【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第104話・外国からの思いがけない申し出」by RAPT×TOPAZ

【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第104話・外国からの思いがけない申し出」by RAPT×TOPAZ

プレトは、ルリスが渡してくれたマグカップを覗き込んだ。淡い色のコーヒー牛乳が揺れている。一口飲み、番組の内容を反芻した。
一般市民の証言で国立研究所の所長が有罪になるのは、とんでもなくすごいこと⋯⋯というのは分かった。ということは、これまで上級国民たちの罪は揉み消されてきたってことだよね? 所長だけが悪事を働いているとは思えないし。裁かれずにのんきに安穏と暮らしている奴らがいるんだ? 執行猶予が付いたのが気に食わなすぎて、素直になれない。
ルリスがチャンネルを切り替えたが、そこでも所長についてのニュースが報じられていた。余罪を確認している最中だとかなんとか言っている。余罪を洗い出していくうちに、何かの罪で実刑判決になる可能性もなくはないが、あまり期待できないだろう。指示役の所長に対する判決がこの程度なら、実行役の取り巻きたちはどうなるんだろう。キリンパンのように、製薬会社から妨害要員として駆り出された人たちもいるだろうが、そちらもいずれは裁かれるのだろうか。頭の中がモヤモヤしてくる。コーヒー牛乳は甘いが、胸の内は苦い。
「せっかくヒーローになれたのに、浮かない顔だね」
「実刑を勝ち取る役に立てなかったんだもん。全くヒーローじゃないよ。この国の司法は大丈夫なのかな」
「狂ってる⋯⋯とまではいかなくても、大丈夫ではないだろうね」
朝食を終えると、ルリスが携帯電話を取り出した。
「ねえ、知らない番号から電話がかかってきたよ。出たほうがいいかな」
「誰だろうね。一応出てみたら?」
言われた通り、ルリスはひとまず電話に出てみることにした。
「シュヴァリエ国大使館です。プレパラート研究所の番号でお間違いないですか?」
「シュヴァリエ国⋯⋯ですか? 大使館?」
シュヴァリエ国は、海を挟んで向かい側にある国だ。言語が同じだから貿易などで頻繁に交流がある。巨大な橋を渡れば陸路でも行き来できる。かなり遠いし、行ったことはないけれど。しかし、そのシュヴァリエ国大使館が、個人の携帯電話にかけてくるなんて、一体何事だろうか。相手は不安そうに切り出した。
「ムーンマシュマロなどの販売サイトに電話番号が掲載されていたので、電話をおかけしたのですが⋯⋯間違いでしたか?」
「ああ! いえ、合っています。プレパラート研究所の者です。責任者のプレトが隣にいますが、代わりますか?」
「お願いいたします」
ルリスから携帯電話を受け取った。
「お電話代わりました。プレトと申します。シュヴァリエ国大使館の方ですよね。ご要件は何でしょうか」
「そちらで販売していらっしゃるムーンマシュマロとステラグミについてお伺いしたいことがあって、お電話いたしました」
「⋯⋯まさか、うちの製品がシュヴァリエ国の何らかの法に引っかかっていて、国際指名手配になったとか⋯⋯」
「そんなことないですよ! どのように生産なさっているのか伺いたかったんです。クライノートなどを拝見した限り、個人で作っていらっしゃるのかなと思ったのですが」
「はい、個人で作っています。食品担当が二名おりまして、その二名が全てのムーンマシュマロとステラグミを作っています」
「あの量を、マンパワーでですか?」
「完全にマンパワーです。少し前まで食品担当は一名でした」
「すごいですね。それでは、本題なのですが、よろしければシュヴァリエ国内で生産していただけないでしょうか」
「え! ⋯⋯っと、どういうことでしょうか」
急になんだ? 突拍子のない話題に頭がついていかない。目の前にいるルリスも、混乱しているような顔をしている。大使館職員は説明を始めた。
「シュヴァリエ国は元々、国策としてワクチン類を推奨していないのですが、禁止しているわけではないので、接種する人は一定数いるんです。それで、スパイク肺炎ワクチンを解毒できるムーンマシュマロに注目しました。スパイク肺炎ワクチンも、そのうちシュヴァリエ国に入ってくると思いますので、先回りして確保しておきたいのです」
「なるほど⋯⋯こちらで作ったものを、シュヴァリエ国に輸出するというのはダメですか?」
「ダメではないですが、現状を考えると、国民から注文を受けた分を発送するのでお忙しいかなと⋯⋯」
「おっしゃる通りです⋯⋯こちらの国にも行き渡っていない状況です。敵が多すぎるので、国内の工場で大量生産するというのも、ほぼ不可能なんですよね」
薬として治験をすることすら許されなかったのだ。ムーンマシュマロの生産に協力してくれる食品工場が見付かったとしても、事故を装った攻撃でひどい目に遭うだろう。
「ワクチン推奨派と対立しているという感じですかね。それと、生産ラインを提供したいのには、他にもまだ理由があります。シュヴァリエ国にはステラグミも必要なんです。うちの国民もディユに耐性がない体質なのですが、ずさんな業者を介して交易していると、ディユが荷物に紛れ込むことがあります。シュヴァリエ国は、そちらの国と比べて検品が緩いので、流通してしまうんですよ」
「危険ですね」
「すごく危険です。実際にディユを摂取してしまう事故も発生していますので、ステラグミもムーンマシュマロと一緒に生産させていただけないかなと⋯⋯」
「シュヴァリエ国が、ムーンマシュマロとステラグミを所持したい理由は分かりました。不躾ですが⋯⋯プレパラート研究所にとって、何かメリットはあるのでしょうか」
「もちろんです。シュヴァリエ国で生産した分の利益を、きちんと一部分配いいたします。割合は相談して決めさせていただきます。あと、プレパラート研究所さんにとっては、これが一番のメリットになるかもしれませんが、そちらに輸出する分もシュヴァリエ国で生産しても構いません」
「⋯⋯と、言いますと」
「そちらの国でも、ムーンマシュマロとステラグミが安定して供給できるようにいたします。まず、大型スーパーから並べて、徐々にドラッグストアやコンビニにも陳列できればと考えております」
「つまり、マンパワーでどうにかしているという現状が改善できるということですか?」
「その通りです。悪い話ではないと思うのですが、検討していただけないでしょうか?」
「本当ならとても嬉しいです。でも、生産の権利を全てそちらに譲らないといけないとか、そういうことでしょうか? 一旦、シュヴァリエ国で生産したことで、プレパラート研究所で作れなくなるという契約でしたら、お断りします」
「その点はご心配には及びません。あくまでも、ビジネスパートナーとして手を組んでほしいという提案です。もし検討していただけるなら、生産工場の関係者を交えて、一度ビデオ通話をしませんか? 私は中継役で連絡を差し上げただけですので、もっと詳しい人間とお話した方が、ご安心かと思います」
外国の人とビデオ通話か、どうしようかな⋯⋯ルリスを見ると、右手の親指を立てていた。
「分かりました。職員の了承を得てからご連絡を差し上げてもよろしいですか?」
「もちろんです。この番号に、電話かメッセージをいただければと思います。こちらが予定を合わせますので、都合の良いタイミングをご連絡ください」
大使館職員との通話を終えると、ルリスが興奮したように話し出した。
「なんかすごいね! シュヴァリエ国から連絡が来るなんて! 大使館って何するところなんだろう⋯⋯全然わかんないよ!」
「今みたいに連絡を取ったり、交渉したりするんだろうね、きっと。てか、大使館の職員って外交官だよね? かっこよ!」
「プレトは今の話、どう思った? わたしは、ムーンマシュマロとステラグミの供給が安定すること自体はとてもいいなって思ったよ。あとは、利益分配がどうなるのかとか、何かの罠じゃないかとか、そういう心配がなくなれば、安心かな」
「私もルリスと同じ意見だよ。ムーンマシュマロはすでにパクられたことがあるし、原材料はパッケージに明記しているから、レシピを渡すこと自体は気にならないかな。シュヴァリエ国がワクチンを推奨していないっていうのも知れて良かったよ⋯⋯そして何より、供給が安定するっていうメリットが大きすぎる。今のままだと、被害者を助けるのに何年かかるか分からないなって、焦ってたんだよね」
「四人で生産と販売をするのは限界があるからね。チユリさんとビケさんが来たら、どう思うか訊いてみようよ」
しばらくすると、チユリさんとビケさんが出勤してきたので、大使館職員と話した内容を説明した。チユリさんもビケさんもとても驚いていたが、プレトとルリスと概ね同じ意見で、ビデオ通話に参加したいと興奮気味に答えてきた。
所長の判決はプレトたちにとって散々だったが、人生、悪いことばかりではないのかもしれない。四人の都合がつく日時と、代表であるプレトの連絡先を、大使館職員にメッセージで伝えた。期待しすぎてはいけないと思いつつ、プレトは小さくガッツポーズした。

(第105話につづく)

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