【連載小説】プレトとルリスの冒険《Season2》 – 「第19話・コギト人の襲撃」by RAPT×TOPAZ

【連載小説】プレトとルリスの冒険《Season2》 – 「第19話・コギト人の襲撃」by RAPT×TOPAZ

「今日はチユリさんもビケさんも来ないもんね。なんか寂しいなー」
ルリスはマシュマロ用のムーン液を混ぜている。
「そうだね。早くほとぼりが冷めるといいな」
プレトはリビングのカーテンをめくり、庭を眺めた。雪は降っていないが、厚い雲がゆっくりと動き、視界を乳白色に染めている。すると、植え込みの向こうに人影が見えた。通行人かと思ったが、数人がうろうろしているようだ。何だか怪しい。そのまま観察していると、複数の男が敷地内に侵入してきた。知らない人物だが、容姿は明らかにコギト人だ。カラースプレーのようなものを手にしている。プレトはルリスに声をかけ、玄関のドアを薄く開けると、二人で庭の様子を伺った。
「ルリス、動画撮ってくれる? あいつらが何かしはじめたら、私が声をかけにいくよ」
「それじゃあプレトが危ないよ」
「大丈夫だよ⋯⋯大丈夫になるように祈ってて」
ルリスは頷くと、携帯電話で動画の撮影を始めた。男たちの様子を見ていると、一人がレグルスに落書きを始めた。赤い塗料がレグルスの上を走っていく。レグルスへの落書きは何度かやられたことがあるから、この程度では動じない。
そのまま玄関で待機していると、別の男たちが、倉庫と外壁に落書きを始めた。プレトは飛び出した。ルリスも動画を回したまま、すぐ後ろからついてきている。
「君たちコギト人? ここで何してるの?」
プレトが声をかけると、全員が一斉にこちらを向いた。その中の一人が苛立ったように話しはじめた。
「ここはプレパラート研究所だよな。クライノートにコギト人の悪口を書いただろ。差別する奴は許さない」
「差別じゃないよ。実際に受けた被害を投稿しただけだよ。何か問題あるかな」プレトは答えた。
「俺たちの肩身が狭くなるだろ。コギト人全員が悪いことをしているわけじゃない」
「それは知ってるよ。でも、君たちは悪いことをしている側だよね。現在進行形でやらかしてるもんね」
「お前が先に仕掛けたんだ。それにやり返して何が悪い!」
「やり返すなら、クライノートでコメントくれればいいじゃん。コギト国ではこういう方法で仕返しするのもアリなのかもしれないけど、この国ではダメなんだよ。コギト人の肩身を狭くしているのはコギト人自身だよ。基本的なルールを守ってくれれば、誰も文句言わないんだから、もっと冷静になりなよ」
「うるさい! この国の人間は何もしてくれない!」
「税金使って住む場所を斡旋してるんですけど⋯⋯てか、頼んでもないのに入国してきたのは君たちだよね? 君たちがこの国に貢献するのが先だと思うんだけど」
「弱者を保護するのが強い国の義務だろ」
「君たちは弱者なの? 高そうな時計着けてるけど⋯⋯そもそも何のビザで滞在してるの?」
プレトの質問に、相手の目が泳いだ。不法滞在しているのかもしれない。プレトは畳みかけた。
「そんなにこの国に不満があるなら、母国に帰って自由に暮らしたらいいじゃん。誰も引き留めないし、その方がお互いのためにな⋯⋯」
「黙れ黙れ!」
男は目を血走らせながら叫ぶと、足元の石を拾い、窓に向かって投げつけた。ガシャーンと激しい音を立ててガラスが割れた。
「うわ! 何してくれんの!」
プレトが割れた窓に駆け寄ると、その隙に男たちは全員走り去ってしまった。さほど大きくない窓だが、面積の半分ほどが割れてしまった。冬にこれは厳しい。
ルリスと共に家の中に入ると、リビングにガラスが散乱していた。幸い、窓以外に壊れた物はないし、モルモットとウサギたちも無事だった。だが、スカイフィッシュは音に驚いたようでひどく怯えていた。今は、プレトのパーカーのフードに入り、ブルブルと震えている。とりあえず、ケガはしていないようで安心した。プレトは盛大にため息をついた。
「あいつらヤバすぎでしょ。チユリさんとビケさんに休んでもらって正解だった。動画は撮れたかな」
「バッチリだよ」
ルリスが動画を再生してくれた。そこには一部始終が収められ、犯人たちの顔もはっきりと映っていた。
「これからどうする? さすがに警察に通報する?」
ルリスは床に広がったガラスを見ている。
「そうねえ⋯⋯通報しとくか」
プレトはポケットから携帯電話を取り出した。警察に連絡すると、駆けつけた警官たちが現場検証を始めた。その中にはハギ警官もいた。ルリスが撮影した動画を警官たちに見せ、情報提供すると伝えたが、なんと断られてしまった。捜査はこちらに任せてほしいとの言い分だった。犯人の顔が映っているのだから、捜査の助けになるはずなのに……こんなのおかしい。プレトが食い下がると、ハギ警官が割り込んできた。
「ここはプロである我々に任せてください。邪魔をしたいのかな? そもそも、石を投げられるようなことを言ったのが原因じゃないの?」
「動画見ましたよね? 私は石を投げられるようなことは言っていません」
何度か言い合ったが、警官たちは結局、現場をチェックして帰っていった。かろうじて被害届けは出せたが、ここからは自分たちで何とかしなくては。
大家に電話すると、保険に入っているからと、修理代を出してもらえることになった。修理業者に連絡すると、一時間ほどで来てくれた。ガラスの破片を片付け、修理が終わった頃にはどっと疲れが押し寄せてきた。ルリスと共にソファに身体を沈めた。
「もう、なーんにもしたくないよ。レグルスと壁の落書きは明日洗えばいいよね?」
ルリスの声に張りがない。
「うん、疲れて身体が動かないもん。めちゃくちゃ消耗したな⋯⋯」
「警察もあんな感じだったし、きっと、ちゃんと捜査しないよね? このままだと、本当に山で過ごさなくちゃいけなくなる?」
「現実味を帯びてきたね⋯⋯もしそうなったら、レグルスとデザート号に生き物たちと荷物を乗せて、山籠りするか」
「必要な時だけ街に降りて、用が済んだら山に帰ることにしようか」
「人里に憧れてるバケモノみたいな生活だね」
「いーやーだーよー!」
ルリスは頭を抱えた。
「とりあえずさ、今日の出来事をクライノートに投稿しようかな」
プレトは携帯電話でクライノートを開いた。
「そうしよう。わたしはチユリさんとビケさんに報告するね」
ルリスも携帯電話を操作し始めた。プレトはクライノートに投稿し終えると、携帯電話をテーブルに放った。
「どうせアンチが群がってくるだろうから、しばらく見ないことにする」
「それがいいよ。精神衛生上よくないもん」
ルリスも携帯電話をテーブルに伏せた。
「はあ⋯⋯コギト人マジでしんどい。こんなことならフラウド星人に侵略されたほうがマシだよ」
「フラウド星人っているの?」
「さあ。いたとしても、どうやってガス惑星に住んでるんだろうね」
ルリスと二人で作業をしていると、太陽光が鋭角で射し込んできた。もうこんな時間か。長い一日だったな。家の中を片付けていると、プレトの携帯電話にアリーチェから着信が来た。
「クライノート見たよ。大変なことになってるじゃん。ケガはないの?」
「今のところ無傷だよ。そろそろ山に移住しないといけないかなってルリスと話してた」
「そんなことしなくても、あたしの家に来ればいいよ。狭いのを我慢できるなら三人でも大丈夫だよ。というか、追い風が吹いたみたいだから、もう心配いらないかも」
「どういうこと?」
「政治家がね、コギト人についてクライノートで発言したんだよ。トレンド入りしてるからすぐに見付かると思う。ロマーシカっていう人だけど、知ってる?」
「地上波にも結構出てる人だよね。気のいいおっちゃんみたいな」
「そうそう、その人。〈プレパラート〉の名前は出してないけど、プレルリを養護するような内容の投稿だから、気が向いたら見てみなよ」
通話を終え、プレトとルリスはクライノートをチェックした。確かに、ロマーシカの投稿が注目されている。

『ここ数日、コギト人に関連するニュースが多く報道され、それにあわせてSNS上の投稿も増えています。私自身、あらゆる差別には断固として反対の立場です。ただし、コギト人から受けた被害を個人的に報告しているに過ぎないユーザーに対して、誹謗中傷をするような行為は、非常に残念に思います。”事実を共有すること”と”差別”は別ものです。冷静な声が届かなくなると、本当に守るべき命や安全がおろそかになるかもしれません。また、警察の対応についても疑問の声が上がっており、私としても事実関係を調査していく方針です。今こそ、感情ではなく事実と向き合うことが大切だと思います』

確かに、〈プレパラート〉の肩を持つような内容だ。これまで、コギト人問題に関して発言した政治家はいなかった。それなのに突然、こんな長文で⋯⋯
プレトは、目の前にある茂みが切り拓かれたような気がした。

(第20話につづく)

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