【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第56話・パンデミック宣言」by RAPT×TOPAZ

【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第56話・パンデミック宣言」by RAPT×TOPAZ

「そういうことだから、帰ってきて大丈夫だからね。そういえば、あれは試したの?」
チユリさんに質問された。
「あれというのは……虹を食べてみるっていうあれですか? 試しましたよ」
「ほんとに! どうだったかしら」
「蛇口をひねったように鼻水が出てきましたけど、それが収まったら治りました」
「え、虹を食べるとそんな反応が表れるのね……でも、治ったのなら良かったわ! 勧めたのは私だから、心配してたの」
安堵したような声だ。
「おかげさまです……」
本当にチユリさんのおかげだ。この情報がなかったら昨日も発熱していただろうし、今も頭痛薬が手放せなかったに違いない。プレトは言葉をつづけた。
「虹も大きい塊を採取できたので、頑張って持ち帰りますね。そうだ、リング状の虹もゲットしたんですよ」
「リング状?」
「子ども用の浮き輪くらいの大きさで、固くて、色が淡いんです。もしかしたらハロとかいう現象かなと思っていました」
「え! ハロ?」
チユリさんは驚いているようだ。
「断言はできないですが、そうかなと思いました」
「それってすごいわ!」興奮している様子が伝わってくる。「ハロは、まだ採取に成功したことがないの。珍しい現象だから、本当に運が良くないと、採取とタイミングが合わないからね。研究したいから、ぜひとも持ち帰ってほしいわ!」
「もちろん、そのつもりです」
「どうやって手に入れたの? 大変だった?」
「わたしがどさくさに紛れて拾いました」と、ルリスが答えた。「普通に落ちていましたよ」
「ええ! ルリスさん、幸運すぎるわ! すごいわ!」
「ありがとうございます」
友人は嬉しそうにしている。それからいくつか言葉を交わし、通話が終了した。プレトは画面を切り替え、クライノートをチェックしたが、あるニュースアカウントの投稿を見て思わず呟いた。
「うそでしょ……」
「どうしたの?」
「昨日、『防犯・安全基本法の改正案』が可決されたって……」
「なんかそんなのあったね、どんな内容だっけ?」
「国家規模で紛争とか災害とかパンデミックが起きて、国が有事だと判断したら、モンド機関を対策本部にして、新型防犯装置を導入するっていうやつ」
「つまり、有事にケーゲルが街中を徘徊するようになる……」
「そういうこと」
「それってヤバいじゃん! 可決されちゃったの?」
「そう……コメント欄が大荒れだよ。みんな独裁政治だって怒ってる」
「誰もそんなこと望んでいないもんね。わたしたちの投稿を見た人は、ケーゲルの危険性を知っているし」
ルリスは眉をひそめて言った。
「なんで無理やり可決したんだろう。国民に嫌われるようなことをして、どうするんだろうね」
プレトが苦々しげに言うと、手の中の携帯電話が振動しはじめた。通知が来たのだ。
「ニュース速報だ。クライノートと関係なく届いたやつみたい」
「読み上げてくれる?」
「えーと、スパイク肺炎の感染拡大により、パンデミックを宣言するって……」
「パンデミック?」
「しかも、ワクチンの供給を予定より早めて、今日から始めるって書いてある……」
「え?」
プレトとルリスはニュースの内容を飲み込めずにいた。しばらくぽかんとしていたが、ルリスが操縦しながら言った。
「パンデミック宣言ってことは、そのうちケーゲルが解き放たれる?」
「……そうかも」
ルリスはここで唇を結んだ。険しい表情をしている。プレトがボソボソと話した。
「『防犯・安全基本法の改正案』が可決されたとたんにこれか……国民の生活をめちゃくちゃにしたいように見える」
「実際、その通りだと思うよ。やる気満々なのが伝わってくるね」
「ワクチンの危険性はある程度広く知られるようになったけど、不安を煽られたら、接種に前向きになる人が出てくるかもしれない……赤血球がトゲトゲになっちゃうよ」
「もっと情報拡散、がんばらないと!」
プレトはニュースを閉じ、クライノートに画面を切り替えた。先ほどのニュース速報に関して、次々と投稿されているのが分かった。みんな世の中の動向に敏感になっているのだろう。戸惑いの声がほとんどだ。
「ただの風邪にパンデミック宣言だなんておかしいよ。そんなふうに言われたら、不安とストレスで、それこそ体調を崩しかねないよ」
プレトは顔をしかめて言った。少女が幻で見せてくれたワクチン被害の様子が頭に浮かぶ。人が血を流しながらバタバタと倒れ、子どもと妊婦にひどい影響が出ていた。どちらも優先的にワクチンを投与されかねない立場にある人たちだ。胃のあたりが重くなってきた。プレトは頭を左右に振り、なんとか気持ちを切り替えようとして呟いた。
「まだ時間はある……」
みぞおちのあたりを撫でながら、必死に情報収集をした。とはいえ、速報で入ってきたニュースの情報など、ほとんど無に等しい。もっと時間が経ってから、改めて情報収集した方がよさそうだ。
「砂漠に入ったよ」と、ルリス。
プレトが画面から顔を上げると、目の前に砂の雪原が広がっていた。レグルスの中は快適だが、外はものすごく暑そうだ。チラホラとサボテンと思われる植物が生えている。こんな場所で生きてるなんて、なんて逞しい植物だろう。自分もそうありたいとプレトは思った。気を取り直し、投稿文を打ち込んでいった。

『以前、スパイク肺炎ワクチンの危険性について投稿しましたが、パンデミック宣言がされ、供給が早められるそうです。
スパイク肺炎自体、症状は咳と発熱程度ですので、ただの風邪と言えます。
スパイク肺炎ワクチンには、パラライトアルミニウムとネオベナムを組み合わせたものが入っていて、これが血液に触れると赤血球が変質し、トゲトゲになって身体を傷つけます。
接種しないように注意してください。
この危険なワクチンを供給するために、パンデミック宣言をしたのだと思われます』

「こんな感じでいいのかな……伝わるかな……」
投稿を終えたプレトは不安で呟いた。できるだけ多くの人に届いてほしい。クライノートを開いたまま画面を見詰めていると、徐々に反応が現れ、拡散されていくのが分かった。今回の投稿だけでなく、以前の投稿にもリアクションが増えている。
プレトは先ほど別れた少年にも、ワクチンに気をつけるようにとメッセージを送った。彼の母がこちらの投稿を見てくれているようだったが、居ても立ってもいられなかった。
「投稿ありがとう、どんどん広まるといいね」
ルリスがハンドルを強く握りしめながら言った。

代わり映えのない砂漠をスピードを出して進んでいった。ここでは制限速度がなく、周りにひと気もないので、ルリスは遠慮なくアクセルを踏み込んでいる。プレトはしばらく黙って窓から外を眺めていたが、やがて再びクライノートをチェックした。すると、見覚えのない情報が目に飛び込んできた。
「え、なんだこれ。スパイク肺炎の、感染防止のためのルールっていうのが話題になっている」
「ルール?」
「えーっと、手洗いうがいと……」
「そんな感じなんだ」
「店舗の営業時間短縮、移動制限……」
「あらら……わたしたち、大移動しているけど」
ルリスが笑いながら言った。
「人と話すときは距離をとって、マスクをしろって……」
「え、スパイク肺炎って、それで防げるの?」
「いや、別に……そもそもただの風邪だから、ひくときはひくよ」
「そうだよね。マスクで防げるのなら、ますますワクチンは要らないよね?」
「言えてる」
運転するルリスの横顔が、ひきつっているように見えた。
「ルリス、どうしたの」
「すっごくイヤな想像をしちゃったの……」
プレトは黙ったまま、友人が続きを話すのを待った。
「ケーゲルってさ、きっとセンサーが搭載されているよね?」
「そうだと思う。追いかけてくるし」
「パンデミック宣言で有事になって、法案のとおりにケーゲルが街中に解き放たれるとすると、マスクをしていない人がターゲットになったり……」
「事前に、マスクをしていない人に反応するように設定しておいて、ケーゲルで捕獲する……みたいなこと?」
「うん……もっと言うと、住んでいる街から出ようとした人をターゲットにすることもできるよね」
「そんな……それだけであの電気の膜に閉じ込められるなんて。まるでディストピアだ」
「女性一人を虹の採取に行かせる時点で、ディストピアだと思うよ。まあ、わたしの妄想だから!」
わざと明るく話しているように見える。プレトは言葉が出てこなくなった。ケーゲルの詳しい仕組みは分からないが、設定しだいで如何ようにもできるのであれば……いま友人が言ったことも現実になりかねない。
だからといって、どうすればいいのだろう……

(第57話につづく)

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