【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第60話・サタンとの戦い」by RAPT×TOPAZ

【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第60話・サタンとの戦い」by RAPT×TOPAZ

「プレトも操縦マニュアル読んでみる?」
シンプルな冊子を手渡された。表紙には何も書かれていない。ただの真っ白だ。中には飛行物体の図面などが描かれていて、ほとんど文字がない。充分に訓練を受けたパイロットが、念のため持つようなものなのかもしれない。
「これを見て操縦方法がわかったの?」
「わかるでしょ?」
「全くわからない。君ってほんとにすごいな」
「そうかな。話は変わるけど、所長の家がどこにあるか知ってる?」
「知らないよ」
「そっか、残念。このアームで解体してあげようと思ったのに」
ルリスは壊れていない方のアームを動かしてみせた。機能の一部が壊れているようで、仕舞いたくても仕舞えないのだ。デザート号に追いかけられる所長が頭に浮かび、思わず笑みがこぼれた。
荒涼とした砂漠の中に、ぽつぽつと生えているサボテンが、すごい勢いで後ろに飛び去っていく。レグルスでは考えられないような速度だ。こんなスピードは初めてで、プレトは手のひらに滲んだ汗をズボンで拭いた。
「この乗り物、すごく速いね」
「これでもまだ、最高速度じゃないんだよね。それよりも、パラライトアルミニウムがどんどん減っていくのが心配だな。これだけスピードを出すには、レグルスより多くの燃料が必要ってことかな」
メーターを見ると、確かに減りが早かった。プレトは手持ちのパラライトアルミニウムを補給し、助手席に腰かけた。ルリスが操縦に集中している間、クライノートを投稿することにした。窃盗団の飼っているヘイルリッパーに襲われたことや、レグルスが壊された旨をアップしていく。
「デザート号を手に入れたことは投稿する? 黙っていた方がいいのかな」
ルリスに相談した。
「うーん、どうしよう。でも、この調子ならすぐ研究所に着けそうだし、そうしたら自然とバレるし。投稿してもいいんじゃない? 不法投棄されていたものを有効活用してあげてるんだから、むしろ感謝されるべきだよ」
「そうだね」
捨てられた飛行物体を運良く手に入れたと投稿した。しかしその後、クライノートのメイン画面に流れてきたニュースを何気なくタップすると、恐ろしい情報が目に飛び込んできた。
「ちょっと待って、パンデミックを有事扱いにするみたい」
「有事扱いになると、どうなるんだっけ?」
ルリスは前を見たまま話している。
「国中でケーゲルが飛び回ることになるよ」
「うそー! あんな物騒なもの飛ばすなんて正気じゃないよ」
「国の方針に反対する人を捕獲してまわるのかな? 私たちを電気の膜に閉じこめたみたいにさ」
「最悪だよ。ケーゲルは飛べるから、これに乗ってても追いかけられるかもしれないね。さっさと帰らなきゃ。有事になるのはいつから?」
「明日か明後日みたい」
「こういうときだけ、即断即決だよね! お偉いさんっていつもそう!」
ルリスはさらにスピードを上げた。眉間にシワを寄せている。
二人を乗せたデザート号は、止まらずに移動を続けた。真夜中に砂漠を駆け抜け、廃遊園地や寂れた街の上空を通り過ぎていった。プレトのレグルスが事故にあった林道も、今では懐かしく感じる。幻の少女に初めて会った街も通過し、クリームを保護した草原に辿り着いたときには、太陽が高く昇っていた。
「もうこんな所まで来たんだ。プレト、パラライトアルミニウムを補充してくれる?」
「もうない。手持ちのパラライトアルミニウムは使い切ってしまった」
「あんなにあったのに、もう使い切ったの! どうしよう。どこかで買い足せないかな」
ルリスの目が充血している。声に張りがない。プレトは提案した。
「この残量だと、次の街までもたないかもね。とりあえず、この草原で一休みしようよ」
「ここで?」
休みなく操縦しているルリスが、時折うつらうつらしているのが気になっていた。パラライトアルミニウムがなくなったのは、休憩の口実としてちょうどよかった。
「初めての乗り物を操縦しているのに、ここまでぶっ続けで頑張ったじゃん。ほら、あの木のところに停めてくれる? 今のうちに仮眠をとっておこうよ」
話しながら、勝手に寝袋を広げた。
「仮眠をとるのはいいけど、パラライトアルミニウムはどうしたらいいかな」
「それはまあ、なんとかなるよ。私が作った液体があるでしょ。雲を固定するときに使っているアレ。ラピス溶液と同じ成分だから、虹にかければパラライトアルミニウムを抽出できるはず」
「そっか……でも、せっかく採取した虹が減っちゃうのは残念だな」
「私もイヤだけど、背に腹は代えられないよ……とりあえず寝よ! もう限界だ!」
寝ている間に誰かに発見されないよう、光学迷彩機能を使うことにした。デザート号の中は、ルリスのレグルスよりも広かったので、荷物を寄せると、身体をゆったりと横たえることができた。
「操縦ありがとうね。おやすみ」
「どういたしまして。あと少し、頑張ろうね」

プレトは夢を見た。不思議なことに、その夢の中では、自分が夢を見ているということをきちんと理解していた。いわゆる明晰夢というやつだ。
暗い空間に一人で立っている。光源がないという意味ではなく、空気が重苦しく、雰囲気が暗いのだ。その中で、プレトは解毒剤を作りたいと思っていた。が、あいにく何も道具を持っていなかった。
手持ち無沙汰で歩き回っていると、後ろから何者かに突き飛ばされ、つんのめった。振り向くと、今度は仰向けに押し倒されてしまった。背中を地面に叩きつけられ、思わずむせる。一体なんなんだ!
前を見ると、黒いモヤのようなものが腹の上に乗っていた。そのモヤは、ちょうど人間一人分くらいの大きさで、漆黒のインクを水中に垂らしたときのように、おどろおどろしく揺らめいていた。しかも重い。手足を振り回して逃れようと試みたが、モヤに当たることはなく、ただ霧を引っ掻いているかのように何の感触もない。乗られた腹が異様に冷える。しばらく苦しくてジタバタしていると、頭の中に声が響いてきた。おそらく、モヤの発した声だ。輝く人の熱い声とは正反対の、冷酷なおどろおどろしい声だった。
『そろそろ諦めたらどうだ』
ムカデに這い回られたような悪寒が走った。
「なにを?」
なんとか聞き返した。
『解毒剤なんか作れるわけがないだろ』
「は? まだ何もしていないのに、そんなの分からないでしょ」
『努力は報われない。それなら、最初からなにもしないほうがいいだろう』
人が必死で頑張っているときに、なんてことを言うんだ。そもそもこいつは誰なんだ。
「降りろ! 消えろ!」
助かりたい一心で叫んだ。
「お姉さん! そのまま動かないでね!」
突然、どこからともなく少女の声が聞こえてきた。かと思うと、何かが黒いモヤを分断した。上下に分かれたモヤは霧散するように消え去っていった。とたんに身体が楽になり、プレトは上体を起こした。すぐ傍に、いつも幻の中で出会う少女が立っていた。金属バットを持っている。これでモヤを退治してくれたようだ。
「助けてくれてありがとう。君がいるってことは、ここは幻の中なの?」
「ううん。夢だよ。お姉さんがピンチだから、急いで助けに来たの。サタンにまとわりつかれて苦しかったでしょ。間に合ってよかった」
「サタン? サタンって悪魔のこと? さっきの黒いモヤがサタンなの?」
「そうだよ」
急な話しについていけない。頭が混乱していると、少女が説明してくれた。
「サタンはね、敵だよ! 神様に反逆している悪い存在なの。見えないけれど、そこらじゅうをうろついているんだ」
「えっ、怖っ」
「サタンは、神様と仲がいい人が憎らしくて仕方ないみたい。嫉妬して邪魔するの。お姉さんが輝く人……つまり神様と会ったのが気に入らないから、嫌がらせをするために、夢の中に入ってきたんだよ」
「へ、へえー」
相槌を打ったものの、初めて聞く話だから、きちんと理解できているのか不安だった。
「さっきのサタンは弱かったから、わたしでも倒せたけれど、強いやつもいるから気をつけてね」
「見えないのに、どうやって気をつければいいの」
「神様に祈れば大丈夫! 守ってもらえるし、サタンに襲われても助けてもらえるよ。もちろん、わたしも助けに来るからね」
「そうなんだ……ありがとう。いつもありがとうね」
「辛いときも、辛くないときも、祈れば大丈夫だから。サタンの言ったことはぜんぶ無視して、とにかくお祈りすればうまくいくから、心配しないでね! じゃ、またね!」
「もう行っちゃうの」
「うん。お姉さんもそろそろ起きた方がいいかもね。また会いに来るね」
少女は金属バットを持ったまま、どこかへ走り去っていった。
ふと気がつくと、重かった空気が軽くなっていた。サタンがいなくなったからかな……少女の背中が視界から消えると同時に目が覚めた。寝たときの体勢そのままで、レグルスの中に横たわっていた。隣にいるルリスは、気持ちよさそうに寝息をたてている。サタンのせいで熟睡はできなかったけれど、少女に会えたのはよかったな……サタンか。所長や、所長の命令に従う敵がいるのに、見えない敵もいるなんて厄介な話だ。ルリスと一緒に祈らないとまずそうだな。
友人を起こすために、そっと揺すった。

(第61話につづく)

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