
翌日、三人で作業をしていると、プレトの携帯電話にチユリさんから着信が入った。スピーカーモードにしてから電話に出ると、焦ったような声が聞こえてきた。
「今いいかしら? 三人に伝えたいことがあるの」
「大丈夫ですよ。みんなで聞いています」と、プレトは答えた。
「アオネが亡くなった原因だけど、フラウド星かもしれないって教えてくれたわよね? なのに、アオネの遺書が見付かったって警察が言うのよ」
「遺書ですか? チユリさんは、他殺だろうって言ってましたよね。それなら、遺書が出てくるって不自然じゃないですか?」
「そうなの、不自然なのよ。あの子の性格で自殺なんて考えられないから、私は他殺だと確信しているし、このタイミングで遺書が発見されるのもおかしいし⋯⋯とにかく写真を撮ったから、そちらに送るわね」
チユリさんが画像を送ってくれた。開くと、可愛らしい便箋に別れの挨拶が綴られていた。
『お父さん、お母さんへ
こんなことをするのはひどいことだって分かってるけど、もう限界だったの。
ちゃんと相談できなくてごめん。学校も、友達も、何もかもうまくいかない気がして、苦しくて、しんどくて、そんな毎日が辛かったの。
でも、誰も悪くないの。むしろ私は、お父さんとお母さんに迷惑ばっかりかけてきた気がして、どんどん自分がイヤになった。
お母さんと一緒に料理したときとか、お父さんがバラエティ番組で笑ってるのを見たときは安心できて楽しかったよ。
だから本当は、もうちょっとだけ頑張りたかったけど、疲れちゃったんだ。
勝手なことをして本当にごめんなさい。
今まで育ててくれてありがとう。ずっと元気でいてね。
アオネより』
実物の遺書を見たことはないが、女子中学生が書くとしたらこうなるのかな⋯⋯というのが率直な感想だ。チユリさんが説明してくれた。
「これね、多分、アオネが書いたものじゃないのよね」
ため息をつくような間を置いてから、チユリさんは続けた。
「あの子は可愛いものが好きだけど、ここまでピンクピンクしてる物は持っていなかった気がするわ。それに、確かに女子中学生らしい文字だけど、『そ』の書き方がアオネと違うのよ。アオネは一画で書くけど、この遺書の『そ』は二画なのよね。アオネからは何度も手紙をもらってるから、間違いないわ」
『そんな毎日が辛かったの』の部分に『そ』が入っているが、確かに二画で書かれていた。これから命を断つというタイミングで、わざわざ書き方を変えるとは思えない。チユリさんが言うなら確かだろうし、学校で使っていたノートと比較すれば、すぐに確認が取れるだろう。
「じゃあ、なんなのこの遺書⋯⋯誰かがアオネちゃんのフリをして書いたってことですか?」
ルリスの声が左耳に届くのと同時に、恐怖とも嫌悪とも言える感情が、喉元に張り付いた。うまく声が出てこない。右隣のビケさんが話しはじめた。
「百歩譲って、アオネちゃんが遺書を書くとしたら、仲良しのチユリさん宛にも残しそうですよね。なんかもう、ニセモノの確定演出じゃないですか」
チユリさんは珍しく声を荒らげた。
「そうよ! こんなのニセモノよ! 私はアオネのこと、赤ちゃんの頃からずっと見てきたんだもの。警察なんかよりあの子のことちゃんと知ってるんだから! 自殺なんてするはずがないのよ。この遺書、どこから出てきたと思う?」
「服のポケットとか?」ビケさんは答えた。
「アオネが普段使っているスクールバッグよ。自殺原因を特定するのに役立つかもしれないからって、警察が持って行っていたの。そこから出てきたっていうのよ」
「うわ、それ、警察もしくは警察とグルの奴が用意してるじゃないですか。完全にそうじゃん」
ビケさんが苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「問題は、誰がどんな目的で偽の遺書を用意したか⋯⋯よね。理由も素性も分からないけれど、アオネを自殺に見せかけたい奴らがいるのよ。本当にありえない、許せない。アオネを手にかけた犯人が野放しになっているなんて」
チユリさんの声は苦しそうだ。プレトはポツポツと話した。
「所長の時もそうだったけど⋯⋯権力を持ってる人のスキャンダルとか、そういう人たちにとって不利益なことって、全力で隠蔽しますよね。私はラピス溶液のレシピに気付いただけでめちゃくちゃ殺されそうになったし、ケーゲルの密売を暴こうとしたらパラライトアルミニウムに沈められたし⋯⋯アオネちゃんを手にかけたのも、権力がある奴かもしれませんね」
ルリスが続いた。
「権力を持ってる奴が、フラウド粒子の影響で凶暴化して、アオネちゃんを殺害して⋯⋯それが明るみにならないように、警察もグルになって死因を偽装している⋯⋯って感じかな」
「私もそうかなって思った。チユリさんとビケさんはどうですか?」プレトは質問を投げかけた。
「これまでの出来事を総合すると、その結論に辿り着くわね」
「わたしも同感です。警察より我々の方が優秀かもしれませんね」
ビケさんが答えた直後、携帯電話から知らない人の声が聞こえた。一瞬、チユリさんの声が遠のき、応答する。
「え? ⋯⋯あら、分かったわ。ちょっと待ってて」
チユリさんの声が再び近くなった。
「ごめんなさい、姉に呼び出されてしまったの」
アオネの母親の声だったのか。少し上ずっていた気がする。痛々しい声質だった。泣いているのだろうか。
チユリさんとの通話を終え、プレトはソファに座った。胸に鉛を押し込まれたような気分だが、やるべきことは沢山ある。休む間もなく携帯電話を操作し、〈プラネテス〉に電話をかけた。フラウド粒子をどのように公表するかとか、調べてもらうかとか、色々と相談しなくちゃいけないと考えたのだ。ファミレスで連絡先を交換しておいてよかった。出ないだろうと思ったが、あっさり出てくれたので驚いた。
「こんにちは。プレトさんの方からお電話をいただけるとは」
「お忙しいところすみません。フラウド粒子のことですが⋯⋯」
フラウド粒子の成分についてSNSで質問したが、はっきり答えてくれる人は見付からなかったと報告した。〈プラネテス〉はあっさりしていた。
「そうなんですね。やはり私の見立て通り、あれは宇宙由来なんでしょうね。今後のことなのですが、プレトさんの方からメルト機構にフラウド粒子のことを伝えてくださいませんか? 宇宙開発をしているうちで、正式に調査するのが確実ですから」
「え! 報告先って、メルト機構なんですか? てっきり別の研究機関かと思っていました⋯⋯それじゃあ、〈プラネテス〉さんとプレパラート研究所の連名で伝えた方が⋯⋯」
言い終える前に遮られた。
「お気遣いありがとうございます。けど、下手に私の名前を入れるよりも、プレパラート研究所の名前だけにした方が、聞く耳を持ってくれると思います。私が直接報告できればいいのに、回りくどい作戦に付き合わせてしまってすみません」
「えーっと⋯⋯それでいいのなら⋯⋯そうします」
言い切られてしまい、〈プラネテス〉の要望をそのまま飲むことにした。もしフラウド粒子に関する研究が注目を集め、賞賛されるようになったなら、影の立役者として彼を紹介すればいいだろう。それまではプレパラート研究所の名前を使って、調査をスムーズに進めてもらう方が賢明というものだ。プレトは続けた。
「分かりました。では、メルト機構に提出するレポートを作るので、完成したら確認していただけますか」
「はい、よろしくお願いします」
〈プラネテス〉との通話を終え、長く息を吐いた。さてと、レポートを作るか⋯⋯〈プラネテス〉の研究成果は既に送ってもらっているから、これをベースにしてまとめれば問題ないだろう。
早速レポートに取りかかった⋯⋯が、集中できない。アオネの写真、彼女の母親の声、ニセモノの遺書。それらが頭の中をぐるぐる回っている。わざわざ偽の遺書まで用意するのなら、警察や関係者は本気で死因を隠蔽しようとしているのだろう。もし仮に、捜査に不服を申し立てたとしても、自殺という見方は変わらないだろうな。このままでは、名のある人物が事件を起こす度に匿われるのではないか? 被害者は増えていくし、それに伴って遺族も増える。でも、まともな捜査はされない。証拠は捏造される。みんな泣き寝入りするしかないじゃんか。不審死を防ぐために、私にできることってあるのかな。アリーチェは夜に繁華街を見回りしてるって言ってたし、私も真似したらいいのかな。でも、酔っ払いに絡まれたときには何もできなかったし、自分が事件に巻き込まれて終わりになってしまう気がする。他に何か⋯⋯問題に対応するだけじゃなく、問題の原因をなんとかできないか⋯⋯そこまで考えて、無意識に呟いた。
「フラウド星、破壊するか」
(第16話につづく)
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