【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第72話・アンチ登場」by RAPT×TOPAZ

【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第72話・アンチ登場」by RAPT×TOPAZ

翌日、早朝からルリスがムーンマシュマロ作りに励み、急いで梱包したものを昨日と同じ公園へ運んだ。販売の準備をしながらルリスに尋ねた。
「ねえ、本当に販売しても大丈夫なんだよね」
「もろもろの許可はちゃんと取ってあるから、心配しないで」
「了解。でも、果たして売れるかどうか……」
値段については、”利益は出るけれど市販品より少し安い”くらいに設定しておいた。これならボッタクリだと責められることもないだろう。着ぐるみを着た状態では動きにくく、会計作業をするのは至難の業だが、脱いで顔を晒すわけにはいかない。このままやるしかない。
初日だからさほど売れないだろうと予想していたが、販売を開始した直後から複数個を購入していく人が続いた。ルリスが頭上でレグルスを旋回させている効果かと思ったが、みんなはレグルスに驚きつつも、マシュマロの方にもっと興味があるようだった。こちらに目をとめた人が携帯電話で何かを調べるような仕草をし、立ち寄ってくる。
昨日、試食した人の多くがクライノートに感想を投稿してくれていたようだが、そこまで拡散されている様子はなかった。せいぜい、投稿者のフォロワーたち数人が反応しているくらいだ。それなのに、この売れ行きは何なのだろう。もちろん有り難いことだが、不思議でたまらなかった。そうやって疑問に思っている間にも続々と売れていく。その様子を見て、空中散歩は必要なさそうだと判断したのか、ルリスが地上に降りてきた。プレトの隣に立ち、会計作業をしながら口を開いた。
「なんだか、やけに売れるね。一体どうしたんだろう。ちょっと訊いてみようかな」
年齢が近そうな女性が購入したタイミングで、ルリスが彼女に話しかけた。
「SNSでこちらの商品を知ってくださったんですか?」
「クライノートで見ましたよ。スパイク肺炎ワクチンで体調を崩した人が、ムーンマシュマロで復活したって!」
「え?」
「あれ、知らないんですか? 確かに夜中の投稿だったから、無理もないかなあ。試食で配られたムーンマシュマロを入院している家族にあげたら、急に元気になった……って内容だったと思います。ありえないくらいバズっていましたよ」
「そんな投稿が……」
二人とも、起床してからずっと販売準備に追われていたので、携帯電話に触る時間がなかった。それで気が付かなかったのだ。
「私の家族がワクチンを接種しちゃったので、帰ったらこれを食べさせようと思います」
「お姉さんもワクチンを?」
「私は食べてないですよ。クライノートでワクチンの危険性を発信してる人がいたので、接種しないことにしました。おかげで命拾いしましたよ。私の周りにはそういう人、結構います」
女性が立ち去っていくと、ルリスが袖で目元を拭いはじめた。
「泣いてるの?」
プレトは尋ねた。着ぐるみ越しだと細かい表情までは読み取れない。
「嬉しくてつい。実際に助かった人がいると分かって安心しちゃった。早く泣き止まないと」
「私、今めちゃくちゃ泣いてるけれど、着ぐるみ着てるから分からないでしょ」
「え、泣いてるの? 確かに全然わかんないや」
「鼻水も止まらない」
「ちょっと! お客さんに聞こえないようにね」
ルリスの声色が明るい。ワクチンの被害者が回復したことも、ムーンマシュマロにきちんと解毒効果があることも嬉しかった。これまでやってきたことは無駄ではなかったのだ。数個売れればいい方だと思っていたのに、あっという間に完売してしまった。買えなかったことを残念がっている人もいる。明日も売りに来ると伝え、レグルスで帰宅した。ルリスは、家に荷物を置くなり、
「今日の倍の量を作ってくる! 明日はもっといっぱい届けるぞ!」
と意気込み、レンタルキッチンへ出かけていった。プレトはそれに合わせて梱包の準備をした。パッケージも倍の量を作らなくてはならない。作業の合間にクライノートをチェックすると、ワクチンの薬害に効果があったという投稿が増えていた。
『スパイク肺炎ワクチンを食べてからずっと頭が痛かったけど、ムーンマシュマロですぐに治りました!』
『ワクチンでぶっ倒れた親父の口に、ムーンマシュマロ突っ込んだら復活したwww』
『うちのおばあちゃん、ワクチン接種してから朦朧とした入院生活を送っていたのに、ムーンマシュマロで元気いっぱいになったよ! 医者もびっくりしてた。明日には退院できるみたい!』
『ワクチン接種直後から入院中のオレ、兄弟が買ってきてくれたムーンマシュマロ? とかいうやつを食った途端、身体中の痛みが取れた。これで病院食ともおさらばだ!』
『みんなの投稿を見て、自分もムーンマシュマロ食べてみた。スパイク肺炎ワクチンを接種してから現れためまいと息苦しさが、あっさり消えたよ。うすうす気づいていたけれど、これって薬害だったんだね。ワクチン接種してから体調不良を起こした人は、ムーンマシュマロ食べてみるといいかも。普通に美味いし』
投稿をざっと見たところ、ラムネタイプにもシロップタイプにも効果があるようだ。差が出てしまうのではないかと心配していたが、どちらを食べた人も回復しているようで、胸を撫でおろした。
元気になった人のコメントを読むのは楽しい。文面から喜びが伝わってくる上に、それぞれがバズっている。この調子だと、売れ行きはどんどん伸びていくかもしれない。だが、二人で手売りするスタイルでは、国中に行き渡らせるのは難しい。オンラインで売るにしても、作成や梱包は手作業でやるしかない。赤字を覚悟して業務委託するべきかもしれないが、火の車になってムーンマシュマロを作れなくなったら本末転倒だ。
どうしたらいいかな……いや、悩んで手を止めている暇があるなら、少しずつでも手売りした方がいいだろう。売りながら考えればいい。プレトは再び、パッケージを作る作業に取りかかった。
翌日も同じ公園へ赴くと、早朝にも関わらず、既に何人かが行列を作っていた。告知もしていないのに、これだけ注目されるのは奇跡としか言いようがない。みんながSNSに投稿してくれたおかげだ。汗だくになって必死で売りさばくと、昨日とほぼ同じ時間で売り切れてしまった。すぐに帰宅し、明日に備えて準備を進める。
「倍の量を用意したのに、すぐに売り切れたね。もっと作らないといけないな」
「ルリスが過労で倒れるんじゃないかと心配だよ」
「わたしは趣味を兼ねてるから楽しいよ。でも、プレトはしんどそうだよね」
「事務室でデータ入力するよりは断然いい。こっちは直接、人を助けることができるからね。とにかく、コツコツ頑張ろう」
「そうだね。さて、今日も拡散されているかなー」
ルリスがクライノートをチェックしはじめた。体調不良が改善したという新しい投稿をいくつか読み上げ、二人で喜んでいたが、ルリスが急に顔を曇らせ、「うわあ、また出た」と呟いた。
「どうしたの」
「これ見て」
向けられた画面に目をやると、ムーンマシュマロを批判するコメントだった。
「ああ……注目が集まると、必ずこういう輩が出てくるよね。どのジャンルでもアンチは発生するんだね」
「それはそうだけど、ユーザーの名前を見て。〈ゴライアス〉だよ」
「またこいつか! 私たちを陰謀論者呼ばわりして攻撃してきたやつじゃん! 最近は静かだと思っていたのに、また雇われたのかな?」
「きっとそうだよ。製薬会社はクライノートのスポンサーだから、またこういう奴らを雇って、ワクチンの普及を止めようとする勢力を潰そうとしているんだよ」
「こいつら、どれだけ暇なの? 本当に鬱陶しいなあ」
〈ゴライアス〉の投稿を見ると、本当にくだらない内容だった。
『おれの周りに、ムーンマシュマロで体調を崩した人がいる。あんなもの食うな。名前もだせぇし』
「名前、ダサいかな? ワクチンくだしより断然いいと思うけど」
「ただ悪口を言いたいだけだよ。それよりプレト、何か反論した方がいいよ」
「〈プレパラート〉のアカウントで? ものすごい数のアンチが湧いてきそうだけど」
「新しいアカウントを作っても見てもらえないだろうし、フォロワーの多い〈プレパラート〉で反論した方がいいと思う。わたしたちを応援してくれている人たちは、ムーンマシュマロが怪しいものじゃないって理解してくれるし」
「そうだね。よし、ちょっと言い返してみますか」
プレトは〈ゴライアス〉の投稿に返信を書き込んだ。
『ムーンマシュマロを作ったのは私たちです。体調不良とは具体的にどういったものでしょうか? 試作段階で大量に食べた我々はピンピンしています』
相手はどう出てくるだろう。二人で画面越しに、顔の見えない敵を睨みつけた。

(第73話につづく)

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