
翌日、プレトは一人で叫んでいた。
「できたあ! なんという仕事の速さ」
〈プラネテス〉にフラウド粒子のレポートを見せ、ゴーサインが出たのだ。ルリスの両手がプレトの両肩に乗った。そのままマッサージしてくれる。
「お疲れさま。早かったね」
「音速のプレトと呼んでくれ」
「ウザすぎる。できあがったレポートは郵送するの?」
「ううん、ネットで。メルト機構のホームページに『投書箱』があるから、そこに送るの。〈プラネテス〉さん曰く、あまり投書されないから、ちゃんとしたレポートを送れば確実に目立つってさ。もしメルト機構の反応がいまいちだったら、改めて郵送するとかになると思う」
「なるほどね」
プレトは肩を揉まれながらパソコンを操作した。メルト機構のホームページを開き、『投書箱』にレポートを送信した。数日中に何か反応があるといいなあ⋯⋯ルリスのマッサージが素晴らしくて、意識が飛びそうだ。
その日の午後、プレトのパソコンにメールが届いた。メルト機構かららしい。
「え、もうリアクション来たの? 光の速さか?」
独り言を言いながらメールを開くと、本当にメルト機構からだった。決して見間違えではない。本物だ。
『プレパラート研究所 代表 プレト様
レポートの投書、ありがとうございました。拝見したところ、フラウド星から飛来した物質が、人体に悪影響を与えている可能性があるとのことでしたが、こちらはプレト様ご自身がお調べになったのでしょうか?』
やっぱりそこ、気になるよね。フラウド星の情報はほとんど知られていないのだから当然だ。あらかじめ考えておいた答えを返信した。
『外部に協力者がいますが、本人の希望で、今回はプレパラート研究所の名前でレポートをまとめました。協力者はあくまでも善意での活動を望んでおり、見返りは求めていないと強く主張していますので、本人の意思を尊重することといたしました。こちらとしては、フラウド粒子の危険性を確認することで、相次ぐ不審死を解決する手がかりになればと考えております。特に利益を求めているわけではないことをご理解いただけますと幸いです』
何度かやり取りした結果、メルト機構の方でフラウド粒子の採取から調査まで行ってくれることになった。あちらはフラウド星の記録を持っているのだから、粒子のサンプルを手に入れることさえできれば、すぐに照合して結果が出るだろう。プレトはパソコンから離れ、静かにガッツポーズした。先行きは不透明だが、一歩前進できた気がする。
キッチンで湯を沸かし、熱いココアを作ると、型崩れしたムーンマシュマロを浮かべた。表面がシュワシュワと、ゆっくり溶けていく。隣に来たルリスがギョッとしたような顔で見てきた。
「プレトが自分でそんなの用意するだなんて⋯⋯今日って彗星が地球に落下する日だっけ」
「我々が新たな一歩を踏み出したかもしれない日だよ。メルト機構とメッセージのやり取りをしたんだ。フラウド粒子のことを調べてくれるってさ」
「ああ、そういうこと⋯⋯調べが進むのも嬉しいだろうけど、メルト機構と直接やり取りできたのも嬉しいんでしょ」
「まあね。うちみたいな弱小研究所が、国内最大の宇宙開発組織に認知されたんだからね」
「ふふふ、浮かれちゃって。そろそろチユリさんが到着すると思うから、追加でお湯を沸かしておいてもらえるかな」
「了解」
手続きやら何やらが一段落したとのことで、チユリさんが帰って来れることになったのだ。しばらくすると、インターホンが鳴り、チユリさんが入ってきた。
「三人とも本当にありがとう。アオネとお別れする時間が取れてよかったわ」
初めに声をかけたのはビケさんだ。
「お帰りなさい。チユリさんの凱旋祝いに雪合戦でもしますか」
「積もってないのに? チユリさんお帰りなさい! アオネちゃんのお父さんとお母さんの様子はどうですか? もちろん元気ではないと思いますけど⋯⋯」ルリスが続いた。
「なんとか生きてるって感じね。親族は私以外にもいるから、交代で様子を見ることになったの。もし何かあったら、駆けつけることになるかもしれないけど⋯⋯」
「その時はまた教えてください。プレパラート研究所としては、チユリさんの安否確認ができれば大丈夫なので」プレトも声をかけた。
「頼もしいわ」
久しぶりに四人揃った。なんだか落ち着く。生き物たちも心なしか嬉しそうに見える。
次の日の昼休憩中、メルト機構から再びメールが届いた。
『昨日はレポートをお送りいただき、誠にありがとうございました。その後、弊機構敷地内にて雲を固定したところ、フラウド粒子のサンプル採取に成功しました。取得したサンプルをフラウド星の観測記録と照合したところ、99%の一致を確認できました。
これにより、フラウド星のコアより放出された粒子が、地球へ飛来していることが確定しました。それに伴い、フラウド粒子に含まれるアルカロイド系幻覚物質等が人体に悪影響を及ぼしていることも確実となりました。つきましては、緊急対策チームの設置を予定しております。本件に関し、レポートをご提供いただいたプレパラート研究所様にも、是非ご協力をお願いできればと考えております。会議の日程などは改めてご連絡いたしますので、ご都合がよろしければ参加をご検討いただけますと幸いです』
「んっ⋯⋯んんー!」
「プレトちょっと、食べながら唸っちゃって、どうしたの」
ルリスにティッシュを渡された。口元を拭き、メール画面を開いたまま、テーブルの中央に携帯電話を置いた。ルリスとチユリさんとビケさんが一斉に覗き込む。少し経つと、読み終えた順に声を上げはじめた。
「緊急対策チームだって! すごいね!」
「フラウド星が原因なのね⋯⋯」
「最近、そこまで忙しくないし、参加した方がいいですよ! プレトさんもそう思いますよね」
「ですね。ここまで手を出したので、参加するべきですよね」プレトは頷いた。
ふと、チユリさんの表情が沈んでいることに気がついた。アオネの仇が判明したのだから、複雑な心境なのだろう。プレトはチユリさんに声をかけた。
「フラウド星をどうにかできれば、不審死の被害を食い止められるかもしれません。アオネちゃんの仇を取りますよ。私、頑張ります」
メルト機構へ、対策チームに参加する旨を伝えた。返信によると、明日早速、第一回目の会議がビデオ通話で行われるらしい。会が進むうちにメンバーの増減はあるだろうが、早めに手を打ちたいとのことだ。プレトも賛成だ。人の命がかかっているのだから、遅いよりは早いほうがいいだろう。プレトは三人に伝えた。
「参加できることになりましたよ。会議の名前は『プロジェクト・フラウド』です」
翌日のプロジェクト・フラウドには、四人で参加した。前列がプレトとルリス、後列がチユリさんとビケさんだ。一つの枠に収まっている。画面の中には十数人の顔が並んでおり、その中に〈プラネテス〉もいた。立候補したのかもしれない。名乗り出てはいないものの、フラウド粒子を発見した本人なのだから当然だ。他には、各研究施設のスタッフや、政治関係者もいた。メルト機構の職員から、フラウド星とフラウド粒子の説明を一通り受けると、すぐに質問タイムに入り、政治関係者が真っ先に発言した。
「大変危険なものですので、ミサイルを撃ち込んでコアを破壊してしまうのが手っ取り早いでしょうか? ミサイル以外にも、使用期限が迫っている衛星を近付けて自爆させ、爆発に巻き込んでしまうというのはどうでしょうか」
メルト機構の職員は答えた。
「こちらでもそういった案は出たのですが、微細な粒子が飛来しただけで人間に悪影響を与えている状況ですので、爆散したコアの破片が地球へ到達した場合、全人類が狂ってしまう可能性も否定できません」
「その破片も迎撃するのはどうでしょうか」
「宇宙空間で迎撃できたとしても、目視できないほど細かくなったコアは、地球に届いてしまうと思います。となると、地上で回収することも難しいですし、新たな不審死の被害が出てしまうかもしれません」
会話が途切れた。みんな頭を悩ませているようだ。プレトもフラウド星を破壊したいと思っていたが、そうすると被害が拡大する恐れがあるのか。どうしたものかな⋯⋯壊さずに無力化する方法⋯⋯頑丈ですぐに用意できそうな⋯⋯ケーゲルの膜みたいな⋯⋯あれは確か、ゼリーベンゼンでできていたよね。ケーゲルに閉じ込められたときのことを思い出し、思わず声が出た。
「あ」
「ん? プレパラート研究所さん、よかったらお話してください」
メルト機構の職員に当てられ、プレトは話しはじめた。
「あ、えーっと⋯⋯ゼリーベンゼンはどうですか? どこででも手に入りますし、加工も簡単で丈夫なので、予算的にも時間的にも現実的かなと⋯⋯ゼリーベンゼンの膜でコアを包んでしまえば、飛び散らないですし、壊さずに済みますし、粒子を抑え込めるかなって思いました。いうなれば⋯⋯封星膜というか⋯⋯ヴェールというか⋯⋯」
「ふうせいまく、ですか」
メルト機構の職員が顎に手を置いた。考えているような仕草だが、瞳に光が宿ったように見えた。
(第17話につづく)
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