に向かって『人を裁いていいのは裁かれる覚悟のある奴だけだ』って言ってみてください」
「いやいや、質問にしか答えられないですし、被害者の私がそれ言うの、ちょっと間違ってませんか」
プレトは思わず笑った。
「プレトさんは、素直に話すだけでいいんですよ。所長からあんな酷い目に遭わされてきたのに、夜の研究室に忍び込んで窓ガラスを壊して回ったり、盗んだレグルスで走り出したりしない良い子なんですから。自分に自信を持ってください!」
「はははっ」
「もしも裁判がうまくいかなくて、所長が無罪になったりしたら、このビケが責任を持って所長の顔面をボコりに行きます。原形を留めないどころか、一周回ってイケメンになるくらいボコって見せましょう」
想像したら吹き出してしまった。
「プレト笑った。ビケさんナイス!」
「緊張がほぐれたみたいね。そろそろ中に入りましょうか」
四人揃って裁判所に入り、バイマトさんと合流した。
「皆さんこんにちは。とうとう当日ですね。プレトさんは調子いかがですか」
「体調はいいです。さっきビケさんが笑わせてくれたので、なんとか頑張ります」
「これまで練習してきた通り、正直に答えればいいだけです。分からないことは『分からない』、忘れたことは『忘れた』と言えばいいです。これはウソをついたことにはなりませんからね」
「はい」
「では、傍聴席に移動しますか。法廷はあちらですよ」
バイマトさんに促され、所長の裁判が行われる法廷に移動した。傍聴席に座るのはこれで二度目だが、ピンと張り詰めるような雰囲気は居心地が悪かった。
「全員が一番前に座れて良かったですね。傍に研究所の皆さんがいたほうが心強いですもんね。プレトさんは、このまま傍聴席で待機して、証人尋問のときには証言台へ移動することになります。案内されるまで、この席にかけていてください」
「分かりました」
時間になり、裁判が始まったが、前回とあまり変わらないように見えた。主張と、証拠の整理が行われている。原告側が新しい証拠を提示し、弁護側が関与を否定する。その繰り返しだ。裁判が終盤に差しかかると、ようやくプレトが証言台に呼ばれた。立ち上がる直前、ルリスが軽く手を握ってくれた。耳打ちしてくる。
「上手くいくように祈ってる。行ってらっしゃい」
「行ってきます」
小声で答えた。チユリさんとビケさんも眼差しで励ましてくれた。よし、行ってくるか。
証言台に立つと、裁判官から氏名や年齢などを訊かれた。それに答えると、裁判所が準備した宣誓書を読み上げさせられた。要約すると、『正直に話します』という内容だ。いよいよ主尋問が始まる。プレトは原告側の証人だから、検察官のバイマトさんから先に質問を受けることになる。バイマトさんが口を開いた。
「被告人とは面識はありますか?」
「あります」
プレトは真っ直ぐ前を見たまま話した。通常の会話では、話しかけてきた相手を見るのが普通だが、裁判では、目の前の裁判官を見たまま話すのが普通らしい。証言内容に虚偽がないかどうか、態度からも確認する目的があるようだが、そんなことを言われたら余計に緊張してしまう。無表情の裁判官を見続けるのもなかなか辛い。
「パラライトアルミニウムのタンクに沈められた当日、あなたはどこにいましたか?」
「所長の研究所にいました。通常通り出勤し、事務所で事務作業を行っていました」
「その後はどうしましたか?」
「終業後に、所長の部下に呼び出されたので、研究所内の空き部屋に移動しました」
バイマトさんからさらにいくつか質問され、その度に正確に答えた。練習通りにできているはずだ。
主尋問が終わり、バイマトさんが席に戻る。一瞬目があった時に小さく頷いてくれた。「その調子」と言ってくれているような気がした。
次に反対尋問が始まった。所長側についた弁護士から質問されるのだ。所長の無罪を証明したり、罪を軽くする目的の質問内容が来るはずだ。ある程度予想してバイマトさんと練習したが、どうなるだろう。振り向いてルリスたちの顔を見たかったが、ぐっと我慢し、こぶしを握った。なんとか上手くいくようにと強く祈った。

(第102話につづく)

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