
〈アルカロイド界隈〉の画面を開いたまま、少し待機してみた。やがて、チャット画面が動き始めた。
『聞いてくれ。ガビアルドッグもアルカロイドを作ることが判明した』
『すご! 学会案件じゃね?』
『ガビアルドッグは大学で飼育してるの?』
『うん。夏にわんにゃん好き好きウィークってあったじゃん。そのタイミングで、どさくさに紛れて学校が入手した』
『あれって保護活動ウィークって意味じゃないの?』
『だと思うけど、大学は実験動物として扱ってる。もちろん大事にしてるよ』
『声のでかい活動家にバレたら炎上しそうだね。とりま、研究の成果が出てよかったな』
『ども。ガビアルドッグは引き続き、ゼミで可愛がるから安心してな』
『可愛がるってどういう意味なの。ウケる』
なかなか盛り上がっている。勇気を出して、プレトも書き込みしてみた。
『割り込み失礼します。新規です。こちらのアルカロイド物質、ご存知の方はいらっしゃいますか? もしもお邪魔でしたら、すぐに退室します』
メッセージを投稿した直後に、フラウド粒子の成分内容もアップした。ここでも、フラウド星には触れないでおくことにした。いきなり現れた奴が〈アルカロイド界隈〉で惑星の話をしだしたら、間違いなく荒らしだと思われてしまう。
『新規さんこんにちは。ここでは雑談とかもするので、固くならなくていいですよ。これだけアルカロイドの割合が多いと、幻覚作用が現れますよね。自分は知らないけど、みんなはどうかな?』
『俺も知らん。癖が強い組み合わせだね。軽い気持ちで取り扱うと痛い目をみるかも』
『とりあえず、医療用ではなさそう』
『これは創作?』
プレトは全体に向けて返信した。
『創作ではなく、知人が知りたがっていたので、私が代わりに質問をしました。知人も私も、詳しいことはよく分からないのです。なので、〈アルカロイド界隈〉なら詳しい人がいるかもしれないと思い、成分を投稿してみました』
『なるほど。まあ、人間を健康にするような代物ではなさそうだから、無闇に近づかない方が身のためだと思う』
『私も知らないけど、ちょっと興味あります』
『これだけだと分からんなあ』
その後も何件か反応はあったが、ピンときている様子はない。
『返信ありがとうございます。ご存知かどうかだけ知りたかったので、リアクションいただけて助かりました。こちらはアルカロイドに精通しているわけではないので、ここからは基本、読む専になります』
『いえいえ。このグループは人数が少ないですから、新しい人が来てくれて嬉しいです。話したいことがあったらいつでもどうぞ』
『ヤバそうな物質があったらまた教えてね』
『またねー』
〈アルカロイド界隈〉の画面を閉じ、クライノートのホーム画面をスクロールしていると、一件のDMが届いた。開いてみると、先ほどまで〈アルカロイド界隈〉内で返信をくれていたユーザーだった。〈ニャルラト〉という名前だ。
『先ほどはありがとうございました。追いかけて来たみたいになってごめんなさい。もしかして、プレパラート研究所のプレトさんですか?』
一瞬戸惑ったが、隠す必要もないと思い、素直に答えた。
『そうです』
『やっぱり! お礼を伝えたくてDMしました。スパイク肺炎ワクチンを食べてしまったのですが、ムーンマシュマロのおかげで助かりました。ありがとうございます』
『とんでもないです。スーパーで購入されたんですか?』
『数ヶ月前に、公園で試食を配っていましたよね? その時に受け取りました』
あのときか! そういえばそんなこともしていたな。たった数ヶ月前の出来事だが、少し懐かしい気持ちになった。〈ニャルラト〉のDMは続いた。
『ちょうどその時は散歩をしていたんですけど、ド派手なレグルスが空中に浮いているのを見かけて、びっくりして近付いたんです。そうしたら、リバースパンダの着ぐるみがお菓子を配っていたので、またまたびっくりしました』
『たくさん驚かせてしまいましたね。着ぐるみを着ていたのが私です。とんでもなく暑くて大変だったのを覚えています』
『客引きとして大成功だったと思いますよ。当時は何も知らずにワクチンを身体に入れてしまって、全身にじんましんが出るようになっちゃったんです。でも、もらったムーンマシュマロで治ったんですよ!』
自分の知らないところで、そんなドラマが起こっていたなんて。試供品の配布は結局、悪人に邪魔されてしまったが、できる限り配っておいて本当に良かった。
『お役に立ててとても嬉しいです。頑張った甲斐がありました。話は変わりますが、〈ニャルラト〉さんはアルカロイド系の物質に詳しいんですか?』
『詳しいってほどじゃないんですけど、職場で植物を扱うことが多くて、研究とかもしてるんです。中には、アルカロイドを生産する植物もあるので、少し知ってるって感じです。〈アルカロイド界隈〉にはノリで入りました』
『私が〈アルカロイド界隈〉に投稿した成分を見て、どう思いましたか? 根拠とかはなくて大丈夫なので、率直な感想が聞きたいです』
『なんとなく、植物っぽさがあるなって思いました。でも、あれだけ水銀が含まれているなら、動植物から抽出される可能性は低いのかなーとか。そんな風に思いました』
プレトたちが抱いた感想とほぼ同じだ。
『ありがとうございます。クライノートへ普通に投稿してもあまりリアクションが得られないので、貴重な意見です』
『もし可能だったら、職場でもあの成分のこと、話してみてもいいですか? 職場で話題になったら何か分かるかもしれないって思いました。もちろん、ムリにとは言いませんよ!』
『お話していただいて構いません。こちらも情報収集している最中なので、ありがたいです』
隣のビケさんが口を開いた。
「それじゃあ、〈ニャルラト〉さんの返事待ちですかね」
「ですね。何か分かりますかね?」
「どうかなあ。焦っても仕方ないですから、トランプタワーでも作りながら気長に待ちましょうよ」
「疲れるからヤダ!」全力で拒否した。
翌日の夜、〈ニャルラト〉からDMが来た。
『例の成分についてですが、職場の人たちに訊いてみました。植物から生産されたものっぽいっていう見解は共通でしたが、みんな知らないみたいです』
『訊いてくださってありがとうございます』
『期待は薄そうですが、もし何か進展があったら、また連絡しますね』
〈ニャルラト〉にフラウド星のことを説明したほうがいいのかな。そんな考えが頭をよぎった。警戒するように伝えた方が親切かもしれない。だが、防ぎようもないのに、伝えてしまってもいいのだろうか。「ここは絶対に津波が来るし、逃げ場はないけど気を付けてね」と言うようなものだ。言われた方はパニックになるしかない。せっかくムーンマシュマロで回復したのに、精神を病んで病気になったりしたら元も子もないじゃないか。それに、プレト自身がフラウド星のことを理解できていない。親切なことはしたいが、無責任なことはしたくない。逡巡した結果、現段階では伝えないでおくことにした。
『分かりました。こちらからも連絡するかもしれないので、気が向いた時に反応していただけたらと思います』
無難な返事をしておいた。失礼ではないだろう、多分。結局、進展と言える進展はなかった。明日は、みんなに情報共有して、〈プラネテス〉に連絡を取ろうかな。
それにしても、植物っぽいのかあ⋯⋯フラウド星はガス惑星だから、植物が生えたりしてるわけじゃないんだよな⋯⋯それとも、植物寄りの惑星なのかな? そういうのもあるのかな? ⋯⋯だめだ、見当もつかない。やっぱり、わけの分からない星が、わけの分からない危険物質を放出してるって考えたほうがいいのかも。てか、惑星のせいで人間が苦しむとかどういう状況なの。サイエンスフィクションか? ここまで首を突っ込んでおいてアレだけど、フラウド星が原因だとは、いまいち信じきれないよ。混乱してきた。気持ちを落ち着けたい。
プレトは改めて、ネットでフラウド星を検索してみた。情報はかなり少ない。
『フラウド星(ふらうどせい)はガス惑星に属し、他のガス惑星と比較して際立って小さい。中央にコアがあり、コアの周囲をガスとみられる物質が覆っている。この物質は、気体ではなく微粒子との情報もあるが、調査中なため詳細は不明。望遠鏡での観測は可能だが、軌道が定まらず、他の惑星ほど強く輝いているわけでもないため、長い期間観察の対象から外れており、知名度はかなり低い。名前の「フラウド」は、雲隠れするかのように人類の目を避けてきたことから、クラウド(雲)をアレンジして付けられた造語だ』
「ふーん」
自分でも驚くほどやる気のない声が出た。メルト機構が調査した結果もここには載っていない。掲載していないのか、知名度がなさすぎて誰も検索していないのか⋯⋯どちらにせよ、有益な情報は得られなかった。そういえば、望遠鏡は持っていなかったな。設備投資と称して買ってしまおうか。みんな星を眺めるのは好きだし、いい機会かもしれない。検索窓にある「フラウド星」の文字を消し、代わりに「望遠鏡」と打ち込んだ。
(第15話につづく)
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