【連載小説】プレトとルリスの冒険《Season2》 – 「第11話・宇宙の毒物」by RAPT×TOPAZ

【連載小説】プレトとルリスの冒険《Season2》 – 「第11話・宇宙の毒物」by RAPT×TOPAZ

翌日、ビケさんのレグルスで移動した。〈プラネテス〉と約束していたファミレスに向かうのだ。
現地に着き、店内に入ると、こちらに向けて手を振っている人を発見した。席に近付いたとたん、
「プレトさんですよね。私、〈プラネテス〉です。お会いできて光栄です」
と、手を握られた。上下にぶんぶんと振っている。この人も、拡散されたプレトの顔写真を把握しているようだ。年齢不詳の男性だ。かなり痩せていて、目の下には濃い隈がある。病弱なのかと思ったが、眼光はいやにギラついていた。勢いに押されていると、ビケさんがフォローしてくれた。
「そんなに握ったら、プレトさんの手がもげてしまいますよ」
「ああ、そうですね」〈プラネテス〉はプレトの手を離した。「失礼ですが、あなたは?」
「研究所の仲間で、ビケと申します。か弱いボスのボディーガードですよ」
「そうでしたか。お会いできて嬉しいです」
ビケさんは、〈プラネテス〉の正面に座り、プレトはその右隣に腰かけた。三人ともドリンクの注文を済ませると、〈プラネテス〉が切り出した。
「改めて、来ていただいてありがとうございます。こんなに早くお会いできるとは思っていませんでした」
プレトは答えた。
「こちらこそ、情報提供をありがとうございます。〈プラネテス〉さんは天体に関して研究されているんですか?」
「そうです。まあ、簡単に言えば、宇宙とか、宇宙に関連する事柄について調べています」
「へえ、私、宇宙は畑違いなので、全く詳しくなくて⋯⋯ビケさんは?」
「わたしもです。星座も、オリオン座とかカシオペア座とか、メジャーなのが分かる程度です。わたしはしし座ですが、どれがどれだか判別できません」
〈プラネテス〉は頷いている。
「星座は慣れるまで難しいですからね。お二人はフラウド星ってご存知ですか?」
「ふらうどせい?」
思わず繰り返してしまった。初耳だ。注文したものをウェイターが運んできた。〈プラネテス〉はドリンクに口をつけると、フラウド星について話しはじめた。
「フラウド星は、人類史から見たときに、割と最近発見された星なんです。小さい上に軌道が曖昧なので、観測技術がかなり発展するまで見つけることができなかったんです。ガス惑星なんですよ」
「ガス惑星っていうのは⋯⋯木星と土星みたいな感じですか?」
「そうです。ガス惑星って、大きいものが多いのですけど、このフラウド星は小さいんです。しかも、飛散と言ったらいいのか、霧散と言ったらいいのか⋯⋯少しずつ外に向かって飛び散っているんですよ。飛び散ったものは地球にも飛来しているのですが、ここに含まれている成分が有害なんです」
「その成分とは?」
「それが、よく分からないのです。まだ研究段階なので」
「未知の成分ということですか?」
「はい。DMでお伝えしていた『見たことのない物質』というのがこれのことです。フラウド粒子と呼んでいます」
プレトは相づちを打ちながら、DMの内容を思い出し、質問した。
「見たことのない物質が人間の精神に影響を及ぼしているっていう話でしたよね。ガス惑星由来のフラウド粒子が人間を狂わせているということですか?」
「私はそう推察しています」
「⋯⋯」
言葉が出てこなかった。星のせいで人間がおかしくなっている? 一体どういうこと? 隣を見ると、ビケさんもぽかんとしていた。
「信じられないですよね、ムリもないです。私も何かの間違いだと思っていました。けれど、地球上のどの物質とも合致しないので、宇宙由来と考えるほかなかったんです」
「なる⋯⋯ほど⋯⋯フラウド粒子はガスなんですか?」プレトは尋ねた。
「気体ではないので、正確にはガスじゃないです。霧みたいに細かいんですよ。DMでお話ししていた通り、サンプルを持ってきました」
〈プラネテス〉は自身の鞄を探ると、小箱を取り出した。両手に乗るサイズで、小さなトランクケースのようにも見える。
「この中に、職場付近で採取した雲が入っています。フラウド粒子の結晶が付着しているものです。ビンに入れて密封し、袋を三重にして包んだので安心してください。少量なので害はないと思いますが、取り扱いの際にはマスクと手袋を使った方がいいと思います」
〈プラネテス〉は、テーブルの上に箱を置き、両手で押し出すようにして、こちらに渡した。
「⋯⋯」
プレトは触れずにいた。宇宙から来たわけの分からない物質が入っているかもしれない。そう思うと不気味だった。第一、そんな物を渡されたところで、どうしたらいいんだろう。ゆっくりと口を開いた。
「あの、先ほどもお話ししましたが、私は宇宙に関する知識がないんです。義務教育で習った内容も怪しいレベルです。それだけ、宇宙の知識とは離れた生活を送っています。なので、私ではなく、宇宙に精通している人のところへ届けたほうがいいのかなって思いました。〈プラネテス〉さんの同僚とか、上司とか⋯⋯」
「そう思われますよね。でも、それが難しい状況なのです。私が勤めているのは、メルト機構の末端の研究所で⋯⋯」
「え! メルト機構って、あのメルト機構ですか?」ビケさんが身を乗り出した。
「あ、はい。そのメルト機構だと思います。メルト機構って一つしかないので⋯⋯」
「へー! お会いしたの、初めてですよ!」
メルト機構とは、国内で宇宙開発を行っている組織で、正確には『メルト宇宙開発機構』というらしい。そこに勤める〈プラネテス〉はエリートなのだろう。
「それならなおさら、職場の人に見せた方がいいのではないですか?」
プレトが訊くと、〈プラネテス〉は少し気まずそうに話しはじめた。
「それがその、何ていうか⋯⋯私の上司が古い人間で、かなり保守的なんです。遊び半分で得た情報は受け入れられないって言われてしまって⋯⋯研究所の体制的に、どうしてもその上司を通さないと、上層部に研究成果などを伝えられないのです。そんな石頭がどうしてメルト機構の施設に居るんだって思われるかもしれないですけど⋯⋯」
「いえ、私たちも国立の研究所に務めていたので、手続きの煩わしさとか、意思疎通できない上司とか、想像できます。ね、ビケさん」
「はい。化石みたいな人ってどこにでもいますからね。上司ガチャが外れることもありますよ」
「ははは⋯⋯分かっていただけてよかったです」
安心した様子の〈プラネテス〉に、プレトは話を振った。
「私も数日前に雲を採取して、ちょうど昨日、成分のチェックなどをしたのですが、見たことのない物質は確認できませんでした。〈プラネテス〉さんの職場付近では、フラウド粒子の付着した雲がいつも採れるんですか?」
「いつも採れるわけではないですが、地形や風向きの関係で、雲にフラウド粒子が溜まりやすいらしく、何度か確認できました。私も、他の地域で採った雲を確認したことがあるのですが、そちらではフラウド粒子の結晶は確認できませんでした」
「では、〈プラネテス〉さんの職場付近でしか、フラウド粒子は採取できないかもしれないんですね。全国各地で雲を採取しまくるのは大変すぎますし、特定の場所で採れるなら、サンプルには困らなくていいですね」
「はい。今日お渡ししたもので足りなければ、追加でお譲りしますのでご安心ください」
「ありがとうございます⋯⋯でも、私が見たところで何か分かるかなあ⋯⋯」
プレトは後頭部をさすった。国立の研究所にいた頃も、パラライトアルミニウム関連の仕事がメインだったからな⋯⋯自信はまるでない。
「分からなくてもいいんです。プレパラート研究所さんの方から、フラウド粒子を発見したと、発表していただきたいのです」
「え、でも、こちらの手柄になってしまったら、〈プラネテス〉さんが損をしてしまいますよね。私も研究者なので、人の成果を横取りするようなことはしたくないんですが⋯⋯」
「プレトさんたちの手柄になって構わないのです。私はあなた方の真似をして雲を固定したときに、偶然見つけただけですから、元を辿ればプレパラート研究所のおかげなのです」
「⋯⋯それでいいのでしょうか」
本当に宇宙由来の物質なら、大発見かもしれないのに。〈プラネテス〉には承認欲求がないのだろうか。
「いいんです。とにかく、フラウド粒子をチェックしていただきたいのです」
遠慮しようかとも思ったが、ギラつく眼光に圧倒され、一度持ち帰って確認してみることにした。こういう経験も身になるかもしれない。ビケさんが切り出した。
「話が前後してしまいますが、フラウド星について、もう少し詳しく教えてもらえますか?」
「分かりました。フラウド星は、ガス惑星と話しましたが、ガス惑星には岩や氷といったコアがあるんです。フラウド星の場合、このコア自体が人間にとって有害である可能性が高いんです」
いきなり物騒な話になり、思わず身構えた。遠いと思っていた宇宙が、すぐ傍で牙を剥いているのかもしれないのだ。

(第12話につづく)

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