【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第40話・幻の少女がくれたヒント」by RAPT×TOPAZ

【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第40話・幻の少女がくれたヒント」by RAPT×TOPAZ

プレトは気がつくと、林のような場所に立っていた。
あれ? レグルスの中で、ルリスと昼寝をしていたのに……これは夢かな?
そのとき、突風が吹き、プレトの髪の毛を踊らせた。同時に大量のムイムイに包まれてしまった。
「痛たたたた!」
すごい早さのムイムイが、全身にビシバシとぶつかってくる。こんなに痛いのなら夢ではない! プレトはその場で、ダンゴムシのように身を丸くした。背中が痛いが、目に当たるよりはマシだった。ムイムイは勢いを徐々に増してきている。
……どうしよう、ここはどこなんだ? 
丸くなったまま困り果てていると、誰かに肩を優しく叩かれた。
「はあい!」
プレトは必死で返事をした。もしかして、ルリス? 両手で頭を抱えていたが、右手を握られ、引っ張り起こされた。そのまま手を引かれ、どこかに連れていかれそうになる。強風に巻き込まれたムイムイと砂のせいで、きちんと目を開けられないが、ほんの一瞬、薄目になり、自分の手を引いている人物を確認した。いつも、奇妙な幻の中で出会う、あの少女だった。
「んー!」
口も開けられないが、なんとか意思の疎通をしたいと思い、とりあえず唸ってみた。
「安全なところに連れていくから、心配しないでね」
少女は普通に話してくる。以前、人間ではないようなことを仄めかしていたけど、嵐の中でも平気なのだろうか。目を瞑ったまま大人しく手を引かれていくと、ムイムイに身体を打たれなくなった。恐る恐る瞼を持ち上げてみると、ルリスと一緒に避難した洞窟の中にいることが分かった。だが、ルリスもいないし、レグルスもない。少女と二人きりだ。
……ドリンクバーはあるけど。
嫌なことは早く終わらせよう。少女に向かって話しかけた。
「助けてくれてありがとう。今日はDを飲めばいいのかな?」
「うん。ドラゴンフルーツだよ」
「ドラゴンフルーツ……」
プレトはドラゴンフルーツを食べたことがなかった。いかにも南国出身といった外見しか知らない。とりあえず、ドリンクバーに備え付けられているコップをセットし、Dのボタンを押した。勢いよく出てきた液体には、黒いつぶつぶしたものが入っている。思わず顔をしかめた。なんなんだこれは……
「それ、ドラゴンフルーツの種だよ」
「そうなの?」
ドリンクにするなら、種は取り除きそうなものだが……そんなことを考えても仕方がない。いつも通りに、さっさと飲んで吐き出せばいいのだ。覚悟を決めて、少し口に含んだ。さっぱりとした甘さが口内に広がる。しばらく味わっていたが、おかしな点は見つからなかった。
「普通のジュースだから、がっかりした?」
少女がからかうような口調で言った。
「がっかりはしていないよ。拍子抜けしただけ」
ここまで来て、何の異物も入っていないだなんて、そんなことがあるのか? 疑問に思っていると、少女が話しはじめた。
「お姉さんが頑張っているから、ご褒美らしいよ」
「らしいよって……誰からのご褒美なの?」
少女は何も言わずににっこりと微笑む。そんな表情は初めて見た。いつも淡々としているから、笑わない子なのかと思っていた。そういえば、少女の様子が少し変化している。いつもは裸足なのに、今回は靴下を履いているのだ。しかも、手にはいつも通りヘビが握られているのだが、そのヘビが干物のようにカサカサになっている。プレトがその変わり果てた姿を凝視していると、「この子、動かなくなったの。お姉さんのおかげだよ」と少女が言った。
「え、なんで? 私、なんかしたっけ?」
「わたしが泉の源の話をしたら、目的地に向かって前進してくれたでしょ? それのおかげ」
「……どういたしまして?」
よく分からないけど、役に立てたのならよかった。プレトはあることに気がついて、それを訊いてみた。
「いつもより空気のぬめりが少ない気がするよ」
「それも、お姉さんの頑張りの成果だよ」
「へえ……」
とにかく、呼吸がしやすいのは有り難かった。
「今回はね、伝えたいことがあって来てもらったの」と、少女。
「何かな」
「はっきり言っちゃうと、スパイク肺炎のワクチンのことだよ」
それを聞いたとたん、心臓が重たくなった。知らない間に、危険なワクチンの開発に関わっていた可能性が浮上し、落ち込みすぎて、ルリスに寝かしつけられたんだっけ……
「あれ、私のせいでもあるのかな……」
ルリスは違うと言ってくれたが、まだ胸にモヤがかかっている。
「お姉さんのせいじゃないよ。どんなものでも、危険性を調べるのは当たり前でしょ? そうしないと、安全を確保できないんだから」
「うん……」
「危険性を知っているお姉さんだからこそ、できることがあると思うんだけどな」
「うん……ふふっ。今回は、いつもより喋ってくれるんだね」
小学生に励まされているようで、少し笑ってしまった。
「ヘビが干からびたおかげで、前より話せる内容が増えたの」
「え、制限があったの?」
「まあ、そんな感じ」
ヘビが何なのかは不明だが、いつもより少女が生き生きとして見えたので、プレトは少し安堵した。少女はおもむろにヘビの頭を掴みなおすと、「いただきまーす」と言い、頭から食べてしまった。
「ちょちょちょっ!」
プレトは度肝を抜かれ、少女の細い左肩を掴んだ。
「んーふーふ」
少女は瑞々しい瞳をこちらに向けて、鼻息と共に音を出した。『大丈夫』と言っているのかな……? 
しばらく咀嚼すると、何回かに分けて、口の中のものを全て地面に吐き出した。ヘビは完全に原型をなくし、肉と骨と皮がぐちゃぐちゃに混ざっている。少女は、プレトが持っていたドラゴンフルーツのジュースを剥ぎ取ると、たちまち飲み干し、満足そうな顔をした。
「そんな……麩菓子みたいに齧っちゃって……本当に大丈夫なの?」
プレトは少女の身体が心配だった。
「うん。耳を食べられてから、ずっと仕返ししたかったの。清々したよ」
「それは……よかったね」
なんと言うのが正解なのか分からなかったが、少女の晴れやかな顔を見たら、次第にどうでもよくなってきた。すると、少女が地面を指差して言った。
「汚くてごめんだけど、これを見ててね」
プレトが視線を落とすと、たった今、少女が吐き出したヘビの死骸たちがひとりでに動きはじめた。粘土のように、様々な形に変形している。地面の土をかなり巻き込みながら、繊細な何かを形作っているようだった。
「んっ! これ……」
プレトが驚いて話しかけようとすると、少女に手のひらで口を塞がれた。静かに見ていろということだろうか。
死骸の粘土は、ある街の様子を現しているようだった。小さい人形がたくさんある。人形はみんな、不安そうな顔をしていた。オロオロと動き回っているものもいる。テレビや携帯電話のような画面の中で、悪どい顔をした人形が、なにかを力説している。
すると、小さい人形たちがさらに怯え始め、病院らしき建物に駆け込んでいった。そこには多くの人形が集まっていて、白衣を着た人形から、丸い何かを受け取り、嬉しそうに口の中に放り込んだ。人形たちは、じきに苦しそうな表情になり、ほとんどが口から赤いものを吐き出しはじめた。耳や目からも赤いものが流れ出ている。特に、子供と妊婦の人形がひどい目に遭っていた。子供は全身の穴から赤いものを吐き出し、ブルブルと痙攣している。妊婦はうずくまり、赤い塊を落として動かなくなった。黙って見ているプレトに、少女が耳打ちをした。
「スパイク肺炎のワクチンを身体に入れると、ひどいときはこうなるの」
プレトはあまりの凄惨さに、強く目を閉じた。きっと、あの丸いものがワクチンなのだ。人形で表現されているから、なんとか耐えられた。少女が蚊の鳴くような声で言った。
「大事なのはここからなの」
プレトが再び目を開けると、粘土の街から人形がほとんどいなくなり、がらんとしていた。悪い顔の人形たちがやって来て、街を作り変え、監視カメラや、宙に浮く三角のような形状ものをたくさん設置していった。わずかに残った人形たちは、悪い顔の人形に捕まえられ、無理やり番号札をつけられ、悲しそうな顔をしている。死骸の粘土はここで動きを止めた。砂のようにサラサラと崩れていく。粘土が完全に消えたのを確認し、プレトは口を開いた。
「これは……どういう意味なのかな。ワクチンが危険だってことと……悪い奴らがいて、みんなが大変な目に遭うっていうのは、なんとなく分かるんだけど……最後の監視カメラと三角と、番号札は……」
「それについては詳しく話せないことになっているの、ごめんね……でも、いま見たものを覚えておいてほしいの。情報を集めるときのヒントにしてほしいの」
「……分かった」
これをヒントに調べる……自分にできるのだろうか……
「お姉さんならきっとできるよ……泉の源に行くには、流れに逆らって泳がないといけないの。人生はゆるい登り坂だからね」
「それ、前も言っていたよね」
「大事なことは何度言ってもいいでしょ」
そう言った少女は、どこか楽しそうだった。少女が立ち上がったので、プレトもそれに倣った。
「君って意外と大胆なんだね。突然、ヘビを噛み砕いたりしてさ」と、プレト。
「ふふふ。仕返しと、お姉さんへの説明を同時にできて、いい気分だよ……じゃあ、お昼寝の続きをどうぞ。元気でね、35日は飲まないでね」
「分かったよ。ありがとう、君も元気で」
プレトはゆっくりと目を閉じた。

再び目を開けると、レグルスの中にいた。助手席に座って、寝袋にくるまっている。昼寝をしたときと同じ体勢だ。空気のぬめりがなくなっているということは……戻ってきたのか。
ルリスは操縦席に座ったまま、こちらに身体を倒している。プレトがルリスに膝枕をしている状態だ。とんでもない寝相だ。眉間にシワを寄せて、寝苦しそうにしている。落ち込むプレトを励ましてくれてはいたが、ルリス自身も混乱と不安の中にいるのだろう。
負担をかけすぎてしまったな……
プレトはルリスの髪を撫でながら、深呼吸をした。
……よし。
少女からもらったヒントをもとに、調べてみるか。

(第41話につづく)

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