【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第92話・所長の裁判」by RAPT×TOPAZ

【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第92話・所長の裁判」by RAPT×TOPAZ

プレトはベッドの下で聞き耳を立てた。複数人の足音と話し声が聞こえる。ルリスは警官たちを家の中に入れたのだろう。少し経つと、ドア越しに会話が聞こえてきた。
「動物実験もしたようですが、動物たちはどこに?」
知らない女の声だ。
「今は寝室にいます」
これはルリスだ。
「拝見しても?」
「え? あ、はい、まあ⋯⋯」
うわ、ここも見るのか。カチャリとドアが開き、女が顔を覗かせた。彼女も警官の一人なのだろう。警官は、動物たちの様子を目視だけで確認すると、そっとドアを閉めた。
「動物たちは元気そうですね。虐待していないようで安心しました」
「あはは⋯⋯」
ルリスの声色から、引きつった笑みが想像できた。やがて会話が止み、一人分の足音が近付いてきた。ルリスが寝室に入ってくる。
「プレト、警官たちは帰ったから出てきていいよ。隠れたのナイスだったよ」
プレトはベッドの下から這い出した。
「自分の家なのにコソコソしなくちゃいけないなんて、世の中間違ってる⋯⋯」
「突然来られても困るって伝えたんだけど、あまりにもしつこいから家に上げちゃった。パラライトアルミニウムとかが入ったポリタンクがいっぱいあるから驚いていたけど、特に怪しいところはないって判断したみたい。ちょっと悔しそうだった」
「怪しいことはしていないんだから、当然なんだけどね。パソコンはどうだった?」
「パソコンの中を無理やり見たら違法捜査になるんじゃないの? って言ってみたら、あっさり諦めたよ。プレトの言った通りだった」
「よかった⋯⋯でも、何しに来たんだろうね」
「やたらキッチンを気にしているみたいだったから、もしかしたらムーンマシュマロとかのレシピを探したかったのかな? あとは単純に、『お前らは警察に目をつけられているんだぞ』っていう脅しかも」
「随分と暇なんだなあ⋯⋯」
立ち上がったタイミングで、〈アネモネ〉から電話がかかってきた。電話なんて珍しい。出てみると、彼女の元気な声が聞こえてきた。
「プレトさんこんにちは! 今どの辺りにいますか」
「へ?」
「急でごめんなさい。うち、父と二人で裁判所の敷地内にいるんですけど、合流できたらいいなと思って電話しちゃいました」
「裁判所?」
話が見えない。何のことだ? ルリスも不思議そうな顔をしている。
「まだ到着していない感じですかね? 所長の裁判、傍聴希望者が多いから、早く来て傍聴券を取ったほうがいいですよ」
「所長の裁判? ごめん、なんのことだか⋯⋯私とルリスは家にいますよ」
「え、もしかして、何にも知らない感じですか! 所長の裁判、公開裁判に切り替わったんですよ。傍聴できるチャンスなんです。ニュースでちょろっとやってたんですけど⋯⋯」
話を聞いてみると、公開裁判について報じられていたのは、ルリスが手のひらを負傷してバタバタしていたタイミングだった。そのせいで見逃していたようだ。〈アネモネ〉は合点がいったように話し出した。
「お二人なら絶対に知っている情報だと思ってましたが、そういうことだったんですね。でもどうしよう、今から家を出ても傍聴券取れないかも⋯⋯」
「そっか⋯⋯」
死んだふりをしているとはいえ、裁判の結果は見届けたい。顔を隠して傍聴したいと思ったが、それも難しそうだ。
「所長に一番ひどい目に遭わされたのはお二人なんだから、見たいですよね?」
ルリスは大きく頷いている。プレトは答えた。
「見れるなら見たいですけど、ムリそうですよね?」
「ちょっと待っててください」
〈アネモネ〉の声が携帯電話から離れ、別の人物と会話を始めたようだ。男性の声だから、彼女の父親だろうか。少しすると、〈アネモネ〉の声が戻ってきた。
「うちと父の傍聴券、お二人にあげます」
「え! いや、そんな……」
「いいんです。そもそも、ガーデンイール牧場の定休日と偶然重なったから、野次馬根性で来ただけなんですよ。うちはあんまり裁判とか興味ないんですけど、父に『社会勉強だ!』って連れてこられただけだし。ね、いいよね、お父さん?」
「いいよー」と男性の声が聞こえ、そのまま話し出した。「ムーンマシュマロとか洗剤とか、たくさん送ってくれてありがとうございます。お二人はクリームの命の恩人ですし、傍聴券くらい差し上げますよ」
「あれは、〈アネモネ〉が動画編集をしてくれたお礼ですし、クリームのことは成り行きですし⋯⋯」
「お二人の情報発信で、ガーデンイール牧場のスタッフはみんなスパイク肺炎ワクチンを回避できたんです。気持ち程度ですがお礼をさせてください」
「そんな、いいのかな⋯⋯」
「あんまり迷ってると、裁判始まっちゃいますよ!」
〈アネモネ〉の声に急かされる。
「分かりました。ぜひ譲ってください! ありがとうございます!」
裁判所で待ち合わせることにし、電話を切った。
「やばいやばい、早く支度しなくちゃ!」
「プレト、寝癖やばいって!」
「でも先に着替えないと! トイレ行きたい!」
慌ただしく準備を終え、ルリスが呼んでくれたタクシーに乗り込んだ。

裁判所に到着すると、〈アネモネ〉と彼女の父親がすぐに二人のところに駆け寄ってきて、傍聴券を手渡してくれた。
「もうすぐ始まります! せっかくなんだから、最初から見たいですよね」
〈アネモネ〉がその場駆け足している。
「うん。傍聴券ありがとうございます。行ってきます!」
〈アネモネ〉たちに見送られ、プレトとルリスは裁判所の中へ入った。手荷物検査などを済ませ、所長の裁判が行われる法廷へと向かうと、法廷には既に満員に近い人が詰め寄せている。後ろの方でこっそり見たかったが、空いているのは一番前の席だけだった。プレトの左にルリスが座った。被告である所長がこちらを向いたら、バッチリ目が合う位置だ。二人とも眼鏡とマスクをしているとはいえ、なんだか緊張する。ソワソワしていると、ルリスが耳打ちしてきた。
「今日、警察がうちに来たのってさ、傍聴券を取れないようにする目的もあったのかな」
「まさか⋯⋯でも、あり得なくはないか。そんなこととはつゆ知らず、私はベッドの下に隠れていたわけだけど」
「〈アネモネ〉さんとお父さんのおかげで、結果オーライだったね」
「そうだね。でも、どうして急に公開裁判になったのかな」
「法務省が世論を気にしたのかもね。さっきタクシーの中でSNSをチェックしたんだけど、『上級国民の肩を持つゲス法務省』って批判されていたよ。しかもかなりの数の人たちに」
「まじか。私たちが痛いところをつついた成果とも言えるかもしれないね。法務省に研究所設立の邪魔をされたこととか、SNSに投稿しておいてよかったね」
「ねー」
そうこうしているうちに裁判が始まった。プレトとルリスには、裁判の知識はほとんどない。思ったより淡々としているな、というのが素直な感想だった。所長はイスに座ってからずっと正面を向いているため、こちらには気がついていないかもしれない。原告側の主張も、被告側の弁護も、特に目新しい内容はなかった。全てがおおむね予想道りだ。この裁判で所長が有罪になってくれればいい。そう願いながら傍聴していると、証言台に立った所長が突拍子もないことを口にした。
「私の罪として証言されていることは、全てウソです」
え!! 心臓が何者かに掴まれたような感覚になった。ルリスを見ると、明るい茶色の瞳が揺れている。法廷内も少しざわつき始めた。所長は話しつづけた。
「以前、記者会見を開いたときにも申し上げましたが、私の罪として公表されていることは、私の部下たちが独断で行ったことです。監督責任を問うというのなら理解できますが、私個人の罪として数えるのはおかしいと主張します」
証拠はたくさんあるのに、この期に及んでまだそんなことを言うのか。潔く罪を認めれば、少しは刑が軽くなる可能性だってあるのに。
「なにこれ、どういうこと」
ルリスは囁いた。困惑しているようだ。
「認めないつもりなのかな⋯⋯」
すると、所長が振り返ってこちらを見た。数秒間プレトと目を合わせると、再び前を向いた。なんだ今の⋯⋯もしかして、こちらに気がついた上でこのような発言をしているのか? 血の気が引いていくような感覚がした。所長には、このまま無罪で押し切れる算段があるのだろうか。わざわざ視線を合わせたのは、勝利を確信したから? 所長はまた、自分は悪くないと話しはじめた。このまま、証拠不十分などと適当な理由をつけられて、無罪になってしまったらたまったものではない。そう考えたときには、勝手に口が動いていた。
「所長は⋯⋯法務省や製薬会社、悪人たちと結託して、国民の心身を傷付けています。原告側が持っていない証拠、私は持っています」
ルリスは驚いたような顔でこちらを見た。法廷内の視線が自分に集まるのを感じる。当然、警備員たちが慌てたように駆け足でプレトに近付いてくる。傍聴人が話してはいけないルールになっているのは分かっている。だが、話しはじめたら止まらなくなった。
「私は、所長の研究所に所属していた研究員です。あるとき、所長と法務省の連名で、私のもとに命令書が届きました。一人でレインキャニオンへ向かうようにとの内容でした」

(第93話につづく)

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