翌日は休みだったので、プレトとルリスは連れ立って外出した。治験に使う動物を手に入れるため、ペットショップに行くことにしたのだ。
「本当は一人で行ければいいんだけど、レグルスがないから動物たちを運べなくて……ごめんね。顔は隠してね。私といるせいでルリスが嫌がらせされたら耐えられないよ」
「近所だし、変装しているから大丈夫。そんなにキョロキョロしていると、かえって怪しまれるよ」
「はーい」
「それよりさ、昨日の生放送、すごく反響があったみたいだよ。クライノートでもトレンド入りしたみたい」
「トレンドってなんだっけ」
「大勢に注目されたってことだよ。クライノート以外のSNSでも話題になっていたよ。『ケーゲルの密売』っていう字面、インパクトあるもんね」
「〈プレパラート〉をフォローしてくれている人たちは、私たちがケーゲルに捕まってひどい目に遭ったことも知ってるから、危険性を拡散してくれたのかもしれないね」
「そうだといいね。でも、『兵器じゃなくて物資として渡したんだ』って主張しているアカウントもあるみたい。怪しいよね」
「きっと、情報を撹乱させる要員として雇われているんだよ。クライノートのスポンサーには、所長と仲良しな製薬会社があるからね。そのくらい簡単なのさ……着いた! ここだよ」
二人はペットショップに入った。
「なんの動物を連れて帰るんだっけ」
「ウサギとモルモットだよ。元気な子が理想かな」
「うん……」
ルリスは気乗りしなさそうだ。
「付き合わせてごめん」
「ううん。プレトが動物を買うって言い出したとき、疲れすぎて癒しを求めてるんだろうって思ったけど、まさか治験とはね」
「スパイク肺炎ワクチンの解毒剤がいつできるかは分からないけれど、いつできてもいいように、今のうちから動物たちを飼いはじめようと思って」
「治験が必要なのは分かるけど、いざ自分が動物を選ぶとなると緊張しちゃう」
「もちろん、危険だと分かってる物をわざと食べさせたりはしないよ。少し協力してもらうだけ。体調が崩れたらすぐに動物病院へ連れていくし、治験が終わっても大切に育てるから、そこは安心して」
「わかった。安全な解毒剤も作って、思う存分かわいがろうね」
モルモットのオスとメスを一匹ずつ、ウサギのオスとメスを一匹ずつ、計4匹を選び出し、エサやケージも買いそろえた。想像よりも物量が多く、結局、二往復することになった。
さらに、自宅の庭にいたスカイフィッシュも一匹捕獲し、虫かごで飼うことにした。スカイフィッシュは治験が終わったら放そうかな。
「一気に生き物が増えたね。お世話、頑張らないと!」
動物好きなルリスは気合いが入っている。二人で手分けして、生き物たちの環境を整えた。夏も終わりが見えているが、昼間の気温はまだまだ高い。集中して作業していると、クーラーをつけても暑くなってくる。
少し休憩しようと思い、何気なくクライノートをチェックすると、所長が緊急記者会見を開くという情報が目に入った。ケーゲルの密売について話すらしい。よく見ると、もう始まる時間だった。急いでモニターをつけると、ちょうど所長が会場に入ってくるところだった。所長の顔を見たのは久々だ。いつもと同じく脂ぎっていたが、どことなく顔色が悪く見える。
やがて所長は、マイクに向かって当たり障りのない挨拶をはじめた。説明を求める声が殺到したため、説明の場を設けた……といったことを話している。それにしても、前置きがやけに長い。記者会見の時間は限られているようだが、時間を稼いでいるのだろうか。
「何を話すんだろうね」
いつの間にか隣に来ていたルリスが呟いた。集まった記者の一人が、所長に対して質問を投げかける。
『ケーゲルを兵器として他国に密売していたというのは本当なのでしょうか』
所長が答える。
『私も昨日、知って大変驚きました。調査したところ、部下が一存で行ったということが判明しました。代表してお詫び申し上げます』
プレトは混乱した。何を言っているんだ? 部下に責任をなすりつけるつもりなのか?
次の記者が質問した。
『ケーゲルはもともと、災害時などに出没する危険人物を取り押さえる目的で開発されたと聞きましたが、それは本当でしょうか』
『それは事実です。全ての人の安全を守るために、研究所はケーゲルの開発に協力しました』
『では、兵器として売りつけたというのは?』
『先ほども申し上げましたが、全て部下が行ったことですので、兵器だとかそういう件については分かりかねます。私は兵器だとは思っておりません』
所長の口調は、いたって落ち着いていた。また別の記者が質問した。
『取引の相手国は、モンド機関に加盟している国がほとんどのようですが、加盟国間での兵器のやり取りは認められているのでしょうか』
『各国の方針も関わってくるため、現時点ではお答えできかねます。密売をした部下について、さらに詳細な調査を行い、皆様にご報告できることがあれば、また改めて説明の場を設けたいと考えております』
『先ほどから部下が行ったと仰っていますが、公表された帳簿には所長の名前で密売されたと記録が残っていました。それについてはどう説明されるつもりですか』
「部下が無断で私の名前を使用したんです。その方が売れると思ったのでしょう。私は研究所の所長ですので、責任者としてこの場に立っていますが、ある意味、被害者とも言えます」
記者に対して見下すような視線を投げている。他にもいくつか質問を受けながらも、所長は「知らない」「部下がやった」の一点張りだった。記者会見の終了時間が来ると、該当の部下に処分を下すような内容を述べ、会場から出て行った。
プレトは何か喋ろうと思ったが、驚きで声が出なかった。所長が反省するポーズすら見せなかったことに愕然としたのだ。しおらしくする様子もなく、部下に全てを押しつけ、自分は被害者だと主張したことが信じられなかった。所長は悪人だから、心から反省することはないだろうと思っていたが、性格のねじ曲がり方が想像の遙か斜め上をいっている。プレトはふと、サタンに襲われたときのことを思い出した。所長が黒いモヤをまとったサタンそのものに思えた。
「なんなの、この会見。妖怪の寝言かと思った。部下を身代わりにして、今後ものさばるつもりなんだね」
ルリスがボソッと話した。
「所長が救いようのないゴミクズだと確信できたのはよかったかも。これさ、私たちみたいに所長が悪人だと知っている人には、部下がやったなんてウソだとすぐに分かるけど、全く知らない人が見たらどう思うんだろうね」
所長の言っていることはめちゃくちゃだったが、冷静に受け答えをしている様子からはリーダーの気質が滲み出ていた。悪のリーダーであるのは間違いないが、世の中の情勢に全く興味がなく、肩書きを重視する人の目には優秀な人物として映ったかも知れない。プレトは内心、焦っていた。
そのとき、部長補佐から電話がかかってきた。プレトは慌てて電話に出る。
「記者会見は観ましたか?」と、部長。
「はい。あの……帳簿は役に立ったのでしょうか」
「もちろんです。元気がないですね。もしかして、危険を冒して帳簿を入手したのに、無駄になったのではないかとか考えてます?」
「まあ……」
「帳簿はこちらにありますし、倉庫に地下室があると分かったのは大きな収穫ですよ。それに、わざわざ記者会見を開くくらいですから、相当焦っているはずです。所長が簡単に罪を認めるわけないですから、ある意味、あの受け答えも想定内です」
「でも、もっとダメージを与えられるかと思っていました。元気そうで悔しいです」
「敵は大きいですから、一撃で沈めるのは難しいと思ってください。こちらからは、また次の手を繰り出すだけです。なにかネタを得たら報告してください」
「ネタって……あれ?」
話している途中で電話を切られてしまった。
「はあ、スッキリしないなあ。努力に結果が見合っていない気がするよ」
「でも、この会見で所長を嫌いになった人もいると思うよ。そう信じよう。ほら、この子を抱っこして元気だして」
ルリスからモルモットを手渡された。ふかふかしていて温かい。人懐っこい性格なのか、プレトの腕の中で安心したように、じっとおとなしくしている。
「この子たちに名前をつけてもいい?」と、ルリス。
「いいよ」
「じゃあ、ウサギたちは……ウサちゃんとミミちゃんで、あっちのモルモットはモルちゃん。プレトが抱っこしているモルモットはゴルゴンゾーラちゃんね」
「ゴルゴンゾーラ! 一匹だけ突飛すぎない?」
「そうかな。ゴルゴンゾーラチーズみたいな模様だから覚えやすくていいでしょ」
「なるほど……そうだね。ふへへ、なんか元気出てきた。よし、しょげていても仕方がないし、解毒剤の実験を始めようかな!」
(第67話につづく)
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