【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第59話・思わぬ拾い物」by RAPT×TOPAZ

【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第59話・思わぬ拾い物」by RAPT×TOPAZ

ルリスが潰した紙コップを眺めていると、外で作業をしていた店主が戻ってきた。背中を丸め、悲しそうな表情をしている。こちらに来て少し間を置くと、とても話しづらそうな顔をして言った。
「お客さん、申し訳ございません。修理できると思ったのですが、その……重要な部分が損傷していまして、直すのは困難かと……」
「……というと、今日中に修理するのは無理ってことですか?」
ルリスが質問した。
「いえ、その、なんというか……正直に申し上げますと、直せないのです」
脱いだ帽子をぎゅっと握っている。ルリスは一瞬かたまった後、口を開いた。
「こちらの設備では難しいってことですか?」
「いえ、どこに行っても同じです……実際に見ていただけますか?」
店主に促され、レグルスの様子を見に行く。座席のカバーがめくられ、蓋が開けられ、機械的な部分がむき出しになっていた。ちょうどヘイルリッパーの舌が突き刺さった部分だ。中の様子を見るのは初めてだが、素人のプレトでも大きな損傷であることが分かった。
「このダメージが致命的なんです。フロントガラスやボンネットは大したことないですが、ここがやられてしまうと……」
店主はそこで言葉を切った。
「でも、攻撃されてからここまで休まず走れましたよ。意外となんとかなったりしませんか?」
ルリスは普段通りのトーンで話したが、その口調にはほんの少し焦りが混ざっている。
「きちんと手入れされているレグルスは、余力で一晩くらいは走れたりします。大事にしていたんですよね。でも今は、エンジンもかからなくて」
ルリスが操縦席に座り、一通り操作したが、確かに愛車はうんともすんとも言わなかった。
「ウソでしょ? さっきまで動いていたのに……なんで、どうして?」
店内に戻ると、ルリスはパイプ椅子に座り、がっくりとうなだれた。目は閉じているが、口が半開きになっている。話しかけてみても、ほとんどリアクションが返ってこない。自分のレグルスが廃車になったときのことを思い出し、ルリスがしてくれたように肩を抱いた。プレトの耳元で、ルリスがとても小さな声で喋っているのが聞こえてきた。
「レグルスが……わたしの愛車が……かわいい色で、タフで、どこにでも連れていってくれたのに、レインキャニオンにも行けたのに。帰り道で壊されるなんて、プレトを連れて帰れないよ……」
庭で楽しそうに洗車していた姿を思い出し、いたたまれなくなった。私たちを運んでくれたピンクのレグルス。移動手段としても相棒としても、最強だったのに……所長め、許さない。プレトは店主に質問した。
「レグルスの販売はしていないのですか?」
「今は在庫が一つもありません……取り寄せはできますけど、ここってすごく辺鄙なところでしょ? だから、納車までに何か月も時間がかかります」
「そんなに?」
パンデミック宣言が発令され、スパイク肺炎ワクチンも供給を開始したはず。ワクチンの解毒剤が完成するまで、どれほどの時間がかかるか不明だ。できるだけ早く帰りたい。なのに……ルリスの肩を抱いた手から力が抜け落ちた。
「あの……もしかしたら買わなくても、新しいレグルスを手に入れることができるかもしれません」店主が真剣な表情で話しはじめた。「レグルスがよく不法投棄されている場所があるんです。たまにですが、使えるレグルスも捨てられているので、運が良ければタダで手に入るかもしれません。よかったら、ご案内しましょうか?」
「え、ほんとですか?」
「もちろんです。危険物が放置されていないか、たまに見に行くんですよ。営業時間が終わってからでよければ、お連れできますが……」
「ええ、もちろんです。でも、どうしてそんなに親切にしてくれるんですか」
店主は性格の良さそうな人だが、何か裏があるのかもしれないと、つい警戒してしまう。
「間違っていたらごめんなさい。クライノートで〈プレパラート〉のアカウントで投稿していますか? お荷物の中に虹があるので、そうなのかなって思ったんです」
「えっと……そうです」
「やっぱり! レインキャニオンからの帰り道ですよね。お疲れさまです。ワクチンに関する注意喚起の投稿を見ましたよ。僕は別のワクチンで具合が悪くなったことがあるんです。なので、お客さんのアカウントを見付けたときに『味方だ』と思って、嬉しくなりました」
営業時間が終了するまで、街中を散策したり、店主に借りた本を読んだりして過ごした。ルリスは落ちこんではいるものの、少しずつ顔色が良くなってきている。
やがて営業時間が終わると、店のトラックに荷物をすべて積みこみ、約束通り不法投棄場まで乗せてもらった。廃棄されたレグルスがきれいに並べられている。しかし、三人で手分けして探してみたものの、使えそうなレグルスは一台も見当たらなかった。
「残念ですけど、新しいレグルスを仕入れるまで街に滞在するのがいいかと思います。お役に立てず申し訳……なんだあれ!」
店主がなにかを発見したらしく、目を大きく見開いている。その視線の先を辿ってみると、プレトとルリスの目にもそれが映った。
「あれって、もしかしてレインキャニオンで襲ってきた飛行物体?」
ルリスが指をさした。確かにそうだ。光学迷彩らしき機能で近付き、アームを伸ばして攻撃してきたあの飛行物体だ。アームが片方壊れ、ボディに穴が空いている。
「どうしてこんなところに。まさか墜落した?」
もしそうなら、中に操縦者が残っている可能性がある。プレトは飛行物体に近付き、側面にあるボタンを押してみた。無音でドアが開く。恐る恐る中を覗いてみたが、誰もいなかった。
「シャモジちゃんに派手にやられたから、ここに乗り捨てたのかな。中にいた人は、応援を呼んで迎えに来てもらったんだろうね」
ルリスが、機内を見回しながら言った。
「床に黒っぽいシミがついているけど、これってもしかして、血? 負傷して、操縦できなくなったのかもしれないね」
「これってまだ動くのかな。動くなら、いただいちゃおうよ」
「これを?」
「敵にレグルスを壊されたんだから、敵の乗り物を使っちゃおうよ」
「これに乗って帰るの?」
「うん。ルリスなら操縦できるかもしれない」
「そんな、どうかな……どうやって操縦するんだろう」
困ったように機内を探っていたが、やがて嬉しそうに声をあげた。
「あった。操縦マニュアルだ! こんなの残していくなんて、詰めが甘いね。よっぽど気が動転してたのかな」
パラパラとページをめくると、ルリスは言った。
「すっごく単純。レグルスより操縦は簡単かもしれない」
操縦席に腰かけ、ボタンを押したり、レバーをひねったりしはじめた。
「そこの穴、燃料タンクに繋がっているみたい。パラライトアルミニウムを入れてくれる?」
ルリスの指示通りに補給すると、機内の照明がついた。さらに操作すると、わずかに機体が浮いた。上下前後左右に1メートルほど動かし、異常はないと思ったのか、ルリスが嬉しそうに言った。
「わたしたち、これに乗って帰ります! もらっちゃっていいんですよね!」
「ええ」と、店主が大きく頷く。「ここに投棄されてるってことは、もうただのゴミってことですから……でも、本当にそれに乗るんですか? 大丈夫ですか?」
「この子、操縦の天才なんです」
プレトは、ルリスを指さして言った。
「……墜落したら大変ですよ。お二人が被害者として出てくる事故のニュースなんて、見たくもありません」
「でも、早く帰って、ワクチンの解毒剤作りに取りかからなきゃいけないんです。既に健康被害が出ているかもしれないし、早く助けなくちゃいけないんです」
店主はひどく心配そうな顔をしていたが、やがてこちらの熱意が伝わったのか、深く頷いて言った。
「……わかりました。無事に帰れるようお祈りしています」
店主と協力し、荷物を機内に運び入れた。礼を伝えてドアを閉め、助手席らしき場所に腰かけた。ボディに空いた穴から店主の声が聞こえてきた。
「頑張ってください! クライノート、これからもまめにチェックしますねー!」
店主に向けて機内から手を振った。ルリスが前を見据えながら言う。
「準備はいい?」
レグルスと同じ、U字のハンドルを両手で握っている。
「もちろん」
「よし! デザート号、発進!」
機体は滑るように地面スレスレで移動し、店主とゴミ置き場があっという間に見えなくなった。視界は一面、砂の海だ。
「ごめん、デザート号って?」
プレトが尋ねると、ルリスの元気な声が返ってくる。
「この機体の名前だよ。いま考えた。飛行物体って呼ぶの、なんか仰々しいから」
「そうだね。でもなんでデザート?」
「砂漠で拾ったから」
「ああ。お菓子じゃなくて、砂漠のデザートね。納得」
地平線に広がる雲は夕陽に照らされ、まるで燃えているかのように赤く光っていた。それは、まるで二人の胸の内を表しているかのようだった。

(第60話につづく)

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