【連載小説】プレトとルリスの冒険《Season2》 – 「第12話・地球とフラウド星」by RAPT×TOPAZ

【連載小説】プレトとルリスの冒険《Season2》 – 「第12話・地球とフラウド星」by RAPT×TOPAZ

「フラウド星のコアが危険なんですか」
プレトは〈プラネテス〉に質問した。
「はい。数年前ですが、フラウド星が地球に接近したタイミングで、無人探査機が調査に行ったんです。搭載されているAIがその場で解析を行ったところ、人体に有害な成分が検出されました」
「初耳です。そんなことがあったんですね」
「宇宙関連の研究をしていると、こういうことは普通に起こるんです。珍しくないので、特に報道されなかったんだと思いますよ。無人探査機もいくつか打ち上げていて、調査対象の近くにあるものを遠隔操作で向かわせています」
「それも初めて知りました」
「宇宙開発となると、どうしても有人飛行が注目されますからね。無人探査機は野球ボールくらいの大きさですし、華があるとも興味を引く話題とも言えないので、メディアはほとんど取り上げないんですよ」
ビケさんは口を開いた。
「ちょっと寂しいですね。わたしが以前いた部署は、食品を扱う分野でしたが、同じくほとんど注目されませんでしたよ。だから共感できます。採取チームが虹を採ったら囃し立てるのに、こちらが新しい食品を開発しても、なーんにも言われないんです。世知辛いですよねえ」
「どの界隈も似たようなものなんですね。そのせいか、予算もパッとしなくて⋯⋯あ、話が脱線してしまいましたね。雲に付いていたフラウド粒子の成分をチェックした時、研究所内のデータを片っ端から確認していったんですよ。何かと合致するんじゃないかって期待したんです。その結果、フラウド星のコアと成分が一致したので、これが原因だと判断しました。フラウド粒子という名前は、このタイミングで付けたんです」
「フラウド星が霧散? しているっていうのは、その時点で分かっていたんですか」プレトは尋ねた。
「分かっていました。霧散しているということ。コアが人体に有害だということ。それと同じものが雲に付いていたということ。これらの情報から、飛来したフラウド粒子が人間に悪影響を与えているのだと推測しました」
「なるほど⋯⋯」ビケさんは深く頷いた。
プレトもコクコクと頭を上下させた。推測に至るまでの流れには納得できた。プレトも〈プラネテス〉と同じ立場だったら、きっと同じように調べ、同じような結論に至っていただろう。再び質問した。
「フラウド粒子の成分って、どういったものなんですか?」
「アルカロイド系の幻覚物質、そして水銀です。他にもありますが、これらが大部分を占めています」
「うわあ。詳しくない私でも分かるほど、思いっきり有害な感じなんですね⋯⋯」
アルカロイド系の幻覚物質は、行動異常や急性痴呆などを引き起こすと聞いたことがある。〈プラネテス〉は説明を続けた。
「地球に飛来していると言っても、微量なんですよ。ほとんどは宇宙空間に飛び散っているはずですし。でも、そのフラウド粒子を一定量吸い込むと、精神に異常をきたすのではないかと考えています。アレルギーって、後天的に発症することがあるじゃないですか。甲殻類アレルギーとか。異常が現れる量も人によって違うから、フラウド粒子でも発症する人としない人がいるのかなと」
「花粉症みたいなものですか?」
「そうですね。花粉症の命にかかわるバージョンみたいな。若い女性は、身体が小さかったり、ホルモンバランスも崩れやすいので、他の年代や男性と比較したときに被害者が多いのではないかと思います。プレトさんは小柄で若い女性ですが、キャパシティが大きいから発症せずに済んでいるのかもしれませんね」
「え⋯⋯そうなんですかね⋯⋯?」
自分も発症するリスクがあるのかと思うと、急に恐怖が湧いてきた。ルリスは大丈夫だろうか。ビケさんが感心したように言った。
「それにしても、不審死と星を結びつけるなんてすごいですね。わたしだったら脳みそのシワが倍になったとしても思いつきませんよ」
「私は科学者ですが、神話とか都市伝説とかが好きなんですよ。世界各地には、天体にまつわる伝説や逸話があります。狼男とかが有名でしょうか」
「満月の日に産気づくケースが多いって聞いたことがあります」
「そうそう、そんな感じです。地球は、広大な宇宙に浮かぶ一つの星に過ぎませんから、気が付かないうちに周りの天体から様々な影響を受けているんですよ。占星術とかも、こういった思想から誕生したのかもしれませんね。数年前、太陽フレアが騒がれていたの、ご存知ですか」
「そんなこともありましたね。太陽フレアの影響で、電気製品とかに異常が出るかもしれないって、メディアが騒いでいましたね」
「今回は大丈夫でしたが、色んな星に囲まれている時点で、地球は不安定ともいえますね。しかも、地球は今、フォトンベルトの中に突入しているので、かなり敏感な時期なんですよ」
「フォトンベルト?」ビケさんは聞き返した。
「フォトンベルトっていうのは、宇宙空間にあって、光の粒子で構成された領域です。巨大なリングの形をしているんですよ。太陽系がそこを通過すると、地球にも影響が及ぶという説があって、天変地異が起こったり、人間のメンタルに変化があったりするそうです。あくまでも都市伝説ですけどね」
「へえ⋯⋯あ、その影響で情緒不安定になりやすかったりとか? フォトンベルトの影響を受けた上に、フラウド粒子をたくさん吸い込んでしまった人が、自ら命を絶ったり、他人を殺めたりしている⋯⋯ってこともありえますか?」
「十分にありえます」
ビケさんと〈プラネテス〉が盛り上がっている。正直、プレトはついていけていない。フラウド粒子の成分は理解できたが、太陽フレアを気にしたことはなかったし、フォトン⋯⋯なんだっけ? フォトンベルトだっけ? 何のことだかさっぱりだ。光の粒子ってなんだろう。もっと宇宙について勉強しておけばよかったのかな。ビケさんが受け答えをしてくれて助かった。
話が一段落したらしく、ビケさんも〈プラネテス〉もドリンクを一気に飲み干した。
「こんなに聞いていただけるとは思っていませんでした。初めましてなのにありがとうございます」
〈プラネテス〉は満足そうな顔だ。
「こちらこそですよ」ビケさんが答えた。
「長々とお話してしまいましたが、フラウド粒子がフラウド星由来というのが、私の勘違いである可能性もなくはないです。地上に存在しているけど、まだ誰にも見付かっていない物質があって、それが私の手元に来るという偶然が起こっただけかもしれません。ですので、お時間があるときにプレパラート研究所さんでも確認していただけたらと思います。その後のことは⋯⋯世の中に向けての発表とかについては、また改めてご相談できたらと思います」
「分かりました」
「では、この後予定がありますので、私はこの辺で⋯⋯」
〈プラネテス〉は席を立ち、店から出た。意識が散漫としている間に、話が終わってしまった。脳の普段使っていない部分を無理やり刺激されたようで、ひどく疲れた。脳が筋肉痛になるとしたら、こんな感じかな。
「〈プラネテス〉さん、帰っちゃいましたね」
ビケさんは追加でドリンクをオーダーした。あれだけ話したんだから、喉が渇くのは当然だ。店内は暖房が効いていて、乾燥しているし。
「ビケさんは、〈プラネテス〉さんの話、理解できました?」
「質問返しで大変恐縮ですが、理解できたと思う?」
「え! あんなに盛り上がってたのに?」
「話を合わせるのは得意な方なので。『見たことのない物質が雲に付いてた』ってDMで聞いたときは、地上の何かが風に舞った結果、雲に到達したのかなとか、雲が着地したタイミングで何かに触れたのかな⋯⋯って思っていたので、まさか星とか宇宙の話になるだなんて思ってもいませんでしたよ」
「私もです。ビケさんがいなかったら、まともな会話にならなかったと思います⋯⋯宇宙から飛来してくるやつって、どうやって対処したらいいんですかね?」
「全く分からないです。霧レベルで細かいなら、普通のマスクでは対応できないですよね。ガスマスクならいけるのかな? もう、人間の領分じゃないような気もしますね。でもまあ、勘違いの可能性もあるって彼自身も言っていましたし、調べられるだけ調べて、それでも地上のものと合致しなかったら、そのとき考えましょうよ」
「ですね」
プレトは、残っていたドリンクをストローで吸った。レモンスカッシュにオレンジシロップが入ったものだが、シロップのほとんどが沈殿していたらしく、とても酸っぱかった。下顎がジワジワする。こうしている間にも、フラウド粒子を吸い込んでいるのかもしれない……なんて、とても実感が湧かない。

(第13話につづく)

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