
分身できる薬を作ってくれと、ルリスが懇願してくる。手を握られても作れないものは作れないよ⋯⋯途方に暮れていると、チユリさんがこちらの様子を見にきた。
「ふふふ。そんなにくっついちゃって、仲良しね」
「それが、大変なんですよ」
研究所の活動と裁判の準備を両立させるのが難しいと、チユリさんに相談した。
「確かにこの人数では厳しいわよね⋯⋯ディユの粉末をくれたビケさんはどうかしら」
「食品研究チームの人ですよね」
「うん。こちらに来たがっているし、一人暮らしで融通が利くとも言っていたわ。それに、調理師免許と栄養士の資格を持っていたはずよ」
「本当ですか! もし来てもらえるなら、すっごく助かります。ビケさんにムーンマシュマロとステラグミを作ってもらえれば、プレトと一緒に裁判の準備ができますし、裁判が終わったら作業効率が跳ね上がります!」
ルリスが食いついた。
「ルリスさんの負担が軽くなっていいわよね。プレトさんはどうかしら?」
「ぜひ来てもらいたいです。万が一、ディユの粉末をこちらに渡したのがビケさんってバレたら、35日のスパイに大変な目に遭わされるかもしれませんし、今のうちに移籍してもらった方がいいようにも思います。今日から来ていただいても構いません」
「わかったわ。今日は研究所が休みだから、連絡を取ってみるわね」
チユリさんは席を外し、しばらくすると嬉しそうな表情を浮かべて戻ってきた。
「ビケさん、とっても喜んでいたわよ。これからこちらに来てくれるって言っていたわ」
「こんにちは! おじゃまします、ビケです」
到着したビケさんに事情を話し、ムーンマシュマロなどの作成を頼みたいと伝えると、彼はパッと顔を輝かせた。
「作っちゃっていいんですか、ムーンマシュマロ! でも、わたしがレシピを知ったらまずいですか? 敵に拷問されたら間違いなく喋ってしまいますよ」
「拷問される前に喋っちゃってください。原材料はパッケージに明記していますし、儲ける目的で作っているわけじゃないので大丈夫です。というか、既に35日にパクられていますし。レシピはルリスが伝授します」
「よろしくお願いします。キッチンへどうぞー」
ルリスとビケさんはキッチンで作業を始めた。レシピを見ながらチュートリアルをしているのだろう。料理好き同士で気が合うらしく、すっかり意気投合している。二人の楽しそうな顔を見て安心した。
「四人いると役割分担ができていいわね。食品以外に作っておくものはあるかしら」
チユリさんが尋ねてきたので、プレトは答えた。
「ムーンマシュマロに使うムーン液がだいぶ減ってきたので、作っておいた方がいいかもしれません」
チユリさんと共に、虹とカスタードルフィンの真珠でムーン液を作ることにした。
「この量の虹で、こんなに沢山できるのね」
「ハロからだと、さらに大量に採れますよ。エネルギー効率が良すぎてなかなか減らないんです。同じ虹からパラライトアルミニウムも抽出しているのに、まだあんなに残っているんです。なくなる気配がありません」
「あれだけ騒がれていたパラライトアルミニウムの枯渇問題って、なんだったのかしらね。ありえないわよね」
「ウソもほどほどにしてほしいですよね」
完成したムーン液を清潔なポリタンクに移していると、ルリスとビケさんが顔を覗かせてきた。大量の製品を抱えている。
「二人で作るとこんなに効率がいいんですね、感動しちゃいましたよ」
ルリスは喜んでいる。
「お菓子作りができるなんて最高ですよ。食品の作成と研究がしたくて食品研究チームに入ったのに、仕事内容が思ってたのと全然違くてがっかりしていたんです。プレパラート研究所は天国ですね」
その後、注文を受けていた分を四人で梱包すると、あっという間に終わってしまった。ルリスと二人で活動していた頃がウソのようだ。プレトは話しかけた。
「ビケさんは、いつからこちらに移籍しますか? ビケさんがいらっしゃると、ものすっごい助かるので、私たちは今日からでも大歓迎です。向こうに長居してると、悪い奴らが何をしてくるか分かりませんし、早い方がいいかなって思います」
「いいんですか? もう、ディユ関係の仕事をさせられるのがイヤでイヤで堪らなくて⋯⋯どう考えてもサマーブロッサムじゃないのに、無理やりウソをつかされる環境に耐えられそうにないんです。最後の偵察も兼ねて、明日は普通に出勤して、退職届けを出してこようと思います」
「それなら、今日作ったステラグミを持って行ってください。食品研究チームでは、ディユの粉末が試供品として配られたんですよね? 体調を崩している人がいるかもしれないので、渡せそうだったら渡してみてください」
「でも、誰が35日のスパイか分からないんです⋯⋯ステラグミがきっかけで、プレパラート研究所にイヤがらせをする人が出てくるかもしれないです」
「スパイに渡しても大丈夫ですよ。イヤがらせされることになっても、パクられても構わないので、とりあえず受け取ってくれそうな人に譲ってあげてください。こんなことでビビってたら、助けられる人も助けられなくなります」
「おお、なんて寛大な⋯⋯わかりました。できるだけ配ってきます!」
日が暮れる頃、チユリさんとビケさんが帰宅した。
「二人が来てくれて本当によかったね。作業の分担ができたから、いつもより体力に余裕があるよ」
プレトは空中をパンチして見せた。
「わたしも元気だよ。裁判の準備、少し進めようか」
「そうだね。えーっとまず、突然命令書が届いて⋯⋯パラライトアルミニウムの枯渇問題を解消するために、一人でレインキャニオン行くように言われて⋯⋯イヤイヤ出発して⋯⋯」
「わたしが追いかけてって、合流して、ウチワモルフォを回避して、クリームちゃんに会って、変な警官に罰金取られて⋯⋯」
二人で冒険の行程を振り返った。ルリスが写真や動画を撮ってくれていたおかげで、それらを見ながら思い出すことができた。
「キリンパンとフーイが合流して⋯⋯裏切られて、ドクププに刺されて⋯⋯ルリスが一晩中祈ってくれて⋯⋯忙しすぎて思い出すことなかったけど、色々とんでもない目に遭ってるな」
「あのままプレトが死んじゃってたら、わたし何してたか分かんないよ⋯⋯でも、こうして振り返らないと怒りが思い出せないくらい、落ち着けてよかった。くだらない奴らをずっと恨みつづけることになったら、人生がダメになっちゃいそうだし」
「そうだね。恨む価値もないような奴らに、脳のメモリを割くのはバカらしいもんね。闇堕ちしなくてよかったよ」
翌日の夕方、ビケさんから喜びのメッセージが届いた。ステラグミを数人の同僚に渡すことができたらしい。退職届けも即座に受理され、明日からプレパラート研究所の一員になってくれるとのことだった。普段なら、退職届けを出した時点で引き留められたり、引き継ぎのためにしばらく残るよう言われるはずだが、所長の逮捕や先日のムイムイハリケーン被害、SNS上の情報から来るクレームへの対応などに追われて引き留める余力が残っていないのかもしれない。こちらにとっては好都合だ。
その次の日、ビケさんはこちらに出勤しはじめた。
「プレパラート研究所は、わたしを加えて四人になったんですね。四天王みたいでかっこいいです。わたしが四天王の中で最弱ですね」
「強さとかあるんですか。ビケさん面白い」
プレトは思わず笑った。
「プレトさんとルリスさんは、裁判の準備を頑張ってね。販売とか諸々の作業は、私とビケさんがやるから安心してね」
チユリさんとビケさんにバトンタッチし、ルリスと共に裁判の準備を進めることにした。思い出しながらどんどん書き起こしていく。冒険の序盤なのに出来事が多すぎる。中間報告として、検察官のバイマトさんにメッセージで送った。少し経つと、バイマトさんから電話がかかってきた。
「最初からヤバすぎませんか? 前回の裁判で話していた命令書っていうのは、このことなんですね。この時点でありえないレベルのパワハラですね」
「現物も持っているので、証拠になるかなと思います」
「なりますね。何が役に立つか分からないので、写真や動画も消さずにそのまま持っていてください⋯⋯このあとも色々起こるんですよね?」
「はい。全ての出来事について、所長のせいという証拠があるわけではないですが、大抵のことには関わっているのかなと⋯⋯」
「よく帰ってこれましたね。豪運だ。それに、クライノート見ましたけど、ディユを解毒するグミも作ったらしいじゃないですか。すごいですね」
「ただ運が良かったというか、奇跡というか⋯⋯SNS上では『ステラグミを売るためにお前がディユを広めたんだろ』とか言ってる人もいるんですよ。マッチポンプなんかするわけないのに」
「そういう人は嫉妬してるだけかもしれないですよ。降ってきた運を掴めるのは、常に努力して準備している人だけですから、胸を張ってください。お時間のあるときに、また進ちょく送ってくださいね」
バイマトとの通話を終えると、ルリスが張り切りだした。
「いいこと言ってもらえたね! がんばろ、裁判の準備!」
「うん。でも緊張する⋯⋯法廷で喋るとかしんどい⋯⋯」
「練習すればできるよ」
「もっと励まして」
「甘えん坊か!」
ルリスに頭をわしゃわしゃと撫でられた。
(第101話につづく)
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