【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第86話・チユリさんの提案 」by RAPT×TOPAZ

【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第86話・チユリさんの提案 」by RAPT×TOPAZ

プレトは洗剤を作りながら、自分たちの研究所について考えた。『研究所』と名乗る分には自由だし、研究所を名乗ることで得られるメリットは何かしらあるだろうが、目をつけられる原因を増やしてしまいかねないのが気がかりだ。後から「コソコソ活動していればよかった」と後悔することだけは避けたい。
「でもなー。研究所って、いい響きだよねー」
一人で喋りながら洗剤をかき混ぜていると、背中をつつかれた。ルリスが空いているポリタンクを持ってきてくれたのだ。振り返ると、ニヤニヤした顔が目の前にあった。
「自分の研究所が欲しいんでしょ? 素直になりなよ」
「自分のじゃなくて、私たちのね。でも、欲を出して失敗するのはイヤなんだよね。ケーゲルの密売をしていた所長とは同じ土俵に立ちたくないしさ」
「わたしたちは人助けをしているんだから、所長と同じ土俵に立つことはないよ」
「まあね」
「そういえば、所長ってどうなったのかな。捕まったきり、なんの情報もないよね」
「こまめにニュースをチェックしてはいるけど、所長に関するニュースは見かけたことないし、部長補佐からも連絡はないし⋯⋯でも、私たちの知らないところで、こっそりと裁判をしてたりして」
「確かにそうかも。判決が出るまでは公にしないつもりなのかも知れない」
「だとしたら、いかにも上級国民らしい待遇だね。庶民なんて、捕まったら大した事件でもないのに、お茶の間の話題にされるっていうのに」
浴槽内の洗剤をポリタンクへ移していく。一旦、ポリタンクに詰めてから、販売用の容器に移し替える作戦だ。浴槽の底にほんの少し残った洗剤を利用し、風呂場を掃除した。スポンジで軽く擦るだけで、みるみるきれいになっていく。
「おー、ぴかぴかだ! お風呂用の洗剤としても使えるの?」
「人体に害があるような混ぜものをしていないから、使えるね。飲む以外なら大丈夫かも」
プレトは質問に答えた。
「それってすごい! いい宣伝の方法はないかな」
二人でポリタンクを抱えてリビングへ戻ると、スカイフィッシュがカーテンの隙間から外を見ていた。プレトも近付き、カーテンを少しだけめくった。すると、何者かが庭に侵入しているのが分かった。全身黒ずくめで、パーカーのフードを被っている。サングラスにマスク、手袋をしていて、不審者のお手本のような格好だった。顔や年齢は分からないが、背格好からして男であることは間違いない。
「ルリスルリス、来て来て来て」
小声で叫びながら、左手で『こっちに来て』というジェスチャーをした。
「なになになになに」
素早く近付いてきたルリスに庭の様子を見せると、化け物に遭遇したかのような顔で口に手をあてた。
「不審者、また来たの? 普通、一日に二回も来る?」
ルリスはそう言いながら、携帯電話で録画を始めた。
「普通じゃないから不審者なんだよ」
「見て、カラースプレーを持っているよ。落書きするつもりなんだ。止めに行く?」
「いや、落書き自体は全くダメージないから、このまま録画して証拠を抑えよう。突撃するのは少ししてからでいいかな」
「了解⋯⋯うわー、始まった」
今度はホワイトのスプレーでレグルスに落書きを始める。文字ではなく、ただの螺旋を描いているようだ。ひたすらぐるぐるとスプレーを動かしている。不審者がフロント部分にも落書きを始めたとき、二人は庭に飛び出した。ルリスに録画を続けてもらい、プレトが声をかけた。苛立ちは隠さなかった。
「ねえ、人んちで何してんの」
不審者の肩がビクンと跳ねる。こちらを一瞥すると、何も言わずに走り去った。
「すんごい腹立つなあ。なんなのあいつ。このレグルス、見た目はイカれてるけど、私たちの愛車なんだぞ」
プレトは特大のため息をつき、足元の小石を蹴飛ばした。
「よし、プレトが映らないように撮れたよ。気分は悪いけど、証拠はゲットした」
「それじゃあ、できたてホヤホヤの洗剤で洗車しちゃいますか」
「ちょっと待って。せっかくだから、洗車する様子を撮影したらいいんじゃない? 洗剤の宣伝になりそう」
「ルリス、天才じゃん。イヤがらせを逆手に取って、利益を生み出す作戦だね」
プレトはリバースパンダの着ぐるみを身につけ、レグルスを洗車した。途中、プレトが洗剤で足を滑らせ、着ぐるみのまま後頭部を地面に打ちつけてしまった。撮影していたルリスが笑いすぎて、携帯電話を落としていた。仕切り直して洗車すると、レグルスは元通りきれいになった。
「バッチリ撮れたよ。完璧! 面白いところも撮れたし、不審者の動画と組み合わせられないかな」
「〈アネモネ〉に相談してみようか」
〈アネモネ〉に動画を送り、事の次第を伝えると、快く引き受けてくれた。お礼として、ガーデンイール牧場宛てに洗剤を送る約束をした。
〈アネモネ〉の動画を待っている間、家の中で、洗剤を販売用の容器に移し替えた。パラライトアルミニウムはスポイトでチマチマ移さなくてはならなかったが、今回は漏斗が使えるからとても楽だった。
作業を終えて休憩していると、〈アネモネ〉から完成した動画が送られてきた。トリミングして組み合わせるだけだったから簡単だったらしい。不審者が落書きする様子から、レグルスがきれいになる様子まで、テンポよく短い動画に収まっている。
「さすが〈アネモネ〉さん、仕事が早い! ちゃんとプレトが転んでるところも入れてくれてるよ」
「ちょっと恥ずかしいんですけど。でも、顔が出ていないからいっか。このまま洗剤の宣伝に使わせてもらおう」
〈アネモネ〉が作成してくれた動画を各SNSに投稿した。洗剤は市販品と同じ価格帯にし、パラライトアルミニウムのショップでも、ムーンマシュマロのショップでも販売することにした。
「私たちって何屋さんなんだろうね」とプレト。
「なんだろう⋯⋯よろず屋?」
「言えてる」
しばらくすると、プレトの携帯電話にチユリさんから電話がかかってきた。電話に出ると、楽しそうな声が聞こえてきた。
「洗剤の動画、見たわよ。不審者は腹立つけど、着ぐるみが転んでいるところで笑っちゃったわ。あれってプレトさんよね?」
「バレちゃいましたか」
笑いながら答えた。チユリさんは、ルリスの歌や雲の動画も観てくれたらしい。
「ラピス溶液で雲を固めることができるの?」
「はい。かければ固まります。食べることもできます」
「えっ⋯⋯雲を食べるの? ⋯⋯えっ?」
困惑しているようだ。
「ルリスも最初、そっくりなリアクションをしてました」
「まあ、普通は驚くわよね⋯⋯最近発見した現象なのかしら」
「レインキャニオンへ向かう前には既に発見していました。ただの趣味ですし、パラライトアルミニウム研究チームには関係ないので、特に報告はしていませんでした」
「そうだったの。あの頃は所長もいたし、プレトさんの発見を横取りされていたかもしれないから、報告しなくて正解だったと思うわ⋯⋯それにしても、もう一人前の研究者ね。今は研究所に縛られていないわけだし、プレトさんの研究所を作ったら?」
「あ、それ、ちょうどルリスと話していたところでした。でも、二人だけだし、研究所を名乗る意味があんまりないような気がして⋯⋯」
「なるほどね。それなら、私も参加しちゃおうかな」
「え、チユリさんがですか?」
「倉庫番は平和だけど、退屈なのよ。せっかく勉強して研究職に就いたのに、倉庫内をウロウロ歩き回っているだけじゃつまらないでしょ。プレトさんやルリスさんと一緒に活動できたら楽しそうね」
「それは⋯⋯そうなったらすっごく嬉しいです」
チユリさんと一緒に活動できるかもしれないなんて、幸運が巡ってきたのか?
「所長が逮捕されてから、研究所内がめちゃくちゃになったけど、そのせいで気が滅入っている人がちらほらいるのよ。未だに所長のことでクレームの電話が来たりするから、部署に関係なく対応に追われているみたい。仕事にならなくて困っている職員もいるのよ」
「そうなんですか」
「あとね、プレトさんのことをこっそり応援している人も結構いるみたいよ」
「本当ですか? この前まで針のムシロだったのに」
「行方不明で死亡説が浮上しているってことになっているけど、ムーンマシュマロに解毒効果があることとか、〈プレパラート〉の活動内容とかから、身を隠して頑張っているんだろうなって推測しているみたい」
「勘づいた人がいるんですね」
「プレトさんに反対する声が大きいから掻き消されてるだけで、ちゃんと味方がいるのよ」
「それは、素直に嬉しいです」
隣にいるルリスが目配せしてきた。「よかったね」と言いたいのだろう。
「もし、仲間が増えることを前向きに考えてくれるなら、二人と気が合いそうな人たちに声をかけてみてもいいかしら? もちろん、口が硬い人だけを選ぶつもりよ」
ルリスを見ると、何度も頷いていた。プレトはチユリさんに話した。
「私たちだけでは限界があるので、ぜひお願いしたいです」
人手が増えることに不安はあったが、新しい試みを試すべきだと直感で思った。

(第87話につづく)

コメントを書く

*
*
* (公開されません)

Comment