【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第91話・突然のガサ入れ」by RAPT×TOPAZ

【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第91話・突然のガサ入れ」by RAPT×TOPAZ

翌日、警察署に向かうルリスを見送るために、プレトは玄関に立っていた。フラットシューズを履くルリスの背中が小さく見える。
「それじゃあ、行ってくるね」
立ち上がり、振り返ったルリスが顔の横で小さく手を振った。
「うん、行ってらっしゃい」
そう声をかけたが、ドアを開けかけたルリスの手を咄嗟に掴んでしまった。
「ねえ、やっぱり私も行こうかな。一人で行かせるの、心配だよ」
「このやり取り、この前やったばっかりだよ? 今度はデザート号を操縦するわけでもないし、大丈夫だよ」
「うーん、でも、警察も私たちの味方をしてくれるわけじゃないし、何かされるかも」
「警察がイヤがらせをしてくるとしても、さすがに署内ではやらないんじゃない?」
「まあ⋯⋯そっか⋯⋯」
「もうタクシーが到着しているから、行かなくちゃ。帰りもタクシーだから心配しないで」
「うん。誘拐されないようにね」
「ふふふ、わたしのGPSチェックしておいて。行ってきまーす」
「行ってらっしゃい」
今度こそ見送った。そわそわして落ち着かない。ルリスに何かあったらどうしようという考えが頭にこびりついて離れない。家の中を落ち着きなく歩き回ったが、こんなことをしていてもルリスを守れるわけではない。そう考え直し、注文が入っている分を梱包することにした。今日は洗剤とラピス溶液が多いようだ。携帯電話にルリスの位置情報を表示し、手元に置いたまま作業した。ルリスのGPSは警察署から動いていない。とりあえず無事に到着したようだ。
それから数時間後、生き物たちの世話をしていると、ルリスのGPSが動きはじめた。不審な動きはないか固唾をのんで見守ったが、ルリスは何事もなくタクシーで帰ってきた。
「ただいまー。疲れたよー」
表情がしおしおしている。
「思ったより長かったね」
「今までされたイヤがらせのこととか、今の活動内容とか、細かく話したの」
「一通り話すだけだとこんなにかからないよね。何かあったの?」
「何もないけど、同じ話を別の人にもしなくちゃいけなくて⋯⋯3人に話したから時間がかかっちゃったの」
「なんだそれ、取り調べ自体がそうなのかな。それとも、疲れさせるための作戦かな」
「どっちにしろ、わたしがウソをついていないか確認している感じはあったよ。ボロが出るんじゃないかと期待していたのかな。あとね、断言していたわけではないけれど、なんか⋯⋯プレトが生きている前提で話している感じがしたよ。警察だから、プレトの安否なんてすぐに分かるだろうけどさ、わたしにプレトのことを訊くわけでもなく、濁して話している気がして⋯⋯うまく説明できないけれど、気持ち悪かった」
「なるほど。こっちは全部知ってるんだぞって仄めかしてるのかな」
「可能性はあるね。SNSについては、所長とか製薬会社に対しての誹謗中傷にあたる可能性があるから、また話を聞くかもしれないって言われた」
「えーっ、あれが誹謗中傷なわけないじゃん。危険物を広めてる危険人物をお知らせしただけなのに」
「だよね。だから、『わたし達の投稿に対するアンチコメントのほうが誹謗中傷なんだから、そっちを注意してほしい』って話したら口ごもってたよ」
「正論には言い返せなかったか」
「あ、最後に若い警官が見送ってくれたんだけど、ムーンマシュマロで体調不良が治ったって教えてくれたよ。公園で売ってたときに買ったみたい」
「へえ!」
「〈プレパラート〉の投稿を見ていたから、スパイク肺炎ワクチンに抵抗があったらしいんだけど、上司からの圧力がひどくてワクチンを食べちゃったんだってさ。助けてくれてありがとうって言われた」
「もしかして、新人はまだ毒されきっていないのかな」
「わたしの取り調べをした警官はベテランっぽかったし、若い人はあまり影響を受けていないのかもしれないね。もちろん、若い警官全員が正常とは言い切れないけどさ」
「一枚岩じゃないってことが分かってよかったね」
「うん。ボロが出なかったから、あっちにとっては消化不良だと思う。これから何されるか分からないから、いつも以上に気をつけたほうがいいかも」
「了解。一人で行かせてごめんね、ありがとう」
「どういたしまして! ところで、プレトの携帯、鳴ってない?」
テーブルに置いた携帯電話に目をやると、画面に『チユリさん』と表示されていた。電話に出ると、チユリさんがこう第一声を放ってきた。
「昨日、法務省勤めの友だちについて話したでしょ? 新しい研究所を設立できるように協力してくれるみたいよ」
「ほんとですか!」
「うん。予想通り、管理職に就いているみたい。〈プレパラート〉の投稿も見たことがあるって言っていたわ。たくさんバズっててよかったわね」
「はい! でも、お友だちさんにもリスクはありますよね? 協力してもらえるのは有り難いですが、大丈夫なんでしょうか」
「正直に話すと、最初はちょっと渋っていたわ。けれど、私がレポートを手伝ってあげたおかげで学校を卒業できたっていうのもあるし、こっちの話に乗ってくれることになったの」
「おお⋯⋯人助けがここにきて効いたということですね」
「そうよ」
チユリさんは楽しそうにクスクスと笑っている。
「そうだ、今日、ルリスが警察署に行ってきたんです」
プレトが一連の流れを説明すると、チユリさんの声色は少し曇った。
「所長⋯⋯本当に往生際が悪いわね。ケーゲル密売の責任も部下に押し付けるし⋯⋯こうなったら、最後まで力を合わせて頑張りましょう」
チユリさんの声が覇気をまとった。
「お友だちさんに、お礼として洗剤とムーンマシュマロとパラライトアルミニウムを贈りたいのですが、チユリさん宛てに発送してもいいですか? チユリさんの分も入れるので、よかったら使ってください」
「えー、ほんと。嬉しい! ありがとう! 進展があったらまた連絡するわね。プレトさんたちも、遠慮しないで連絡ちょうだいね」
チユリさんとの通話が終わり、プレトは大きく息を吐いた。
「ふーっ。イヤなことと良いことが同時に起こったぞ。脳が揺さぶられるー。これって⋯⋯どうなるのかな」
そう言いながらルリスを見ると、彼女は首を傾げていた。首の筋がつってしまうのではないかと心配になるくらいの角度だ。ルリスも先が読めなくて困惑しているのだろう。プレトは続けた。
「所長の判決が出るか、私たちの無罪が証明されるか、新しい研究所ができるか⋯⋯敵が問題を起こしまくるから、こんなややこしいことになるんだ。私たちが何したって言うんだよ!」
プレトは子供のように地団駄を踏んだ。その足音に驚いた生き物たちが一斉に飛び跳ねる。ごめんごめんと平謝りしておやつを与えた。ルリスはブツブツと口の中で喋りながらリビングを往復していたが、急に立ち止まり、天井に向かって大きく腕を広げた。
「とにかく、新しい研究所はできてもらわないと困る! これ以上スパイク肺炎ワクチンが広まらないようにしないと! ディユの解毒剤とかも作れるのか試したいし⋯⋯でも、二人だと手が回らないです。チユリさんのお友だちさん、頑張ってください! お願いします、全部助けてください!」
「どうしたの」
「祈ってる! 一般市民がこんないざこざに巻きこまれて、まともに対処できるわけがないんだよ」
ルリスは広げていた両腕を閉じ、顔の前で両手を組んだ。
「確かに、裁判中の被疑者から訴えられるとか意味わかんないもんね。よし、祈ったら寝よ! それで、明日からも元気に頑張ろ!」
プレトも同じ体勢をとった。


翌日、ルリスに揺さぶられて目を覚ました。
「んあ、なんですかあ」
覚醒しきっていないまま尋ねた。
「警察が来てるんだけど!」
「あーん、はいはい、警察ね⋯⋯け、警察!」
マンガでもなかなか見ないようなリアクションで飛び起きた。時計を確認すると、とっくに人々が活動を開始している時間だった。寝坊だ。時間的には、警察が来ても不思議ではない。不思議なのは、来る理由だ。プレトが目を覚ましたのを確認して、ルリスが説明してくれた。
「昨日の続きで、所長に対する誹謗中傷の件らしいよ。パソコンとか、家の中とか見せてくれって言われた」
「えーっ、アポなしで来るもんなの?」
「上級国民が絡んでいるから横暴なのかな。任意だけど、やましいことがないなら応じれるよね? って言われた」
「しかも、パソコンを見たいなんて、違法捜査すれすれだよね。本人の同意がないと、パソコンの中は見られないはずだよ」
「そうなの?」
「しかも、私は死んだことになっているから、私の同意は永久に得られない」
「やっぱりまだ生きていると分かっているのかな」
「最悪の目覚めだ。迷惑行為で警察を訴えたいくらいなんですけど」
「どうしよう。プレトはここに隠れているとして、応じる? 追い返す? ちなみに、来ているのはベテラン勢だと思う」
「うわあ⋯⋯追い返したいけど、あいつらのことだから帰らなさそう。きっと、この案件がうまくいかないとペナルティがあるから必死なんだよ。パソコンの件は、『本人の同意なく見るのは違法捜査だ』って反論してみてくれるかな」
「了解。うまいことやっておくね」
ルリスは右手の親指をグッと立てて見せると、玄関へ向かった。さすがに寝室は覗かれないとは思ったが、念のため、プレトはベッドの下に身を隠すことにした。トイレに行く暇もないなんて、全くついていない。

(第92話につづく)

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