【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第17話・廃れた遊園地」by RAPT×TOPAZ

【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第17話・廃れた遊園地」by RAPT×TOPAZ

プレトは腰掛けていたベッドから飛び降りた。バスルームからルリスの悲鳴が聞こえたからだ。
あわてて向かうと、服を脱ぐ前のルリスが、バスルームのドアを開け、今にも泣きそうな顔をしている。
ルリスはバスルームの中を指差しながら、苦しそうな声を出した。
「あそこ……!」
プレトが中を確認すると、ヒビ割れたタイルの上をカサカサと動き回る黒い虫を発見した。
「あー、はいはい」
プレトは素早くそれを掴むと、バスルームの窓を開け、外に放り投げた。
「ここボロいし、まあ、いるだろうね」
「プレト……相変わらず凄いよ!」
「あいつらは気持ち悪いだけで、噛んだりしないから」
プレトはふと、ルリスの額に虫を掴んだ方とは逆の手を当てた。
「……あれ? 熱ないかも」
ルリスも自分の額に手を当てた。
「あ、ほんとだ。ドライブして、虫見て叫んだから、治ったのかな」
「ええ?! ルリスって、意外と強いよね」
プレトは心から感心し、頷きながら言った。
「ずっと仕事のことで嫌がらせされててさ、急に私を追いかけてきて、ここまでトラブル続きだったのに、体調不良が熱だけで済むなんて……すごいぞ」
「そうかな? あれを素手で掴める方がすごいと思うけど」ルリスは微笑んでいる。
「ふふふ……明日さ、早めにこの街を出ようか。こんな寂れたところにいたら、風邪がぶり返しそうだし」
「そうだね。なんかディストピアみたいだもんね」

プレトがシャワーを済ませ、リビングへ向かうと、ルリスが備え付けのモニターをつけたところだった。プレトも傍に行き、そのモニターに視線を向ける。 夕方の、よくあるニュース番組が流れていた。 アナウンサーが、画面の中で口を動かす。
『今年に入って4件目の、カスタードルフィン窃盗事件が発生しました』
窃盗事件……? プレトは頭にタオルを引っかけたままニュースに観入る。
「牧場の防犯カメラに、複数人の男と見られる影が撮影されていましたが、未だ犯人の足取りは掴めていません」
「カスタードルフィン……窃盗……」ルリスがモニターを凝視しながら呟いた。 アナウンサーはその後、何やらつまらないことを話してから、すぐに次のニュースへ移った。
「わんにゃん好き好きウィークが、本日から始まりました。対象生物は、イヌ、ネコ、ウシガエル、イヌニワトリです。各地では……」
プレトは、視線をモニターからルリスに移した。ルリスもこちらをじっと見ている。
2人とも黙ったままだったが、きっと同じことを考えていたに違いない。 ルリスが沈黙を破って言った。「クリームちゃん……」
プレトは頷いた。
「うん。誰かがガーデンイール牧場から盗んだから、クリームはあんなところにいたのかも」
「……」
ルリスが唇を結ぶ。無邪気なクリームの傷を思い出しているのかもしれない。 プレトは彼女を安心させたくて言った。
「まあ、これも予想でしかないけどね。明日、ガーデンイール牧場に連絡してみるよ」
ルリスは何も答えない。
「クリームは窃盗事件に巻き込まれていた可能性があるって、一応伝えた方がいいかなって」
「うん……」ルリスは神妙な面持ちだ。
「迷子にしろ、盗まれたにしろ、私たちが保護できてよかったよね」
と、プレトが言うと、「そうだね」と、ルリスが伏し目がちに答えた。
プレトはもう一度、ルリスの額に手をやった。やはり回復したようだ。

「めちゃくちゃ感謝されたよ」
「よかったー!」
旅に出て5日目の午前のことだ。 プレトは、ルリスに言った通りに、ガーデンイール牧場に情報提供をしてみたのだ。
「牧場の防犯カメラにも、怪しい奴らが映ってたらしい。さらに警備を強化するってさ。クリームの傷口はきちんと塞がって、元気にしてるって言ってた」
「本当によかったー!」ルリスは両腕を上げて、ベッドから立ち上がった。弾けるような笑顔だ。
「じゃあ、出発しようか」とプレトが言うと、「操縦はわたしがするね!」と、ルリスの元気な返事が返ってきた。
レグルスで街を通り抜けていったとき、空き家が随分と目立っていることに気付いた。人気がある民家も、あまり手入れをされていないように見える。そんな街並みに対し、テレビ局の建物が威張り散らすようにそびえ建っていた。
「ほんと寂れてるなー。なんでだろ」
プレトの呟きに、ルリスが反応した。
「嘘ばっかり流してるからじゃない?」
「え?」
「メディアって、人の不幸ばっかり取り上げるし、パラライトアルミニウムの枯渇問題だって、あれだけ煽ってるけど、嘘の可能性が高いでしょ?」
「……確かにね」
「これが嘘つきの末路なんだよ。そう考えると、納得でしょ」
「……なるほど」ルリスの鋭い洞察力に、プレトは感心していた。
旅に出て数日だが、この友人は確実に成長している。自分も見習わなければと気を引きしめた。

寂れた街を抜け、レグルスで数時間移動しているうちに、突然、ある施設が目に入ってきた。周りの街からもかなり離れた場所だ。
「あれ、遊園地かな?」ルリスが口を開いた。
「うん、そう見える」
傾いた夕陽に、観覧車やジェットコースターが照らされている。 進行方向にあったので、そのまま近づいてみることにした。活気を感じたいという願望も少しだけあった。
「……」
「……」
入り口まで来たとき、2人とも黙り込んでしまった。 入園ゲートは朽ち果て、ツタが絡み付いている。 敷地を囲む、かわいらしいデザインを施されたフェンスもところどころ歪み、一部は完全に外に向かって倒れていた。
「誰もいないよね。ここから入っちゃおうかな」
物珍しさにひかれ、ピンクのレグルスはそろそろと敷地に入っていく。
「廃墟遊園地……初めて見たかも……」ルリスが呟いた。
廃墟遊園地は、人々に忘れ去られてから、かなりの時間が経過したように見える。奇抜な色合いの旗が風に揺れ、今でも必死に客寄せをしているように見える。プレトは胸が詰まるような思いがした。
メリーゴーランドの馬たちは、土台から垂直に伸びる棒に貫かれ、未だに逃げ出せずにいる。棒が外れて倒れている馬もあったが、それは他の馬たちよりも損傷が激しく、顔の塗装が剥がれ落ちていた。
レグルスに乗ったまま一通り見て回った結果、2人は廃墟遊園地の敷地内にある、イベントホールのような建物の中で一晩を過ごすことにした。
天井が崩れかけてはいるが、晴れているため問題はないだろう。窓ガラスはほとんど残っていないが、壁はある。この中にいれば、わざわざテントを出す手間が省けると思ったのだ。
プレトとルリスは建物の外で、焚き火を起こした。 熱帯夜でないと、夏の夜も過ごしやすい。
「前回焚き火をした時は、クリームちゃんが一緒だったね」
ルリスが揺れる炎を眺めながら言った。
「そうだね。牧場に帰れてよかった」
「うん」ルリスは焚き火を見つめたまま頷き、そのまま話しつづけた。
「ここにいるとさ、なんだかメランコリックな気持ちになるよね」
「……分かるよ。あの街から廃墟遊園地に来たわけだからね。私は事故の怒りがメランコリックに上書きされそうだ」
「ふふふ…」
「焚き火のおかげか、ノスタルジックでもある」
夕飯は、レトルトのクリームソースをかけたパスタだった。ルリスが持ってきた粉チーズをかけると、香りが強くなり、さらに美味しくなった。
「……あ! 洗濯しないとまずい! 昨日の宿、ランドリーがなかったから、何も洗えなかったんだった!」
ルリスが突然叫んだので、プレトは驚いた。
「びっくりした!!」
ルリスはパスタを掻き込みながら言う。
「メランコリックもノスタルジックも後回しだよ! 着る服がなくなっちゃう!」
2人は急いで平らげると、洗濯袋をフル活用する。
忘れ去られたパンダのオブジェが、せわしなく動く人間を羨ましそうに見ていた。

やるべきことを全て終え、寝袋も用意し、朽ちかけた建物内に移動した。
プレトはガラスの無い窓から空を眺めている。
どこかから、シリシリシリシリ……と音が聞こえてきた。キリギリス系統の声だろうか。鳴き声……というか、羽を擦り合わせる音だけでは判別できない。
後ろからルリスに声をかけられた。
「流れ星でも見える?」
ロマンチックな問いかけに、プレトは身体を動かさずに答えた。「いや?」
「そうなの?」と言いながら、ルリスもそばに来て空を見上げる。
プレトは呟くように声を出した。「そろそろ起こってもいいよね?」
「なにが?」
プレトははくちょう座を、視線でなぞりながら答えた。
「オルタニング現象」

(第18話につづく)

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