【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第71話・大好評のムーンマシュマロ」by RAPT×TOPAZ

【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第71話・大好評のムーンマシュマロ」by RAPT×TOPAZ

ルリスが保健所から帰ってきた。
「ただいま。製造許可の申請ね、すぐに通ったよ。パンデミックとかワクチン騒ぎのせいで閑散としてるみたい。タイミングよかったー」
「順調だね。これ見てくれる?」
ルリスに派手なレグルスの写真を見せると、目を皿のように丸くした。
「このレグルス、社用じゃなくて個人用だよね。これに乗っていた人がいるっていうの? 信じられないよ」
「そして、これからは私たちが乗ろうかなと。これだと、普通に走るだけで注目を集めることができるし、マシュマロの宣伝としてはちょうどいいと思うんだ。しかも値段が安い」
「正気なの?」
ルリスはしばらく画面を見詰めていたが、やがて口を開いた。
「まあ……これだけ派手だと、かえって嫌がらせされにくいかもね。イマイチだったらペイントし直せばいいし。4人乗りだから車内に余裕があっていいかも」
「いいの? 本当に?」
「プレトがいいならいいよ。それなら、マシュマロのパッケージもレグルスと同じ柄にしてみる? プリントしたシールを貼れば簡単にできるよね」
「いいアイディアかも。明日、レグルス屋で購入手続きしてきてくれる? ルリスの名義にしていいよ」
「了解。じゃあ明日の私のミッションは、レグルスの購入と、レンタルキッチンでのマシュマロ作りだね」
「私はその間、パッケージの準備と、パッケージに貼る成分表示のステッカーを印刷するか……今さらだけど、原材料に虹とカスタードルフィンの真珠が入ってるなんて、とんでもないよね。本当に食べてくれるかな」
「栄養士監修って書けば大丈夫だよ。思ったんだけど、最初は採算度外視で、試食として配って歩くのはどうかな」
「そうしよう。目的は人助けなんだから、何より知ってもらうことが最優先だしね。商品名はルリスに考えてもらってもいい?」
「いいけど、プレトはアイディアないの」
「”ワクチンくだし”かな」
「ワクチンくだし? もしかして、虫下しみたいなノリのネーミング? ちょっとそれは……怖すぎるかな……ムーン液入りのマシュマロだから、シンプルに『ムーンマシュマロ』はどう?」
「それでいこう」
翌日、ルリスを見送ってから、ひたすらパッケージの準備をした。生き物たちを寝室へ集め、リビングで黙々と作業をする。昨日の時点で、食品梱包用のビニール袋をルリスが用意してくれていたので、それに合わせたシールを自宅のプリンターでどんどん印刷した。極彩色のストライプ柄が次々と出てくるので、目がチカチカする。テーブルの上に小山ができるほど印刷すると、成分表示とフレーバーのステッカーも同量印刷した。シールとステッカーをひたすらビニール袋に貼っていく。終わる頃にはヘトヘトに疲れていた。特注の袋を業者に注文すればいいのだろうが、予算はできるだけ抑えたい。
帰ってきたルリスを出迎えると、異彩を放つレグルスが庭に停まっていた。
「わたしたちの物になりましたー! ねえ、意外と悪くないと思うんだけど、どお?」
ストライプのレグルスは、画像で見るよりもおもちゃ感が強かった。よく言えば愛嬌がある。
「本当にこれを買うのかって、お店の人に何度も確認されたよ。引き取ってくれてありがとうって感謝された」
「ずっと売れ残っていたんだろうね……てか、よく一人でこんなに作ったね。梱包、頑張ろう」
ルリスから大量のムーンマシュマロを受け取った。エプロンと手袋、マスクは着用するつもりだが、頭はどうしようか。三角巾では不安だ。クローゼットを漁ると、水泳帽が2つ出てきた。たまにプールへ行きたくなるから買っておいたものだが、2つもある理由は覚えていない。全てを身につけたルリスを見て、脇腹が痛くなるほど笑った。ルリスもこちらを見て同じように大笑いしている。二人して身体を震わせながら、シールとステッカーを貼ったビニール袋にマシュマロを詰めていった。梱包作業が一通り終わると、ルリスは伸びをしながら時計を見た。
「もう夕方前か……今なら公園に親子連れが残っているかも。早速、配ってこようかな。プレトは留守番しててね」
「一応、ルリスも顔を隠しておいたほうがいいんじゃない? 所長の手先に狙われるかも」
「マスクしていくから大丈夫。それに、レグルスがあるから追われても簡単に撒けるよ。心配しないでね」
装備をはぎ取ったルリスは、買ったばかりのレグルスで出かけていった。そして、数時間後に帰ってきた友人は、なぜか大きな箱を抱えていた。
「その箱は?」
「えーとね……まず成果についてだけど、あまり注目してもらえなかったから、数個しか配れなかった」
「こんなに派手なレグルスなのに? いや、派手すぎて近付きたくないとか? それともやっぱり、原料が虹だと不安なのかな」
「そういうわけじゃなくて、なんかみんな、『ふーん』って感じだった。単純に興味がないというか」
「なるほどね」
「だから作戦を変更して、プレトも一緒に行ったらどうかなって」
「でも私は、ネットで個人情報を拡散されてるし、姿を見られるとルリスにも危険が及ぶかも」
「姿を見られなければいいよね。というわけで、これを買ってきたよ」
ルリスが箱を開けると、遊園地などで見る着ぐるみが入っていた。しかも、リバースパンダのデザインだ。
「うわ! 追いかけられた記憶が蘇ってくる!」
「プレトにちょうどいいサイズがこれしかなくて。わたしがレグルスで空中散歩をすれば、注目されるでしょ? その間、プレトがキグルミを着て、地上でムーンマシュマロを配ってくれれば効率がいいと思うの」
「……」
「イヤなら無理強いはしないし、キグルミは返品するけど……」
「やるよ。みんなの顔見て、自分で直接渡したい。明日いい感じに注目されたら、明後日あたりから販売できるかもね」
あくる日、プレトはリバースパンダの着ぐるみを着て、助手席に座った。顔を隠すために、外にいる間はこれを着ていなければならない。移動中、操縦しているルリスが呟いた。
「すれ違う人たちが、みんなこっちを見ている気がする」
「でしょうね。もし不審者として通報されそうになったら、さっさと逃げよう」
大きな公園に着くと、普段よりも多くの人がいた。公園内のどこかで何かのイベントを行っているらしい。イベントに影響を及ぼさない場所へと移動し、持ってきたムーンマシュマロをレグルスから降ろすと、ルリスがいきなりレグルスに乗ったまま空中散歩を始めた。プレトの頭上数メートルのところをゆっくり旋回している。
「見て! レグルスが飛んでるよ」
こちらに気づいた子供たちが空中を指さしはじめた。大人たちは、ルリスの乗ったレグルスを視界に収めると、驚愕を顔に貼り付け、口をパクパクと開閉した。驚きすぎて腰を抜かしたのか、尻もちをついた人もいる。着ぐるみ越しにその様子を見ながら、自分が初めてルリスに空中散歩を見せられたときのことを思い出した。驚きのあまり悲鳴をあげ、その晩は、ルリスがレグルスごと墜落する悪夢にうなされたものだった。正気を取り戻した人たちが、一斉にレグルスに向けて携帯電話を向けた。撮影を始めたようだった。SNSに載せてくれたら好都合だ。プレトは子供たちに向けて手招きをした。近付いてきた子供たちにムーンマシュマロを手渡していく。
「プレゼントだよ。おうちの人と一緒に食べてね」
遠巻きに見ていた子供たちも駆け寄ってきた。食べ物をもらえると察したようだ。大人たちも恐る恐るといった様子で近付いてくる。プレトは新商品の試食を配っていると説明し、「美味しかったら、ぜひSNSに投稿してください」と言って手渡していく。この中にもワクチン接種者がいるはずだ。元気なうちに食べてくれれば、病気を発症せずに済むだろう。家に帰るまで待てない子供たちが、おいしいおいしいと言って食べはじめた。それが宣伝となり、大量に持ってきたムーンマシュマロはあっという間に残り僅かになった。
そのとき、カメラを首から提げた人に声をかけられた。イベントの取材に来ていた地元紙の記者だそうだ。こちらの賑わいが気になったので、簡単なインタビューをしたいとの申し出だった。着ぐるみのまま答えるのは困難なので、ルリスに空から降りてくるよう合図を送り、インタビューに対応してもらう。簡単にではあるが、SNSで宣伝をしてもらえるらしいので、残りのムーンマシュマロをサンプルとして渡した。その結果、全て配り終えることができた。

帰宅したプレトは何よりも先にキグルミを脱ぎ、汗で身体に貼りついた服を着替えた。サウナよりも汗をかいたかもしれない。携帯電話を触っていたルリスが喜びの声をあげた。
「クライノートにムーンマシュマロの投稿が結構あるよ!」
どうやら味は好評らしい。ほとんどの投稿に、レグルスが飛んでいて驚いたと書かれていた。二人で役割り分担したのが功を奏したようだ。取材をしてくれた記者も、『美味しくて面白い!見つけたら買うべき!』と宣伝してくれている。ルリスがVサインを向けてきた。
「すっごくいい感じだね。次回からは試食じゃなく、商品として販売できそう。リバースパンダちゃん、明日も頑張ろうね」
ハイタッチをすると、感嘆符のような音が響いた。
「でも、なんだか怖いよ」
プレトが急に不安そうな顔をして言う。
「何が?」
「何もかもがうまく行きすぎるような気がするんだ。これまでずっとトラブル続きだったし、実際に私たち狙われているわけだし、私のことを所長の仲間たちが血眼になって探している可能性もあるし……着ぐるみを着ているのが私だってバレたら面倒くさいことになりそう」
「この順調さは、嵐の前の静けさってこと? 確かに、警戒は怠らないようにしなくちゃね」
この先の雲行きが怪しくならないようにと、プレトは心の中で密かに願った。

(第72話につづく)

コメントを書く

*
*
* (公開されません)

Comment