【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第94話・ムイムイハリケーンの奇跡」by RAPT×TOPAZ

【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第94話・ムイムイハリケーンの奇跡」by RAPT×TOPAZ

翌朝、プレトは着信音で目を覚ました。隣の布団から唸り声が聞こえる。ルリスも同時に目覚めたらしい。枕元を探り、携帯電話の画面を見ると、チユリさんの名前が表示されていた。
「新しい研究所のことで電話をしたの。私の友だちに手配してもらったら、無事に申請できることになったわ」
「本当ですか! ありがとうございます!」
隣を見ると、会話を聞いたルリスがにっこりしている。
「それでね、最後に申請したときの名前が『プレプレルリルリ研究所』になっているらしいんだけど、これで申請しても大丈夫なのか、確認してほしいって言われたの。その⋯⋯私は二人が良ければそれでいいんだけれど⋯⋯この名前でいいの?」
「すみません! ヤケを起こしたときのやつなので、『プレパラート研究所』にしていただけますか」
「そうね、そうよね! 安心したわ。そう伝えておくわね」
「お願いします。確認していただいて助かりました」
「そうだ。昨日は所長の公開裁判があったみたいだけど、知ってる?」
「はい。実は運良く傍聴券を譲ってもらえたので、ルリスと一緒に行ってきました。所長が自分は何も悪いことはしていないってしらばっくれるので、うっかり口を出して追い出されそうになったんです」
「あら、そうだったのね。目の前で犯人がしらばっくれるなら、被害者としては黙っていられないわよね」
「でも、それがきっかけで検察官から連絡が来ました。次回の裁判で、正式に証言台に立てることになったんです」
「え! すごいじゃない! てっきり所長に有利な方向へ進んでしまうのかと思ってたけど、プレトさんが証言できるなんて⋯⋯きっと、日頃の行いがいいからね」
「えへへ」
つい、心の声が丸出しになった。
「また連絡するわね、またね」
チユリさんとの通話を終えると、満面の笑みを浮かべたルリスに両肩をつかまれた。
「研究所、よかったね! チユリさんのお友だちさんすごいね! 受理されれば、ここが新しい研究所になるんだよね?」
「そうだよ。もう一息だ!」
二人で喜んでいると、検察官から電話がかかってきた。
「おっと、立て続けだ。出るね」
プレトは電話に出た。
「所長の裁判の件ですが、もし都合がよろしければ、明日、検察庁にいらしていただけませんか? 証言内容などの打ち合わせをしたいので」
「作戦会議ということですか?」
「まあそうですね。プレトさんが裁判できちんと発言できるように、この1カ月間で情報を整理したり、内容をまとめたりするんです。裁判で証言する人は、みんなそうしているので」
「いつでも空いているので、明日、伺います。一緒に被害に遭った友人も連れて行っていいですか?」
「もちろんですよ。調べたら分かるかと思いますが、一応メッセージでも住所を送っておきますね。あ、でも、ムイムイハリケーンの影響が大きそうだったら、無理せず延期しましょう。明日の天気次第ですね」
「ムイムイハリケーンですか?」
「あれ、まだ注意報の通知が来ていませんか? さっき、ムイムイハリケーン注意報がこの辺に出たんですよ。夜には通り過ぎるみたいなので、こちらに来ていただく頃には天気も回復していると思いますが」
「そうだったんですね、分かりました。向かうのが難しそうだったらご連絡しますが、伺うつもりでいます」
「はい、よろしくお願いします。私、バイマトと申しますので、検察庁で名前を出していただければすぐに対応しますね」
バイマトとの通話を終えると、プレトとルリスの携帯電話それぞれに、同時に通知が届いた。見てみると、ムイムイハリケーン注意報だった。

『ムイムイハリケーン注意報発令。竜巻などの激しい突風や、ムイムイによる打撃に注意してください』

「バイマトさんが教えてくれた通りだね」と、プレトは言った。「この地域でこんな注意報が出るの、珍しくない?」
「見たことないかも。通知がちょっと遅かったのも、ムイムイハリケーンの影響で電波が乱れているからかな。なにか対策しておいたほうがいい?」
「デザート号のフロントが少し壊れているから、一応、ブルーシートで覆っておこうか」
二人は庭へ移動し、デザート号にブルーシートをかけて固定した。光学迷彩で隠れているから手探りだ。風が強まってきたため、ブルーシートの端がパタパタと音を立ててめくれている。
「あとはどうしようか」と、ルリス。
「あとはね、このボロ家が壊れないように祈るしかないね」
「ははは、そうだね。ヘタしたら倒壊しちゃうよね」
「せっかく研究所の申請が通っても、更地になってたら残念すぎるからね」
「あはははは」
ツボに嵌まったらしく、ルリスは苦しそうに笑っている。家に入り、プレトは今日分の注文をチェックした。普段より多めだ。
「今日は梱包だけして、明日検察庁へ行くときに発送すればいいかな」
「うん。ねえ、今日は研究所の申請ができることになって気分がいいから、楽しく歌えそうだよ」
「お! じゃあ、歌の録音もしちゃおう!」
ルリスが選んだ曲は民謡だった。もともとは船乗りたちの労働歌らしく、渋い一定のリズムと覚えやすいサビが印象的だ。景気づけに良さそうだと思った。録音した歌のデータを〈アネモネ〉にメッセージで渡し、編集が終わり次第、送ってもらうことになった。


録音を終え、梱包作業をしているうちに、すっかり日が暮れた。寝室へ移動し、タオルケットを首まで引き上げると、隣りの布団にいるルリスが話しはじめた。
「ムーンマシュマロ、売れ行きがいいよね」
「そうだね。今日も結構注文が入っていたし、コンスタントに売れてるよね。毎日、梱包してるよ」
「ということは、スパイク肺炎ワクチンのせいで苦しんでいる人がまだまだいるってことだよね?」
「⋯⋯そうだね。ムーンマシュマロは1つ食べれば効果が出るはずだから、これだけ売れるってことは、それだけ被害が大きいってことだろうね。単純に安くて美味しいから、リピートしてる人もいるかもしれないけど」
「もしさ、裁判がうまくいって、所長が有罪になったとしてもさ、スパイク肺炎ワクチンの供給は続くよね?」
「うーん、多分。芋づる式に製薬会社の奴らが裁かれたとしても、ワクチンの供給がストップするかと言われると、微妙だよね。前にチユリさんが病院の知り合いに話を聞いてくれたときも、病院自体がワクチンを推奨しているっぽかったし、需要がある限りは供給自体は続くんじゃないかなあ」
「それだと、イタチごっこのままかな。ムーンマシュマロを売り続けることはできるけど、スパイク肺炎ワクチンの供給が止まらない限りは、被害者は増えつづけるよね」
「うん」
「完全にワクチンの供給をストップさせることができないとしても、せめて供給のペースが落ちないかなって思っちゃうんだよね」
「それはその通りだ」
「プレト、なんとかできない?」
「私?」
「なんかこう、科学の力で、うりゃーって」
「できるならとっくにやってるけどなあ」
「中学生のとき、ど迫力な花火みたいなの作ってくれたじゃん。ああいうのを応用して、製薬会社を爆破させられないの?」
「ドクチワワを導火線に使ったアレのこと? アレには破壊能力はないし⋯⋯てか、製薬会社を爆破したら普通に犯罪になっちゃうよ」
「だよねー」
ルリスは残念そうだ。
「気持ちは分かるけど、人間の手でどうにかできる分野じゃなさそう。ムイムイハリケーンで家が壊れないように、祈って耐え忍ぶのと同じだよ」
「やっぱり? できることはせいぜい、スパイク肺炎ワクチンの危険性を発信しつづけることかな。あ、ディユ入りのチョコも食べないように、改めて発信したほうがいいよね?」
「だね。やること多すぎない?」
「多すぎる」
ルリスは食い気味に言った。
「これまで通り、一緒にコツコツやろう。〈アネモネ〉が編集してくれる動画、楽しみだな。きっとまたバズるよ」
「再生数、伸びるといいね」
窓からパチパチという音が聞こえてきた。屋外を舞っているムイムイが窓に叩きつけられている。ムイムイハリケーンが近付いているようだ。万が一、寝ている間に家が吹き飛ばされたらどうしようかと思ったが、どうすることもできないので大人しく寝ることにした。

目が覚めると、外は雲一つない快晴だった。昨晩のうちにムイムイハリケーンが雲を一つ残らずかっさらって行ったらしい。家も無事だ。この天気なら検察庁に行くのも全く問題ない。少し緊張するが、幸先がいいように感じられた。
「プレト来てー!」
先にリビングへ行っていたルリスが叫んでいる。虫でも出たのだろうか。ルリスの傍に近付いていくと、「この生中継を観て」と言われた。プレトがモニターに視線を移すと、壊れた建物が映っていた。
「ありゃ、ムイムイハリケーンで被害が出たんだね。けが人とかいるのかな」
「けが人はいないみたいだけど、ここ、街外れにあるスパイク肺炎ワクチンの生産工場らしいよ」
「ええっ!」
プレトは映像を凝視した。上空から撮影しているらしく、大きな施設の一部が壊れている様子がよく見えた。屋根がひしゃげ、崩れた鉄骨が剥き出しになっている。
「昨日、爆破できたらいいとか言った矢先にこれ?」
「奇跡? 奇跡なのこれ? プレトがやったわけじゃないよね?」
「そんなわけないでしょ! ちょっと、情報集めようか。気になりすぎる」
二人はSNSを開いた。願ったことが現実になっていることに高揚しているのか、指先がかすかに震えた。

(第95話につづく)

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