【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第68話・意外な助け」by RAPT×TOPAZ

【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第68話・意外な助け」by RAPT×TOPAZ

パイプから流れこんでくるパラライトアルミニウムは勢いを増している。あっという間に腰のあたりまでどっぷりと埋まってしまった。
「ここから出せ!」
屋上に向かって叫んだが、無視された。いっそのこと、帳簿を持ち去ったのは自分だと自白してしまおうか? 部長補佐のことなら話してもいいかと思ったが、万が一、ルリスやチユリさんに飛び火したらと考えると、舌が動かなくなった。所長の取り巻きの一人が、こちらを覗き込んだ。
「他の奴らは、ここに連れてくると、訊いてもいないことを自分からペラペラと喋りはじめるんだ。溺れるのは怖いもんな」
「他の奴らって?」
「研究所や関連施設の秘密に気付いた奴らだよ。異動させた時点で察して退職する賢い奴もいるが、中にはお前みたいに意地で居座りつづけるバカな奴がいるんだ。そいつらをこのタンクに入れると、自分が悪かったと言って洗いざらい話をした挙げ句、自主退職してくれるのさ」
こんな目に遭うのは私だけではないということか。どうりで拘束する手際がいいわけだ。取り巻きの一人はさらに続けた。
「自主退職を申し出た奴には、次の職場もきちんと斡旋してやってるんだ。ケーゲルを作ってる工場とかな。人手が足りないから、擦り切れるまでこき使ってもらえるぞ」
「ここから出せ!」
なんて非道なんだ。無理やり退職させて、別の場所で馬車馬のように働かせるなんて。きっと、その人たちは声を上げる気力すら奪われているのだろう。私も工場に飛ばされるのだろうか。
パラライトアルミニウムが、胸のあたりまで迫ってきた。恐怖に支配されそうな頭の片隅で、冷静に考えている自分がいた。こいつ、脅しをするにしては、一方的に喋りすぎてないか?
「私を問いたださないの? それに、内部事情をそんなに話したらまずいんじゃないの?」
「移動中に所長から連絡があってな。お前はここで沈めていいと言われた」
「え! 私を殺すつもり?」
「お前はラピス溶液の秘密も知っているし、邪魔なんだよ。しかも、スパイク肺炎ワクチンが危険だって言いふらしているらしいな。そんなことして、何か企んでんのか? まさかワクチンに対抗する薬でも作ろうとしてるんじゃないだろうな」
思わず身体が震えた。勘付かれていたのか?
「おやおや。図星って顔をしているな。研究者の考えることなんてお見通しなんだよ」
「うるさい、早く出せ! 第一、こんなところで死んだら不自然でしょ! 後で大騒ぎになるよ」
「最近までパラライトアルミニウムの研究チームだったから、事故に遭った……とかなんとか、理由はいくらでも適当にでっち上げられるよ。防犯カメラも止めているから、何とでも言える。じゃ、蓋をロックするぞ。死体は後で回収するから心配すんな」
「ちょっと待って!」と言い終わらないうちに蓋が閉じられ、タンクの中が完全な真っ暗闇になった。ガチャンという音が聞こえたから、本当にロックしたのだろう。すぐに立ち去る足音が聞こえてきた。後ろ手に縛られていて蓋を触れない。思い切ってジャンプし、頭突きをしてみたが、痛いだけでびくともしなかった。側面に体当たりしてタンクを倒そうとしたが、ただ鈍い音がして、鼓膜を揺らしただけだった。パラライトアルミニウムが首まで迫ってきている。残り少ない酸素を肺の中に吸い込み、藁にもすがる思いで神様に祈った。
『神様、お願いします、助けてください。ムーン液を普及させないと、ワクチン被害者が皆んな死んでしまいます! それに、私もまだ死にたくありません! まだ終わりたくない!』
苦しみながら死ぬなんて恐ろしい。ワクチンで死者が出るなんて恐ろしい。ところが、タンクの中がパラライトアルミニウムでいっぱいになり、頭の先までどっぷりと浸かった矢先、急に身体が何者かによって引き上げられた。そして、床の上に投げ下ろされる。パラライトアルミニウムを少し飲み込んでしまい、激しく咳き込みながら顔をこする。全力で呼吸しながら考えを巡らせた。命令が変わったのだろうか。だとしたら、今度は何をされるのだろう。恐る恐る顔を上げると、そこには全く知らない女がいた。やはり取り巻きの一人だろうか。女がゆっくりと口を開いた。
「プレトさんですよね、大丈夫ですか? 雑に降ろしてごめんね」
「あ、いえ……」
「助けに来ただけだから、心配しないで」
女が手首の拘束を解いてくれた。
「あなたは誰ですか? どうしてここに?」
「先輩が……あ、いえ……あなたにとっては部長補佐でしたっけ。部長補佐の指示で、あなたをずっと監視していたのです」
なるほど、そういうことか。すぐに合点がいく。やはり私の行動はずっと監視されていたのだ。女は続けた。
「女の監視は女がいいということで、あたしが監視役として抜擢されたんです。楽な仕事だと思っていたのに、まさかこんなことになるなんて……パラライトアルミニウムって洗濯で落ちるのかな」
「どうして監視を?」
「裏切られては困るからです。こちらのことをベラベラ喋られてもイヤなので、怪しい行動を取らないか、ずっと見張っていました。でも、口は割らなかったみたいですね」
「信じてもらえないかもしれませんが、何も喋りませんでした」
「ええ、分かっています。ずっと見ていましたから。あれ、これは何ですかね」
プレトの足に紐が引っかかっている。タンク内で飛び跳ねたときに絡まったのだろう。よく見ると、それは首から提げるタイプの社員証だった。研究所の職員のものらしいが、名前と顔写真を見てもピンとこない。
「プレトさんみたいに脅された人が、タンクの中に落とした物かもしれないですね。これ、殺人未遂の証拠として使えるかも。あたしの方で預かってもいいですか」
「どうぞ」
プレトは社員証を手渡した。
「そろそろ外に出ますか」
女が立ち上がった。女の後をついて、施設の外に出ていった。とたんに虫の声に包みこまれる。この辺りには民家もないから、虫たちが好き放題に鳴いているのだ。助かったという実感が湧いてきた。と思うと、ルリスから電話がかかってきた。
「プレト、大丈夫? 心配だからそっちに向かっているんだけど、もしかしてパラライトアルミニウムの施設にいる?」
「うん。でも、私がここにいるって、なんで分かるの?」
「GPSを共有したでしょ」
「そういえば、そうだった」
「とにかく、もうすぐ着くからそこにいてね」
電話が終わると、女が話しかけてきた。
「帰りはなんとかなりそうですね。あたしはそろそろ行きます」
「あの、どうして助けてくれたんですか。あなたたちは、私たちの味方ではないですよね」
「まあ、そうですけど、危険を冒してまで帳簿を持ってきてくれたあなたを助けるのは当然のことです」
「そうですか……ありがとうございます」
「これからも監視は続けますが、プレトさんの口がコンクリート並みに硬いことが分かったので、よほど怪しいことをしなければ何も危害は加えません。安心してください。もし何かあったら部長補佐に連絡してくださいね」
女はそう言うと、どこかへ駆けていった。女の姿が見えなくなると、一台のレグルスが猛スピードで近付いてきた。そのボディには、レンタル会社のロゴが入っている。プレトのすぐ傍で停まると、ルリスが操縦席から転がるように降りてきて、勢いよくプレトに抱きついてきた。そして驚いたように声を上げた。
「びしょ濡れじゃん! どうして?」
「所長の取り巻きたちが、私をパラライトアルミニウムの中で溺れさせようとしたの」
一部始終を話すと、ルリスは今にも泣き出しそうな表情になった。その顔を見たプレトも泣きそうになった。
「でもね、助けてもらえるように神様に祈ったら、本当に助けが来たの」
よかったよかった、と何度も繰り返しながら、二人でレグルスに乗り込むと、ルリスが直ちにレグルスを発進させた。しばらく進むと、部長補佐から電話がかかってきた。
「僕の仲間が役に立ったようですね。話は聞きましたよ」
「死ぬかと思いました……」
「あいつら、パラライトアルミニウム責めなんて酷いことをしてるんですね。紛れもない犯罪ですよ、これは。で、タンクで見付けた社員証ですが、私が知っている人のものでした。プレトさんが入社する前にいたんですが、突然、退職したんですよ……当時の僕は研究所内で出世していなかったので、詳しく調べることはできませんでしたが」
「ケーゲルの工場とかで、無理やり働かせているとか言っていました」
「なるほど、こちらで調べておきます」
通話を終えると、どっと疲れがこみ上げてきた。服がグズグズに濡れていて気持ちが悪い。ハンドルから片手を離したルリスが、プレトの手をそっと握ってくれた。とても温かかった。

(第69話につづく)

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