その後もパラライトアルミニウムの注文がいくつか入り、二人は梱包作業に追われた。その日の分を発送すると、どっと疲れが押し寄せてきた。
「これはこれで大変だね」
ルリスは自身の右手を左手で揉んでいる。
「フォロワーが宣伝してくれているから、明日はもっと忙しくなるかも」
翌日もパラライトアルミニウムの注文が次々と入ったが、クライノートには怪しがる投稿もされているようだった。値上げされている中で、プレトたちだけが元の値段で販売しているから、不思議に思われるのも当然だ。
「まあ、こういう声は当然、出てくるよね。虹もラピス溶液も自力で手に入れているだなんて、誰も思わないだろうし。私がこの人の立場でも、不思議に思うはずだから」
「でも、買ってくれた人たちが偽物じゃないと言ってくれれば、そのうち信じてもらえるよ」
さらに、ラピス溶液の注文もいくつか入った。昨日注文してくれた企業が同業者に宣伝してくれたのだろうか。少しずつ在庫が減っていき、足の踏み場が復活した。
その翌日も、同じように梱包と発送作業を行った。休憩がてら、クライノートをチェックしてみると、製薬会社が声明を発表していた。ラピス溶液の偽物が出回っているという注意喚起をしていた。ルリスに伝えると、視線をこちらに向けた。
「偽物って、わたしたちが売っているものを指してるよね? はーい、またまた妨害が来ました」
「懲りずによくやるよね。ウソついて売ってる奴らに言われたくないし」
「反論してみる? それとも放っておく?」
「放っておいても、好き放題言われるだけだよね。どちらにせよ営業妨害されるんだから、いっそのこと反論しちゃおうか」
プレトは製薬会社の声明に返信した。
『我々は本物のラピスを販売しています。材料に見合った価格設定をしていますので、製薬会社よりも価格が安くなっています』
「大きい企業だから、私たちの投稿なんか無視するだろうけど、私たちの返信を見かけたフォロワーが騙されずに済むといいね」
プレトの予想通り、製薬会社が直接コンタクトを取ってくる様子はなかった。その代わり、『詐欺商品を同じ商品名で安価で販売するなんて、営業妨害にも程がある』『確実に偽物だろこれ』などと、プレトたちを攻撃するコメントが続々と投稿されはじめた。
「うわあ、雇ってる雇ってる」
プレトは引き気味に言った。
「自分たちじゃなくて、小物にわたしたちの相手をさせるなんて卑怯だよね。疚しいことがないなら堂々としてればいいのに」
「このユーザーたち、シャドウバンされている私たちを攻撃するために、わざわざフォローしてくれてるよ」
「ご苦労様だね。フォローしちゃったら、余計にわたしたちの発信する内容が拡散されちゃうけど、いいのかな」
「そこまで頭が回らないんでしょ……ねえ、いいこと思いついた」
「なあに?」
「ラピス溶液のレシピ、公開しちゃおうかな」
「え! しちゃう?」
「私たち、別にラピス溶液で儲けたいわけじゃないし、作り方だって偶然、発見しただけだから執着してないよね。ラピス溶液は虫除けにもなるし、消臭もできるし、各家庭で作って使えばいいじゃん」
「太っ腹だね、プレトらしい」
「そもそも、私たちの冒険はラピス溶液の秘密に気がついたところから始まったんだ。ラピス溶液の秘密を暴露して終わらせてやるのもいいかなと」
「プレトがいいと思うようにして。わたしはどんなときもついていくから」
「ありがとう。それじゃあ、投稿しちゃおうっと。おりゃっ」
プレトはラピス溶液のレシピを公開した。
『ラピス溶液のレシピを公表します。オオザリガニモドキが脱皮した甲羅と、エノキマイマイの殻、ヨセフという品種のアンズ、その辺に生えているミント、ラベンダー、シソ、ドクダミ。香りを良くするためのラベンダーのみ倍量にして、あとはだいたい同じ分量を鍋に入れます。これらを全体が浸る程度の湯量で10分間、沸騰させれば完成です。これで虹からパラライトアルミニウムを抽出できるので、ぜひお試しください。虫よけや消臭にも使えるので、ご家庭でも作ってみてください。製薬会社が公開している材料は真っ赤なウソであることも、我々がラピス溶液を格安で提供できている理由も分かっていただけると思います』
「投稿しちゃったね!」
ルリスはなんだか楽しそうだ。
「やっと言えた。所長たちとの攻防に誰かを巻きこんでしまうかと思って内緒にしていたけど、一気に大勢に知らせてしまえば、製薬会社だって下手なことはできないよね」
フォロワーが面白がって拡散してくれたらしく、少し経つと、実際に作ってみた感想を投稿する人が現れはじめた。『いい香りがする』『本当に消臭ができた』と好評だ。パラライトアルミニウムを抽出している企業も試してみたらしく、公式アカウントが感想を投稿していた。
『騙されたつもりで作ってみました。虹にかけたら、本当にパラライトアルミニウムを抽出することができました。今まで高いお金を出して製薬会社から買っていたのは何だったんだろう……』
実際に抽出したときの映像も添付されていて、大勢に見られているようだった。
「かなりの話題になったようだね。時間を置いてからまた確認してみよう」
ルリスは再び丁寧に梱包を始めた。注文された分のパラライトアルミニウムを発送し、SNSをチェックしてみると、製薬会社がクライノートで謝罪文を公開していることに気がついた。『ラピス溶液の成分に誤りが見付かったため、詳細を調査している』という内容だった。公式ホームページのリンクも貼られていて、そちらでも同じ文章を掲載しているのが分かった。
「誤りも何も、わざと材料を偽っていたくせに。調査だなんてよく言えるよ」
プレトの口から呆れた声が出てきた。
「さっきまでこっちのラピス溶液を偽物呼ばわりしていたくせにね。何があったのかな」
「クレームの電話が鳴り止まなくなったんじゃないかな」
そのとき、プレトの携帯電話に部長補佐から電話がかかってきた。
「なんですか」
ぶっきらぼうに電話に出ると、驚いたような声が聞こえてきた。
「まさか製薬会社まで攻撃してしまうとはね。ラピス溶液で暴利を貪っていたことについて、あらゆる企業からクレームが殺到しているみたいですよ。製薬会社は大混乱です。あのレシピは本物ですか」
「本物ですよ。手元に虹があったら試してみてください。きちんとパラライトアルミニウムを抽出できます」
「どうやってそのレシピを手に入れたんですか? 倉庫の地下室にあったんですか」
「説明しないといけないんですか? そちらは隠し事だらけなのに?」
「そう言わずに」
「……趣味で色々な溶液を作っていたら、偶然あのレシピを発見したんです。それを所長に話したら、レインキャニオンに追放されることになりました。命を狙われるきっかけになったのが、ラピス溶液です」
「そういうことでしたか……あ、そうそう、ムーンマシュマロを真似たチョコレートですが、かなり広く普及できそうです。ワクチン被害者の間で口コミが広がっていますし、僕たちはシステム化ができるので、近いうちに国中の人へ届けられると思います」
「所長の方はどうですか? 逮捕された後どうなったのか、情報が出回っていないようですが」
「対応している真っ最中ですが、正直、際どいですね。こちらが用意した証拠は完璧なのですが、奴らは隠蔽するのが常習化しているので、ああだこうだと言い訳を並べて逃げ道を探しています」
「ムーンマシュマロをパクったのですから、所長が釈放されないようにきちんと対処してくださいね。これ以上、奴らが好き勝手できないように」
「大きい組織ほど、不正がバレたときに受けるダメージは大きくなりますし、なんとかしますよ」
通話が終わると、ルリスは口を開いた。
「とりあえず、スパイク肺炎ワクチンの被害についてはなんとかなりそうかな? あとは、所長や製薬会社がどうなるかだね」
「うん。あいつらがきちんと裁かれるように見張っていないとね」
悪人の没落を見届けたいと、二人で切に祈った。
(第78話につづく)
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