【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第80話・スパイと35日」by RAPT×TOPAZ

【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第80話・スパイと35日」by RAPT×TOPAZ

目覚めたルリスはキッチンに立つなり、「おりゃおりゃ」と何かを叩き始めた。
「どうしたの?」
プレトが尋ねると、ルリスは答えた。
「ポテトサラダを作るから、ジャガイモをマッシュしているの。敵の頭だと思って潰すと、あっという間に滑らかになるね」
「へえ……そうなんだ」
この子が味方で良かったと心の底から思った。
「今日はどうする?」と、ルリス。
「部長補佐たちや隣国について知りたいけど、研究所の様子が無性に気になるよ」
「チユリさんに訊いてみたらどうかな」
「そうだね……そうしてみる」
チユリさんに電話をかけてみると、数コール後に元気そうな声が聞こえてきた。研究所の現状について知りたいと伝えると、「それがね……」と切り出した。
「結構、カオスなことになっているわよ。ドタバタしている人をしょっちゅう見かけるわ。所長が逮捕されたんだから当然よね」
「チユリさんは大丈夫ですか。面倒ごとに巻き込まれていませんか」
「大丈夫よ。私はただの倉庫番だから、騒ぎには全く巻き込まれてないの。むしろ、私への嫌がらせに手が回らなくなったのか、ゴミが倉庫内に散乱することもなくなったわ。平和に過ごしているわよ」
「それはよかったです。チユリさんがお元気そうで安心しました」
「心配してくれてありがとう。倉庫に異動させられたときはショックだったけど、今では良かったと思ってる」
チユリさんが安全だと分かり、胸を撫で下ろした。プレトはこれまでの出来事について、要点を絞って説明した。
「え、部長補佐が情報を抜き取っていたかもしれないの? そういえば、閲覧履歴がどうとか話していた人がいたような気がするわ。確認できるかもしれないから、待っててくれる?」
一度通話を終え、ルリスが作った料理を食べた後、注文された分のパラライトアルミニウムとラピス溶液を梱包した。作業の途中で、チユリさんから折り返しの電話がかかってきた。
「プレトさん、ビンゴよ。部長補佐が頻繁に採取チームのデータをチェックしていたことが分かったわ。部長補佐は採取チームではないから、この頻度で閲覧しているのは明らかに不自然ね」
これで、部長補佐が虹の採取についての情報を抜き取っていたことはほぼ確実となった。チユリさんは続けて話した。
「他にも気になることがあるわ。製薬会社に親しい人がいるっていうスタッフと話したんだけど、製薬会社の方でも不自然な情報流出があったみたい」
「製薬会社もですか」
「実験のデータとか、薬を作る技術が外部に漏れているらしいわ。上層部が揉み消しているから表沙汰にはなっていないけれど、製薬会社の社員はほとんど知っているみたい」
「どこもかしこもそんな感じなんですね」
「困っちゃうわよね。それで、製薬会社の情報流出も、部長補佐みたいな人がやったのかなって思うの。ただの推測だけど、部長補佐たちは組織だって活動しているんでしょ? 製薬会社の中にも仲間がいるんじゃないかしら」
「そうか……いろんな技術を様々な企業から吸い取っているのかもしれないですね。もしかすると、食品を作る技術とかも、どこかから盗んだものかもしれませんね」
「ここまでくると、勘ぐっちゃうわよね」
「調べてくださってありがとうございました」
通話を切ろうとしたタイミングで、チユリさんが「ちょっと待って」と叫んだ。
「他にも伝えたいことがあるの。私の同期から漏れ聞いたんだけど、ケーゲルについての不自然なデータが見付かったらしいわ」
「ケーゲルですか?」
「ケーゲルの開発って、うちの研究所も携わっているでしょ? だから色々なデータを持ってて当然なんだけど、隣国の国営企業のマークが入ったものがあったみたい」
国営企業と急に聞いても、隣国についての知識があまりないのでピンと来なかった。横で会話を聞いているルリスも不思議そうな顔をしている。それを感じ取ってか、チユリさんは話を続けた。
「私も詳しくはないんだけど、その国営企業のロゴマークが透かしとして書類データに入っていたらしいわ」
「ということは、国営企業の関係者がそのデータを作成したかも知れないってことですよね。別の部署にも部長補佐の仲間がいるということでしょうか」
「そうかもしれないわね」
確かに、他国の大きな研究所に忍び込むなら、複数人で分担した方が効率はいいだろう。部長補佐は一人で潜入したとは一言も言っていないし、研究所の中に仲間がいても全く不思議ではない。
「透かしとして入っていたのは、なんていう企業ですか?」
プレトは質問した。
「『35日』よ。変わった名前だから覚えちゃったわ。発足当初のリーダーたちの名前から取ったとかなんとか」
「え……? 35日ですか……?」
「知ってる?」
「いえ……」
35日? 35日だって? いつも幻の中で会う少女が言っていた謎の言葉が、こんなところで出てくるとは思わなかった。
「私の方から提供できる情報はこのくらいかしら。何かあったら、いつでも連絡ちょうだいね」
「ありがとうございます」
「チユリさんがゴタゴタに巻き込まれないように祈りますね」
ルリスも携帯電話に向かって話しかけた。
「二人ともありがとう。またね」
通話が終わり、携帯電話の画面が暗くなる。そこに映った自分の顔は戸惑っているように見えた。
35日とは、隣国の国営企業のことだったのか。それなら、少女が言っている「飲まないでね」とはどういう意味だろう。単に、ドリンクバーのボタンを押すな、ということではないはずだ。
「プレト、どうしたの? 携帯握りしめちゃって。チユリさんに会えなくて寂しいの?」
「いや、そうじゃないけど……いや、チユリさんには会いたいけど、えっと……」
背中に変な汗をかいていることに気がついた。口の中がからからに渇いている。
「もしかして具合が悪いの?」
「ううん、元気だよ。想像していたよりも隣国の奴らがこっちの国に潜伏していると分かって、神妙な気持ちになったんだ。隣同士でうまくやっているものとばかり思っていたのに、情報や技術を盗まれまくっているのがショックなの」
再び梱包作業に戻ったが、全く集中できない。『35日』という単語が頭の中をぐるぐる回っている。隣国について知りたい。そう思って、部長補佐に電話をした。チョコレート製品についてあれこれと問い詰めた後だから、電話に出てくれないだろうと思っていたが、案外、部長補佐の声があっさりと聞こえてきた。
「チョコレートにディユが入っていること、拡散しているみたいですね」
「いきなりその話題ですか。この国の人たちには、体質的に合わないんですよ。わざわざ入れるということは、隣国か、その関係者が作っていますよね。部長補佐も隣国から来たんですか? こっちでスパイ活動をするために?」
「イエスかノー、どちらで答えたとしても確証がないですよね。言語も容姿も同じなのに、どうやって国籍を判別するんですか」
「ディユを食べても平気かどうか」
「僕があなたの前で食べて見せると思っているんですか」
そんなわけないことは分かっている。一度深呼吸をしてから質問をした。
「部長補佐は、隣国の35日という企業と関わりがあるのですか?」
「……なんのことでしょうか」
部長補佐は肯定しなかったが、答えるまでに一瞬のタイムラグがあった。明らかに動揺の現れだ。
「部長補佐が採取チームの情報をしょっちゅう閲覧していたことが分かりました。それと、ケーゲルに35日が関わっていることも」
「そうですか。それがどうかしましたか? 閲覧できるものを閲覧することに何か問題がありますか」
「ありませんが、かなり熱心だったようなので、隣国に虹の採取方法を流しているんだろうと思ったんです。そうでなければ、いくら組織で活動していたとしても、レインキャニオンの攻略は難しいですから」
「たった二人で虹を採取したあなたに言われたくはないですね。隣国や35日との関係性を探ってどうするんですか。何か企んでいるのですか」
「別に。ただ部長補佐たちの正体を知りたいなと思って」
「好奇心ですか、研究者らしいですね」
なかなか詳細を聞き出せない。もどかしい。短い沈黙の後、部長補佐の声が聞こえた。
「どうしてあなたたちの元には情報が集まるのでしょうか。どんな手を使っているのですか」
「周りに親切な人がいるだけです。部長補佐の仲間は虹を密猟しているんですか? 部長補佐が現場で作業しているわけではないと思いますが、公になったら国際問題になりますよ。辞めさせたらどうですか」
「……」
部長補佐は、面倒くさそうにため息をついた。
「あと、所長の件はどうなっていますか」
「やってますよ。所長を倒すことで、あなたのメリットになるのは気に食わないですが、ベストを尽くしています。切りますね」
通話が終わると、ルリスが作業しながら口を開いた。
「100%とは言い切れないけど……あの感じだと、部長補佐たちは隣国のスパイである上に、35日の関係者だね」
「やっぱりそう思うよね」
どちらにせよ、もっと詳しく知る必要がありそうだ。プレトは指の関節をパキパキと鳴らした。

(第81話につづく)

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