【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第8話・旅の本当の理由」by RAPT×TOPAZ

【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第8話・旅の本当の理由」by RAPT×TOPAZ

「…ちゃん、おは…う」通信機から聞こえる声で目が覚めた。
「プレパラートちゃん、おはよう」今度ははっきりと聞こえた。
プレトがのそのそと体を起こし、隣のレグルスを見てみると、ルリスがこちらに向かって手を振っていた。
「ルリスズメダイちゃん、おはよう」と返事する。「いつ起きたの」
「ついさっきだよ」
辺りを見回すが、ウチワモルフォの姿は見えなかった。予想通り、夜のうちにこの街を通過したようだ。
プレトは通信機に話しかける。
「とりあえず、レグルスの熱消毒機能を使おうか。鱗粉の毒がなくなるはずだから」
「はーい」ルリスの声が聞こえた。
プレトは、ハンドル横のボタンの中から、炎のマークがついているものを選んで押した。ボタンが赤く点灯する。レグルスは、強化ガラスやボディに特殊なシートが貼られていて、これが数分間熱を発し、表面全体を消毒してくれる。ウチワモルフォの鱗粉は熱に弱いので、これで無毒化できるのだ。この機能は、ただウチワモルフォ対策のためにあると言っても過言ではない。避難訓練でも、近くの建物かレグルスに入れと教えられるほどだ。
やがてボタンの光が消え、消毒が完了する。
「終わったよー」ルリスの声が聞こえてきた。
「こっちも終わった」プレトが返事をする。
レグルスの中は安全とはいえ、毒鱗粉に包まれているのはいい気がしなかった。だが、熱消毒が終わるとともに気持ちが晴れてきた。新鮮な太陽の光が、車内に射し込んでくる。
プレトは提案した。
「レグルスの熱消毒は済んだけど、周りは鱗粉だらけだから、とりあえずこの街から出て、被害がないところまで移動しよう」
「賛成!」朝から元気なルリスに励まされた。
2人ともエンジンボタンを押した。2台のレグルスがその場に30センチメートル浮遊し、それぞれの脚が収納される。
プレトを先頭にして、街の出口となる道を進んでいく。ウチワモルフォが飛んできた方向だ。可愛らしい民家たちが、優しく2人を見送ってくれた。

街を出て数時間ほど進むと、何もない草原に出た。野の花が気ままに揺れている。とても静かな、穏やかな場所だった。念のため、もう一度だけ熱消毒機能を使い、それから地面に足をおろした。全力で伸びをする。土の香りが鼻をくすぐり、思わず嬉しくなった。愛車から出るのは、18時間ぶりのことだ。
「初日からこんな缶詰になるなんて」
大きく深呼吸をしながらプレトは言った。 ルリスが、身体を前後に曲げながら答える。
「波乱の幕開けだったね。でも合流できたし、肺炎にならなくてよかったよ」
柔軟体操を終えると、ルリスは「レグルスちゃんのお世話をしようかな」と言った。

ルリスがレグルスの燃料補充を始めた。ボディ側面の蓋を開けると、燃料タンクにつながる穴がある。ここに液体状のパラライトアルミニウムを垂らしていくのだ。多いときで10滴ぐらいだろうか。
この液体燃料は、目薬のような容器に入っていて、優しく圧迫してポタポタと垂らし、レグルスに注入する仕組みになっている。まさに目薬と同じ方法だ。そのため、目薬と間違えないように容器にはイボイボがついていて、赤と黄色のボーダーが入っている。蓋は赤く、稲妻のような形をしている。
レグルスを生活必需品としている以上、パラライトアルミニウムは必須だ。そのため、この液体燃料はスーパーやコンビニ、ドラッグストアや自動販売機など、あらゆるところで売られている。売場には必ず容器回収ボックスが設置されていて、空になったものをそこに入れ、リサイクルする仕組みになっていた。
プレトも愛車に補充をした。ついでにムイムイも接着させておく。プレトとルリスは、自分の携帯電話と通信機を振り回した。街の中よりは少ないが、ここにも充分のムイムイが浮かんでいた。
ルリスは、接着を終えると、振り向いて言う。
「もうお昼どきだよね。なにか食べよっか」
その言葉を聞いて、プレトは自分のお腹がすいていることに気付いた。
「そうしよう」
プレトがレジャーシートを広げ、そこに2人で座る。
昼食は携帯食料で済ませることにした。街で買い物ができなかったから、それしか食べるものがなかったのだ。様々なフレーバーがあり、プレトはチョコレート、ルリスはチーズを食べる。なんとルリスは、ほうれん草ババロアのジュースを持ってきていた。よほど気に入ったらしい。 プレトは口の中のものを飲み込んで言った。
「私も、ほうれん草ババロアの方が好きだなって思った」
ルリスが楽しそうに言う。
「好みが似てるね」
野原の葉っぱたちがさわさわと優しい音を立てた。

食事を終えると、また移動を開始する。道路がないから、同じ速度で並走することができた。
ルリスが、プレトのリクエストした曲を歌ってくれる。昨日、ルリスと合流する前に、鼻歌で歌っていた曲だ。
ルリスはなかなか歌が上手く、ビロードのように透き通ったソプラノの声を出すことができる。優秀な通信機が、ノイズもなくルリスの声を拾ってくれるので、とても心地がいい。
サビの盛り上がりに合わせて、身体が自然とリズムをとる。一緒に歌いたい気持ちもあったが、自分の外れた音程でルリスの邪魔をしたくなかった。
ルリスが語尾を伸ばして歌い終えると、プレトは 「パチパチパチパチ」と声で拍手した。
「ルリスさん、最高!」
「今さらな質問なんだけど」ルリスが不意に話しかけてきた。「この旅の目的ってさ、パラライトアルミニウムの枯渇問題を解消することだっけ?」
しまった、とプレトは思わず唇を噛んだ。まだ旅の詳細を話していなかった。ルリスには、所長に言われた表向きの理由しか伝えていない。
「あー、いや。枯渇問題は……嘘だと思う」
「そうなの?」意外そうな返事だった。
プレトは平静を繕って答える。
「これだけ燃料効率がいいのに、枯渇なんて考えられないし」
「やっぱりそうなんだ」
少し間をおいて、プレトは尋ねた。
「ルリスさ、ラピス溶液って知ってる?」
「あー」と言って、ルリスは思い出したように答える。「パラライトアルミニウムを抽出するときに使うやつだっけ。虹にかける液体だったような」
「そうだよ」
と言いつつ、プレトはどこまで話すべきなのか迷ってしまった。全てを話したら、危険な旅から帰れたとしても、面倒ごとに巻き込んでしまう恐れがあったからだ。しかし、全てを捨ててついてきてくれたルリスに、隠し事をするのも憚られた。プレトは結局、自分の知っている全てを伝えようと思った。 意を決し、唇をなめる。
「……私、ラピス溶液の秘密を知ってしまったみたいなんだ」
「え?」
ルリスが戸惑ったのが分かった。
「ラピス溶液ってさ、ラピスラズリとかの宝石が原料だって言われてるんだけど、どうやら嘘だったみたい」
「そうなの?」
「偶然、自作した溶液と、ラピス溶液の成分が同じなのに気付いて、それを所長に指摘したら、レインキャニオンまで1人で行けって命令されたんだ」
「急展開すぎる」
本当にそのとおりだ。
「ラピス溶液ですごく儲かってる製薬会社があるんだけど、私の職場と同じ、資源省の管轄なんだ。それに、法務省ともズブズブらしくて」
「法務省……」
「とにかく、私が邪魔だから消したいみたい。表向きは、枯渇問題解消のための出張だけど、実際は追放なんだ。このまま帰って来なければいいと思われてるに違いない。あくまで私の推測だけど、当たってると思う」
「……そうなの? だから1人だったんだね」
ルリスはそこで言葉を切った。
「巻き込んでごめん」プレトは早口で言った。 「これを知ってるの、ほんの数人だと思う。装備を用意してくれた上司も知らないんだ。人に話さない方がいいと思って、隠して出発したんだ」
少しの沈黙のあと、ルリスの力強い声が聞こえてきた。
「プレトは止めてくれたじゃん。わたしが勝手についてきたんだから、謝らないで」
通信機が、ルリスの包み込むような声を届けてくれる。
「やっぱりついてきてよかった。2人の方が成功率上がるから、無事に帰って皆をびっくりさせてやろうよ。それからのことは、帰ってから考えよう」
「……うん、ありがとう」
友人の頼もしい言葉に、目頭が熱くなった。操縦中なのに危ない。プレトは沢山まばたきをしてこらえた。 前がしっかり見えることを確認してから、プレトは疑問に思っていたことを訊いてみる。
「そういえば、ルリスはご両親になんて言ってきたの?」
ルリスはあっけらかんと答えた。
「友だちと同居するって言って出てきたよ。わたしに興味ないから、何も質問されなかった」
「ははは」という笑い声が、続けて聞こえてくる。
そのとき、プレトの乗ったレグルスが自動で急停止した。センサーが障害物を感知したようだ。思わず身体が前のめりになるが、シートベルトで守られる。 同時に、プレトの目の前に何かが落ちてきた。
どちゃっ、という鈍い音がした。
「プレト、大丈夫?」少し先まで進んだルリスが、Uターンして戻ってきた。2人ともレグルスから降りる。一体、何が落ちてきたのだろう。
「カスタードルフィンだ」
プレトが声を出した。
イルカに似たその生き物は、浅い呼吸をしていた。 脇腹を負傷し、そこからクリーム状の体液が流れ出ていた。

(第9話につづく)

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