
ビケさんと共に帰宅すると、「お帰りー」と声が飛んできた。ルリスのソプラノはいつも安心感をくれる。
「ただいま。変わったことはなかった?」
「なんにもなかった。生き物たちのお世話は完了してるよ。ねえ、どんな話しをしたの? ココア淹れるから教えてよ」
ルリスが三人分のココアを用意してくれた。テーブルに着いたプレトはビケさんと目配せした。どう説明したものか。
「そんなにヤバい感じだったの?」
ルリスはマグカップの中身を音を立てて啜っている。
「まあ、そうだね。〈プラネテス〉さんは、メルト機構の人だったよ」プレトが答えた。
「へえ! すごい! そんな人が向こうからコンタクトを取ってくるなんて」
「それでね、不審死の原因は、宇宙から飛来してくる危険な物質かもしれなくて、フラウド粒子っていうんだ」
「え?」
「フラウド粒子は、フラウド星のコアが飛び散ったもので⋯⋯あ、フラウド星はガス惑星で、そのコアが危険みたいでさ」
「⋯⋯」
ルリスはぽかんとしている。猫が宇宙空間に放り出されたとしたら、こんな表情になるのかもしれない。
「ごめん、説明の仕方が悪かったね。ココア飲みながら、コアの話されてもね」
「⋯⋯何もかも分からないよ。不審死は、その惑星のせいってこと? フラウド星のせいで、ドラム缶の女性やアオネちゃんが亡くなったかもしれないってこと?」
「現時点の推測ではね。ビケさんの方が説明上手だと思うから、バトンタッチしてもいいですか」
「じゃあ、ここからはわたしが話しますね」
ビケさんは、一連の流れをルリスに話した。話し終える頃には、ココアはだいぶ冷めていた。
「⋯⋯ってな感じです。何となく伝わりましたか?」
「意識が宇宙に飛んでっちゃうかと思いました。星を眺めるのは好きだけど、その中にフラウド星とかいう諸悪の根源があるんですね⋯⋯複雑な気分⋯⋯これからフラウド粒子の成分チェックをするんですか?」
「そうですね。もらったサンプルがここにあるので」
ビケさんは、〈プラネテス〉に渡された箱をルリスに見せた。
「怖ぁ⋯⋯その中にあるフラウド粒子が、行動異常とかを引き起こすんですよね? そんなものを取り扱って大丈夫なんですか?」
「素手では触りませんし、ごく少量をチェックするだけですから。サンプルを用意した〈プラネテス〉さん自身が無事でしたしね。解析はわたしとプレトさんでやりますから、ルリスさんは一応離れていてください」
「帰ってきたばかりなのに、もう取りかかるんですか?」
「早く済ませてチユリさんに報告したいですし⋯⋯なんか、こういうのって、『ザ・研究者』って感じがしてテンション上がっちゃうんですよ。ぐふふ」
「分かります。全身の細胞が乱舞しますよね」
プレトは同意した。ルリスは拍子抜けしたような顔になった。
「あ、この二人なら大丈夫だわ。フラウド粒子を吸い込んでも死ななそう。じゃあ、わたしは夕飯の仕込みをしますね」
マグカップを三つ抱え、ルリスはキッチンに消えた。
「さてと、プレトさん、やりましょう!」
「はい!」
ビケさんと協力して、フラウド粒子の成分を調べた。とはいえ、ここには大規模な実験装置はないので、できることは限られている。
「もっと設備投資できればいいんですけどね」
プレトはぼやいた。
「いやいや、趣味でこんなに揃えてるのはすごいですよ。あ、結果が出ましたよ⋯⋯〈プラネテス〉さんの言う通り、アルカロイドと水銀、その他もろもろって感じですね」
プレトも結果を見た。〈プラネテス〉から聞いていた通りの数値が並んでいる。
「アルカロイドって、植物から抽出されるイメージがあったんですけど、惑星のコアから放たれることもあるんですかね? アルカロイドって有機化合物ですよね?」
プレトは疑問を口にした。
「炭素が含まれていれば、だいたい有機化合物ですから、フラウド星から放たれていても不思議はないと思いますよ。アルカロイド自体は、微生物とか両生類からも生産されることがありますし⋯⋯まあ、宇宙自体が不思議まみれなので、なんでもアリな気はしますけど」
「うーん、他の人の意見も聞きたいですね。ネットの力を借りようかな」
「SNSに投稿するんですか?」
「フラウド粒子の成分を、クライノートに書き込んでみます。惑星の粒子って言うと気味悪がられそうなので、そこは伏せようかな。成分の内容と量だけ投稿して、これに当てはまる物質を知ってますか? って訊いてみるんです。特になさそうだったら、フラウド星由来の粒子でほぼ確定になりませんか」
「なりますね。やってみて損はないですし、いいと思いますよ」
プレトは〈プラネテス〉に連絡し、投稿の許可を得ると、早速〈プレパラート〉のアカウントにアップした。クライノートを使っている有識者はどのくらいいるんだろう。どうにか拡散されてほしいな。拡散を待つ間、チユリさんに電話をかけた。
「もしもし、今、お話できますか」
「もちろんよ。相変わらずバタバタしてるけど、今はみんなで休憩してるの。進展はあったかしら」
「ありました。ヘアピンカーブを爆走するような急展開です。フラウド星っていう惑星があって⋯⋯」
ルリスに話した内容をそのままチユリさんにも伝え、クライノートで情報収集していることも付け加えた。
「⋯⋯」
返ってきたのは沈黙だった。言葉が出てこないのだろう。当然だ。可愛がっていた姪が得体の知れない星のせいで命を落とした可能性があるなんて、そんな話を簡単に受け入れられるわけがない。何と声をかけようか。
「あの⋯⋯チユリさん⋯⋯」
「この短期間でそこまで情報が集まるなんて⋯⋯すごいわ、頑張ったのね」
「いえ、情報は向こうから来たっていうか、自然な流れでこうなっただけです。アオネちゃんのことが悔しいから、その執念がどこかに伝わったのかもしれませんね」
「ふふふ。今の話、姉夫婦にはまだ内緒にしておこうと思うの。ただでさえ混乱しているのに、惑星の話題まで追加されたら頭がパンクしちゃうだろうから」
「それがいいと思います。ちなみに、チユリさんはアルカロイド系物質に詳しいですか?」
「ううん、全然よ。プレトさんとビケさんの方が知識はあるんじゃないかしら。〈プラネテス〉っていう人は、メルト機構にいるのよね?」
「そうです」
「メルト機構の設備で調べて、地球上のものに当てはまらないのなら⋯⋯やっぱり、未発見の物質か、宇宙由来の物質なのかな⋯⋯クライノートの投稿に専門家が引っかかってくれるのを祈っているわ。私がアオネのことを話したのがきっかけなのに、任せっきりにしちゃってごめんなさいね」
「いえ、チユリさんだけがアオネちゃんのご両親をサポートできるんですから、役割分担ですよ。また進展があったら連絡しますね」
通話を終え、再びクライノートを開いた。先ほどの投稿はあまり拡散されていないが、コメントはいくつか付いていた。
『これは何の成分?』
『〈プレパラート〉、とうとう公に危険なことを始めてしまう』
『クイズかな。正解したら何かくれるんですか』
『ぜーんぜんわからん。文系にはムリ』
「まあ、こんなもんか。そう簡単に情報は集まらないよね」
プレトが自身の後頭部をぐしゃぐしゃにしていると、ビケさんが携帯電話を覗き込んできた。
「だって未知の物質ですからね。コメントもらえるだけありがたいですよ⋯⋯そうだ、プレトさんはグループチャット機能って使ったことありますか?」
「クライノートに内蔵されている機能ですよね。使ったことはないですけど、存在は知ってます」
「共通の話題を持っている人たちが、クライノート上で仲良しグループみたいなのを作ってるんですよ。もしかしたら薬学に精通している人のグループもあるかもしれません」
「なるほど、探してみますか」
「ここのアイコンをタッチすると、グループチャットの画面に移動できますよ」
ビケさんに教えてもらいながら携帯電話を操作した。グループチャットの画面を開くと、グループ名がずらりと並んでいた。
〈アニメの感想語り隊〉
〈カフェ巡りが好きな人集まれ〉
〈チーム・野球観戦〉
〈防災・防犯の情報交換グループ〉
〈最恐の怪談を聞かせてくれ〉
〈クライノート写真部〉
「へえ、多岐にわたってますね。ビケさんはどこかのグループに入ってるんですか?」
「わたしは創作料理のグループに入ってます。基本、みんなの投稿を読むだけですけどね。あ、これとかどうですか?」
ビケさんは一つのグループを指した。〈アルカロイド界隈〉という名前だ。
「なんて直接的なネーミング。こんなグループあるんですね」
「参加に制限をかけていないようですし、入ってみたらどうですか?」
「いきなり入っちゃって大丈夫なんでしょうか」
「人間関係はいきなり始まるもんですよ。思っていたのと違ったらいつでも退出できますし、とりあえず入って、様子を見たらいいと思いますよ」
「ビケさんがそう言うなら⋯⋯」
プレトは〈プレパラート〉のアカウントで〈アルカロイド界隈〉に参加した。チャット画面の上部に『〈プレパラート〉が参加しました』と表示されている。ここではどんな会話が繰り広げられているのだろう。全く想像がつかない。有益な話が聞けるようにと祈った。
(第14話につづく)
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