
プレトは頭を悩ませた。不審死をわざわざ情報統制する必要があるのか? まあ、あるからやっているんだろうけど、そもそも報道しなければ済む話なのでは? 釈然としないまま、プレトも検索エンジンのアカウントを触り、設定から国籍を変更した。シュヴァリエ国に変えてみると、わりと新しい統計が出てきた。ルリスが見せてくれた情報とは別のもので、右に行くにつれて棒グラフが高くなっている。経緯がはっきりしない遺体が、年々増加しているとのことだ。
データの出どころをよく見ると、民間団体のようだ。なるほど、国民が勝手に情報収集してデータを出してしまうから、規制が間に合わない、もしくはできないのだろう。遺体の数を公にするなと、あらゆる団体に国側が注意してたら怪しすぎるもんね。ネットに上げたはずのデータが消えたりしても、国に対して疑いの目が向く。だから、せめて国をまたいで情報が行き来しないよう、国際的に情報統制をしている。
⋯⋯といったところかな。他国の不審死の数とか、普通に生活してたら気にする機会がないもん。私だって、湖畔の件とアオネのことがなければ、絶対に一生気にしていなかったはずだ。多くの人がそうだから、この状況が成り立っているんだ。
ぶつぶつ喋りながら家の中を歩き回っていると、「プレトはどう思う?」とルリスに訊かれた。
「私の頭の中を知りたい?」
「まあまあかな」
「遠慮しないで」
先ほど考えたことを伝えると、ルリスは頷いた。
「わたしも同意見。でも、重要なことは何一つ分かってないね」
「そうなんだよ。どうせ私はヘボ探偵ですからね。これくらいしか考えられないんですよ」
「変な腐り方しないでよ。プレトは探偵じゃないし。情報統制されてるかもしれないってこと、SNSに投稿してみる?」
「やってみようかな。これってみんなにとって有益だと思う?」
「人によると思う。けど、有益だと思った人や、面白いと思った人は拡散してくれるだろうから、とりあえずアップしちゃえばいいんじゃん?」
ルリスの言う通りだ。隣国やシュヴァリエ国でも不審死や行方不明が多発している、情報の流れが国際的に制限されているかもしれないと、クライノートに投稿した。ちょうど、人々が携帯電話を触る時間にぶつかったらしく、意外と見られた。シャドウバンされているのにこれなら、かなりの人が拡散してくれているのだろう。
プレトたちと同じように、設定を変えてみたユーザーが、検索結果をアップしている。通常のネットサーフィンでは見かけない事件が、次々と画面の上を流れていった。隣国やシュヴァリエ国以外でも、不審死関連の事件は増えているらしい。謎の死を遂げる人たちが、世界的に増加していると言って差し支えなさそうだ。
〈ワンルウ〉の投稿が目に入った。〈プレパラート〉の投稿を引用している。
『情報統制など都市伝説です。そのようなことをして、国に何のメリットがあるというのですか。おかしな亡くなり方をした人や加害者は、もともと精神が弱い方だったのでは? だから、変な方法で自ら命を絶ったり、他者を攻撃することで気持ちを落ち着けたりしているのではないですか? 年代が若いほど、緩い教育を受けているケースが多いので、メンタルが鍛えられないまま成長してしまったのだと思います。不審死は、教育や社会環境によって引き起こされたものだと言えるのではないでしょうか』
この投稿には、多くの賛同コメントが付いている。だが、引っかかる。携帯電話の画面をルリスに向けた。
「ちょっとこれ見てよ。情報統制の話はどこに行ったんだろ。論点をすり替えてない?」
「アンチだから、撹乱する目的で投稿したんだろうね。共感してるコメントも、ほとんどがアンチ仲間だと思うよ」
「仲間内で盛り上げてるのか。いつものパターンだね」
〈ワンルウ〉の投稿にコメントしてみた。
『情報統制を都市伝説だと思う理由を教えてくれませんか?』
プレトはそう送信してから時計を確認した。いつの間にか夜が更けている。今日はもう床につくことにしよう。
翌日、ビケさんが出勤してきた。チユリさんは引き続きお休みだ。
「おはようございます。昨日は楽しめましたか」
「いやあ、最高でしたよ。あんなに白熱した試合が見れるだなんて。特に、応援しているチームの5番が大活躍だったんですよ。かっこよかったなあ。サイン欲しいなあ。お二人はリフレッシュできましたか?」
「できましたよ。最近知り合ったジャーナリストとごはんを食べに行ったんです。楽しかったし、美味しかったんですよ」
アリーチェと出会った経緯をビケさんに説明した。
「それはいいですね! わたしの知らないところで友達を増やすなんて、隅に置けないですねえ!」
「いや、ほぼ初対面みたいなものだし⋯⋯その人、お姉さんが何者かに殺されてしまったようで、不審死事件に関して調べているんです」
「遺族ということですか。被害者の数よりも遺族の方が多いですもんね。現在進行系で辛い思いをしている人が大勢いるんだ⋯⋯その人に会えたのも何かの縁でしょうね」
「きっとそうです。これから協力できたらいいなって思ってます」
チユリさんとビケさんとも気が合いそうだし、いずれアリーチェを呼んで、皆んなで話してみるのもいいかもしれないと思った。
クライノートをチェックすると、〈ワンルウ〉からの返信はなかった。その代わり、別のアカウントから『陰謀論者』『炎上商法か?』といったコメントが来ていた。こいつらもアンチなのだろう。イヤな気分になっていると、DMが届いていることに気が付いた〈プラネテス〉というユーザーだ。多分、初めて見る。ルリスと共にDMをチェックした。
『はじめまして。天体について研究している者です。私も、不審死が多発していることに疑問を持っています。話は変わりますが、職場でオルタニング現象が起こった時に、雲を固定しました。〈プレパラート〉さんが動画投稿サイトにアップしているのを真似したんです。もちろん、使ったラピス溶液はプレパラート研究所から購入したものですよ。それで、試しに雲の成分を調べたところ、見たことのない物質を発見しました』
DMは続いた。
『ここからが本題です。私は、その見たことのない物質が人間の精神に影響を及ぼし、不意の自殺や連れ去り、猟奇的な他殺を誘発しているのではないかと睨んでいます』
プレトは〈プラネテス〉に返信した。
『情報提供ありがとうございます。雲に含まれていた謎の物質が、不審死の原因だと考えている⋯⋯ということでしょうか?』
すぐに返信が来た。
『その通りです。もしご興味があれば、詳しくお伝えしたいと思っています。ですが、文章で説明すると、ものすごく長くて分かりづらくなってしまいますので、不躾ですが、一度お会いできませんでしょうか』
「えっ! 誘われた。うーん⋯⋯」プレトは唸った。
「行くの?」と、ルリス。
「どうしよう。でもアリーチェには会ったのに、この人には会わないっていうのは変なのかな」
「変じゃないですよ」ビケさんが話に入ってきた。いつの間にかすぐ後ろにいたのだ。「アリーチェさんは、DMでやりとりしてた上に、危ないところを助けてくれた人ですから、直接会うのは普通だと思います。〈プラネテス〉さんは全く知らない人なので、警戒して当然ですよ。人間じゃない可能性もありますしね!」
「人外は怖いなあ⋯⋯」
プレトは代替案を提示した。
『お互いのことを知らない状態で会うのは、お互いにリスクがあると思うので、テレビ通話とかはどうですか?』
すぐに返事が来た。
『できれば、直接お会いしたいと考えています。できれば、物質のサンプルもお渡ししたいのです』
『こちらはSNS上で陰謀論者扱いされていますし、不審者にまとわりつかれることもあるので、〈プラネテス〉さんのことも信用していいのかどうか』
『一度、会っていただければ、全てお分かりになるかと思います』
『でも、私たちに会うと、〈プラネテス〉さんにも危害が及ぶかもしれませんよ。私たち、随分と多くの人たちに狙われていますから』
『私は構いません。実物を見ていただきたいので、直接お会いしてお渡ししたいのです』
「ね、粘り強い⋯⋯行くしかないのか?」プレトはぼやいた。
「全然引く様子がないですね。このままだとこの研究所に押し入ってきそう。もし行くなら、わたしもついていきますよ」
「ビケさんが?」
「ビケでは不満ですか? 相手の性別も分からないんだから、男がついていった方が安心じゃないですか?」
「確かにそうですね⋯⋯ルリスも行く?」
「プレトが行くなら行きたいけど、ステラグミを追加で作らないといけないから、〈プラネテス〉さんのことは二人にお願いしようかな」
「了解です。人の目が多いところの方がいいですよね。ファミレスにしとこうかな」
ビケさんはプレトから携帯電話を取り上げると、〈プラネテス〉に返信し、約束を取り付けた。明日の昼間とのことだ。
「行動が早いですね」
「あんまりネチネチされるのもイヤですからね。ちゃちゃっと会って、原因を突き止めて、チユリさんに報告しましょう!」
「でも本当に大丈夫かな。怪しい人じゃないといいなあ⋯⋯」
「わたしが居るので安心してください。レインキャニオン帰りなのにビビってるんですか」
「ムショ上がりみたいに言わないでくださいよ」
人生の中で、ちょど今が、知り合いの増える時期なのかもしれない。そう思うことにしよう。明日に備え、湖畔で採取した雲を解析しておくことにした。
(第11話につづく)
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