【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第67話・ワクチンの解毒剤」by RAPT×TOPAZ

【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第67話・ワクチンの解毒剤」by RAPT×TOPAZ

抱いていたモルモットをケージに戻し、解毒剤の実験を始めた。ルリスは家にある調味料を片っ端からハロに塗りつけている。意外と食用の酢で溶けたりしないかと期待したが、特に変化はなかった。昼過ぎから始めたが、気がつくと夕方になっていた。沈みかけた夕陽が、ルリスの顔をオレンジ色に染めている。
「むむむ……私の薬品コレクションの歯が立たないなんて」
「ここにある薬品って、一般的に買えるものはほとんど揃ってるよね? すごい数だもん」
「店を開けるくらいの種類があるけど、これじゃあダメか。研究所にしかない薬品をこっそり持ち帰るしかないかな。虹も帳簿も持ち帰って、薬品までとなると、泥棒扱いされても否定できないな」
ルリスが他に使えそうなものはないかとバックパックを探っていたが、やがて何かを見付けたらしく、取り出したものをプレトに見せてきた。
「これって、クリームちゃんの真珠?」
「そうだよ。私の手にグリグリしたときに外れたの」
ルリスは少し考えるような素振りを見せると、「この真珠、虹にくっつけてもいい?」と言った。
「いいけど、どうやって?」
「むにゅって押しこむ」
ルリスは虹の柔らかいところ……赤色のところに真珠を埋めこんだ。その数秒後、虹がぷくぷくと発泡しはじめた。あっという間にシャーレいっぱいに膨らんでいく。
「わっ、なにこれ! プレト、これってなんて現象?」
「わかんない! 見たことも聞いたこともない!」
シャーレから溢れそうになりながらも表面張力で堪え、次第に泡立ちが収まり、完全な液体になった。虹と真珠が触れ、溶け合ったのだ。ルリスがシャーレの中を覗いて言った。
「えーっと、虹から抽出される液体はパラライトアルミニウムしか知らないけど、どう見てもそれではないよね。パラライトアルミニウムは、もっと透明っぽくてサラサラしているから」
ルリスの言う通り、この液体はパラライトアルミニウムとは似ても似つかない代物だった。虹の7色がマーブル状になり、表面には真珠のような柔らかい光沢がある。しかも、とろみまでついている。
「ちょっとマニキュアっぽい」と、ルリスは呟いた。
「謎の化学反応によって、謎の液体ができあがったね。新発見かも」
「まさかこんなことが起こるなんて……ねえ、これがさ、スパイク肺炎ワクチンの解毒剤になったりしないかな?」
「これが解毒剤になったら……奇跡だね。確認してみるから、触らないでね」
プレトは液体検査装置を取り出し、謎の液体をシャーレごと乗せた。
「そんなもの持ってたんだ」
「まあね。うん、危険な成分はないみたい。シャーレが損傷している様子もないね」
プレトはワクチンに似た成分の液体を新たに作ると、採血キットを取り出し、自分の指先から血を採取した。二つを混ぜて、ワクチン被害者の血液を再現する。顕微鏡で見ると、トゲトゲに変質した赤血球がたくさん見えた。
「これはひどい……」
顕微鏡を覗いたルリスが呻いた。ワクチンで変質した血に、虹色の液体を加えて観察していると、赤血球のトゲが丸みを帯びはじめた。そのままトゲがなくなっていき、ついには元の楕円形に戻った。
「……」
目の前で起きたことが信じられず、しばらく口を半開きにしていたが、「わたしにも見せて」とルリスに言われて顕微鏡を譲った。
「プレト! これ、赤血球が元に戻ってるよね! ワクチンの悪い影響を打ち消せたってことだよね!」
「うん」
「解毒剤の完成かも! さっきの液体検査装置とかいうやつ、試してみてよ」
結果を見ると、やはり危険な成分は検出されなかった。
「プレト、やったね! これでみんなが助かるよ」
「ルリスのファインプレーのおかげだ……いやでも、ここからが本番だ。ワクチンのせいで苦しんでいる人たちに届けないと」
「そうだね。でも、でも、ひとまず本当によかったね」
ここに来るまで、いろんな人に助けられた。その成果をようやく出すことができたのだ。踊りたくなるくらいに嬉しい。
「解毒剤の名前はどうしようかな。ルリスは何か思いつく?」
「わたし? 急に言われてもなあ……むーん……」
「ムーン? ムーン液?」
「いや、悩んで唸っただけ……」
「覚えやすくて呼びやすくていいじゃん。解毒剤の名前は『ムーン液』にしよう」
「本当にそんなのでいいの?」
「カスタードルフィンの真珠が月に似ているから……ってことでいいんじゃない」
「こじつけがすごい。プレトが考えた方がよかったのでは?」
「私が考えたら、”バーニング・アブダクション”とかになるよ?」
「それはまずい。ムーン液にしよう。それで……今からこの子たちに飲ませるの?」
ルリスが動物たちのケージを振り返った。
「今日連れてきたばかりだから、明日以降にするよ」
ルリスは安堵したような表情になった。プレトは続ける。
「ムーン液を量産するためにも、ハロが虹と同じように変化するかどうか確認するためにも、カスタードルフィンの真珠が必要だな……〈アネモネ〉に訊いてみようかな」
クライノートで〈アネモネ〉にDMしてみると、すぐに返事が来た。

『この間ぶりです! ニュースも所長の会見も観ましたよ。一部の界隈では”責任転嫁じじい”ってあだ名をつけられているみたいです』
シンプルな悪口に思わず笑ってしまった。
『実は、事情があってカスタードルフィンの真珠がたくさん必要になったんです。もしガーデンイール牧場に在庫があれば、買い取らせていただきたいのですが、可能ですか?』
『もちろんですよ! 売り物にならない真珠でよければお譲りします。資材置き場に保管してあるのですが、溜まっていく一方なので処分しようかと思っていたところなんです。お持ちいたしますが、ご都合のいい日時は?』
『できるだけ早い方が助かります』
『了解です。では明日、都会方面で放牧する予定なので、昼頃に街の入口で落ち合うのはどうですか?』
『それでお願いします!』

「……というわけで、ルリスお願い! 私は明日出勤日だから、自転車で受け取りに行ってもらえるかな? ここにあるお金で買える分だけ譲ってもらえればいいから」
「任せて!」

翌日、プレトは徒歩で研究所に向かった。
つまらない一日の仕事を終え、退勤間際になったとき、いきなり所長の取り巻きに呼び出された。過去に事務所へ異動させられた人たちが退職に追い込まれたように、私も同じ目に遭うのだろうか。指定された部屋へ行ってみると、取り巻きが三人いた。顔を見たことがあるだけで、話をするのは初めてだ。そのうちの一人が口を開く。
「一昨日のニュースと、昨日の所長の記者会見は見た?」
「はい」
「どう思った?」
「驚きました。まさかケーゲルを密売していたなんて」
「所長はな、お前が情報を漏らしたんじゃないかと疑っているんだ」
「私がですか? どうしてですか?」
「帳簿がなくなっていたんだ。お前が持ち出したんじゃないのか」
「帳簿って何ですか?」
ここは、しらばっくれておこう。
「お前がやったんだろって言ってんだよ!」
「何のことだかさっぱり分かりません。もし仮に、その帳簿? を私が持ち出したとして、どうやってテレビ局に放送させるんですか」
「協力者がいるんだろう」
「私なんかに誰が協力してくれるって言うんですか。陰謀論者のレッテルを貼られて、みんなに後ろ指をさされているんですよ。それなのに、テレビ局の台本を変えられるような人が私の味方にいるとでも?」
実際、部長補佐はこちらの味方ではないのだから、この発言はウソではない。
「……簡単には言わないか。あの方法でいくか」
後ろから近づいてきた一人が、プレトの口にガムテープを貼った。驚いている間に、後ろ手に手首を縛られ、足首も結束バンドで括られた。なんだ! なにをするつもりだ!
ナイロン製の袋で全身を覆われてどこかへ運ばれた。雑にどこかに放り投げられた後、かすかな振動が身体に伝わってきた。レグルスの後部座席に乗せられ、どこかへ運ばれているようだ。唸りながら藻掻いてみたが、何も変わらなかった。
やがてレグルスが停止すると、足の拘束だけ解かれ、袋を被ったまま歩かされた。ドアが開く音がしてさらに数メートル進むと、袋とガムテープを剥ぎ取られた。口の周りがヒリヒリする。プレトは周りを見回した。ここには一度だけ来たことがある。研究所の敷地外にある貯蔵施設だ。複数の大きなタンクに、それぞれパラライトアルミニウムが保管されているのだ。タンク同士は上部が細いパイプで繋がっていて、弁を操作するとパラライトアルミニウムを移動させることができる仕組みになっている。
やがてタンクの一つに突き落とされた。浅く張られたパラライトアルミニウムが、びちゃりと音をたて、服に染み込んでいった。立ち上がると、タンクはちょうど、プレトの身体が収まるぐらいの大きさだと分かった。
「正直に答えるならすぐに出してやるぞ」
取り巻きの一人がこちらを覗きこんだ。パイプからボチャボチャとパラライトアルミニウムが流れ出ている。隣のタンクから意図的に移しているのだろう。
……そうか、溺れる恐怖で自白させるつもりなのか。
プレトの脚が子鹿のように震えはじめた。

(第68話につづく)

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