自民党総裁選で新たに選出された岸田文雄の曽祖父は、中国や台湾と非常に密接な関係である上、祖父に至っては安倍晋三の祖父・岸信介の側近であり、満州で百貨店や不動産事業を営み、暴利を貪っていたことが明らかになりました。
ここ最近、岸田文雄の曽祖父・岸田幾太郎が台湾で呉服店を営んでいたとの情報が大きく報道され、岸田と中華民国(台湾)総統の李登輝とのツーショット写真も公開されました。
しかし、これは岸田家に関するほんの一握りの情報であって、重要な部分から国民の目を逸らすための報道だったことが分かってきました。
実は岸田文雄の祖父・岸田正記は、「満州国」を設立した「岸信介」の側近でした。
「岸信介の回想」(岸信介、矢次一夫、伊藤隆=文春学芸ライブラリー)によると、岸派の一員として岸田正記の名が上がっており、岸本人もその事実を認めています。
――吉本重義さんの『岸信介伝』は岸派として川島正次郎、武知勇記、船田中、永田亮一、中井一夫、南条徳男、岸田正記、飯塚定輔、赤城宗徳、藤枝泉介、田中龍夫をあげています。
岸 その連中はそうだな
岸信介は李家の血筋ですが、「満州国は私が描いた作品だ」と述べていることから、岸は“李家の理想郷”として満州国を建国したことが分かります。
岸信介は、1931年に満州事変を起こし、2年後の1933年3月に「満州国経済建設要綱」なるものを立案しました。
要綱の主な柱として「財閥の排除」と「一業一社主義」が掲げられました。
「一業種につき一社のみ」つまり、満州国で事業を行う場合、その市場を独占できるということで、それは大きな利益を得ることができたに違いありません。
そんな満州国で、1933年に「幾久屋百貨店」を開業したのが、岸田文雄の祖父・岸田正記でした。
○満蒙開拓団「墓標なき8万人の死」と岸田文雄の資産 イスラエル政府はナチの残党を地の果てまで追いかけた!! 日本以外の国で「岸田文雄首相誕生」は絶対にありえない!!
岸信介は、日本の大手百貨店の進出を許さず、自分の側近である岸田を優遇し、百貨店業を任せたわけです。
そして、「幾久屋百貨店」には満州などで製造された様々な品物が一挙に集まるわけですから、儲からないはずがありません。
以上のことから、岸田文雄は、安倍晋三や麻生太郎と同じく、満州人脈の血筋だと言えます。
その後、岸田正記は、日本をさらなる戦争に駆り立て「一国一党独裁」を掲げた「翼賛政治会(1942年結成)」の国防委員長に就任しています。
そして、岸信介も結成から2年程、「翼賛政治会」の党員として活動しました。
日本は、「翼賛政治会」を結成した東條英機らの悪政によって、アメリカから本土空襲を受ける羽目になり、原爆投下でトドメを刺されることになりました。
それによって数え切れないほど多くの国民が犠牲になったことは今さら言うまでもありません。
岸田正記は、翼賛政治会に所属したまま終戦を迎え、公職追放されるも、1953年4月に衆院選で当選し、国会議員に復帰したほか、幾久屋商事の社長や、日本で初めて「マンション」と呼ばれた「穏田マンション」の社長を歴任し、終戦後も大きく栄えました。
そして1957年に「隠田マンション」で、孫の岸田文雄がこの世に誕生したというわけです。
このように岸田文雄は、祖父が満州でボロ儲けしたおかげで、世襲議員として総裁・首相の地位にまで上り詰めることができた“お坊ちゃん”です。
つまり彼は、紛れもなく李家の血筋であり、日本を李家の理想国家に変貌させようとしている超危険人物だと言えます。
彼ら李家は、庶民から奪い、侵略することしか頭にありませんので、彼らのような野蛮人が一刻も早く滅び去るよう、強力にお祈りしなければなりません。
李鵬🇨🇳
李克強🇨🇳
李嘉誠🇭🇰
李光耀🇸🇬
李顕龍🇸🇬
李登輝🇹🇼
李承晩🇰🇷東アジアに根深く刺さる李氏王朝🥶🥶 https://t.co/61iwb0prMM
— おでん☠💉⚠️🙅♂️🦁🔥 (@odn_kn) January 30, 2021
○【自民党総裁選】岸田文雄はシンガポールの初代首相「李光耀」の親戚、かつJAL123便を撃墜した「九鬼家」の血筋である可能性大!!
○李家・九鬼家かつアベ友の「岸田文雄」が自民党総裁に選出 第100代首相就任へ
○李家・九鬼家の血筋である岸田文雄総裁、早くも創価人脈を次々と重要ポストに 幹事長に甘利明が内定 官房長官には松野博一を起用へ
○【岸田内閣は李家=郡馬人脈で固まる】自民党総務会長に福田達夫(福田康夫の息子)を起用 副総裁に決定した麻生太郎も郡馬人脈だった
○満州国へのユダヤ人移民計画が失敗し、パレスチナにイスラエルが建国されるまで。または「河豚計画」が声を大にして語られない理由。
○RAPT×読者対談〈第89弾〉ニューエイジと満州と大本教と蝦夷共和国。背後にいるのは同じ一族。
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