【連載小説】プレトとルリスの冒険《Season2》 – 「第17話・コギト人のトラブル」by RAPT×TOPAZ

【連載小説】プレトとルリスの冒険《Season2》 – 「第17話・コギト人のトラブル」by RAPT×TOPAZ

「ゼリーベンゼンで作る封星膜⋯⋯ヴェールですか。どのように思い付かれたんですか?」
メルト機構の職員に問われ、プレトは答えた。
「ケーゲルにはゼリーベンゼンでできた電気の膜が仕込まれていますし、レグルスには安全装置としてエアフィルムが搭載されています。私は諸事情で両方とも体験したことがあるのですが、非常に丈夫だと感じました。厚さを工夫すればさらに強度を上げられるはずですし、圧縮して運ぶこともできるので、試してみて損はないかなと思います」
「なるほど。私は共感しますし、かなり現実的な案だと思います。皆さんはどうですか?」
職員が呼びかけると、画面の中のほとんどが首を縦に振った。中にはしかめっ面をしている人もいる。納得いかないのかもしれないが、他に目ぼしい案は出ていないのだから発言には至らないのだろう。
この日のプロジェクト・フラウドはお開きとなった。会議の後、メルト機構からメールが届いた。

『先ほどは貴重なアイディアをご提案いただき、誠にありがとうございました。ご提案内容につきましては、実現可能性が非常に高いと判断しており、ぜひプレパラート研究所様にも開発にご協力いただきたく存じます。ご多用のところ誠に恐縮ではございますが、今後の進め方について直接ご相談したく、一度、弊機構までお越しいただけますと幸いです』

「⋯⋯だってよプレト、どうする?」ルリスに訊かれた。
「行ったところでな⋯⋯ゼリーベンゼンの加工に詳しいわけじゃないし、技術もないから、役に立てる気がしないんだよね」
「じゃあ、それをそのまま返信してみたら?」
「了解」
ルリスに言われた通りにメールを送ってみたが、それでも来てほしいと返信が届いた。しかも、プレパラート研究所のメンバーも歓迎するとのことだ。
「おおん⋯⋯まじか」
うろたえていると、「一度行ってみたらどうですか?」とビケさんに声をかけられた。
「メルト機構に行く機会なんて滅多にありませんし、誘っているのは向こうですし、社会見学も兼ねて行ってみればいいと思いますよ。実際にお役に立てなさそうなら一回きりにすればいいだけですし」
「それもそうか⋯⋯でも、メルト機構の研究所ってちょっと遠いじゃないですか。いろいろと大規模な開発をしてるから、土地が安いところに施設がありますよね」
ルリスが入ってきた。
「わたしがデザート号を操縦するから、あっという間だよ。研究所のメンバーが一緒でもいいなら、わたしが着いて行っても問題ないよね」
「ないね。それじゃあ、全員で行きますか?」
「確か、洗剤の注文がかなり入っていたわよね。私はそっちを担当するわ。ビケさんは?」チユリさんは質問した。
「わたしもチユリさんと一緒に注文を捌きます。そちらはプレトさんとルリスさんにお願いしますよ」
夜、プレトはベッドの上で仰向けになり、天井を見詰めた。メールのやりとりをした結果、後日、メルト機構へ行くことになったが、力になれるとは到底思えない。会議では思いついたことを口に出したが、具体的な構造などをイメージできているわけではないのだ。悶々としながら胸の上で指を組み、どうにかならないかと半分無意識に祈った。
そうしているうちに突然、あるモノを思い出し、プレトはベッドから飛び降りた。パジャマの上にコートを羽織り、庭に出て倉庫を開けると、あるモノは棚の上に乱雑に置かれていた。これを持っていけば、封星膜を作るヒントになるかもしれない。右手を伸ばし、鷲掴みにした。
それは、ペタペタとした質感で柔らかい、アメーバのような武器だ。白っぽくて歪な形をしている。レインキャニオンへ向かう途中、ストーカーが寄越してきたものだ。その後に立ち寄った公園で、少年たちに剥がすのを手伝ってもらったっけ。
これはものすごい速さで飛べて、アクセルを踏み抜いたレグルスにも追いついてきた。推測だけど、電気で動いていて、中に浮遊装置が入っているかもしれない。メルト機構が見ればすぐに仕組みが分かるだろうから、サンプルとして渡せばいいだろう。大量にあったのでほとんど捨ててしまったが、なんとなく少しだけ残しておいたのだ。役に立つといいな。
ふと、プレトの耳に音楽が届いた。いや、庭に出た時点で薄っすらと届いてはいたのだが、何の曲かはっきりと判別できるほどに音量が上がった。今は日付が変わる前、夜中だ。不審に思い、庭から道路に出て、音のする方へ顔を向けると、ちょうどお隣さんも同じようにしていることに気が付いた。お隣さんもプレトに気付き、こちらに近付いてきた。
「とうとう来てしまったようですね⋯⋯」困ったように笑っている。
プレトは質問した。
「来たというのは、何がですか?」
「コギト国の人たちです。この街の端っこに住んでるらしいんですけど、この辺りにも移ってきたのかもしれませんね」
「SNSで話題になっているのを見かけたことがあります。引っ越してきたんですかね」
「就労ビザで入ってきた人が、家族をどんどん呼び寄せているから、端っこのコミュニティだけでは手狭になってきたのかもしれませんね。それでも、こんな中心地にまで来るなんて⋯⋯」
コギト人たちのことはクライノートでも度々話題になっている。悪い意味でだ。隣接している国だから入って来やすいのだろうが、国境に山脈があるせいか、この国とは文化がかなり違う。犯罪や迷惑行為を繰り返し、近隣住民ともしょっちゅう衝突しているらしい。たむろしたり、ゴミを散らかしたり、盗んだり、レグルスを違法に改造したり、不法滞在したり、ほかにも色々⋯⋯言葉を選ばずに表現するなら、彼らは少し野蛮なのだ。これまで実害を感じたことがなかったから、プレトにとっては対岸の火事だったが、そうは言ってられない状況になりつつあるのかもしれない。
「夜中にここまで大音量だと、さすがに⋯⋯」
お隣さんが話している途中で、さらにボリュームが上がった。重低音が腹の底に響く。これは音漏れでは済まないレベルだ。二度も音量が上がっているのだから、わざとやっている可能性が高い。だが、うるさいおかげで場所が特定できた。曲がり角にある賃貸の一軒家だ。
各家の窓から明かりが漏れはじめた。みんなが騒音で起きたのかもしれない。どうしよう、警察に通報すればいいのかもしれないけど、私が伝えたところで取り合ってもらえない気がする。
「こちらで通報しておきますから、プレトさんも家に入ったほうがいいです。雪が降ってきましたよ」
「それでは、お言葉に甘えて。よろしくお願いします」
お隣さんの助け舟に、ぺこりと頭を下げた。顔を上げると、瞼に雪が落ちてきた。
翌日、コギト人たちの集会が地上波で中継されていた。デモなのかな。この国はルールが多くて窮屈だから、もっと自由に過ごさせて欲しいと主張している。自分たちの文化を尊重してほしいらしい。「昨晩は音楽を聴いていただけで警察に通報された」と話している人もいた。曲がり角の住民かもしれない。
映像はスタジオに切り替わり、キャスターが状況を説明し始めた。コギト国にいられなくなった人たちがこの国に移り住んだものの、快適な生活とは程遠いため、環境を改善してもらいたくてデモを起こしているというのだ。コメンテーターたちが話しはじめた。
「治安維持のため、最低限のルールは守ってほしいですよ」
「故郷を離れることになって気の毒です。手厚い支援が必要だと思います」
「問題を起こしているのはきっと、一部の人たちですよね? きちんとルールを伝えることができていない我々に非があるのではないですか?」
それぞれが発言し終えると、番組は最終的に「共生するためにはコギト人の文化を学び、尊重し、受け入れる必要がある」という方針に着地した。番組は終了し、歯磨き粉のCMが流れ始めた。
「なんだこの番組⋯⋯」
プレトは呟いた。明らかにコギト人に肩入れしている内容だった。プロデューサーはコギト人だと言われたらあっさり信じるレベルだ。隣のルリスもぼやいた。
「レグルスを魔改造して、交通ルールを破るような文化を学んで受け入れろですって?」
「この国が無法地帯になっちゃうよね。不法滞在の時点で犯罪だと思うんだけどな⋯⋯」
みんなのリアクションが気になり、プレトはクライノートを開いた。番組への批判であふれかえっている。

『こいつらのコミュニティ、女性一人で歩けないからね? まじで勘弁してほしい』
『この国は、なんでコギト人を優遇するんだろう。メリットなくね?』
『他の国に勝手に入り込んで、尊重しろって言うような奴らと共生とか不可能』

地域によって差があるようだが、コギト人が多い場所に住んでいる人は気苦労が絶えないらしい。この辺りもそのうち、暮らしにくい地域に変貌してしまうのだろうか。ただでさえフラウド星のことで頭を悩ませているのに、これ以上、身の回りで問題が起こらないでほしい。本当に勘弁してほしい。
⋯⋯でも、そんな願いが通じるほど、この世の中は甘くないんだろうな。

(第18話につづく)

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